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三大欲求を満たそう

「んー。ごちそうさん。」


 そう言っておれは自分の部屋のテーブルの上に平らげた皿を置いた。

 きれいに空になった皿にスプーン。カレーである。

 女子高生の制服姿の渚が皿を片付けて、おれに聞く。


「おいしかったですか? 神様。」

「ああ。カレーはいつ食ってもうまい。」

「それは良かったです。」


 と言ってもレトルトカレーだけどな。

 おれが部屋の外に創造したキッチンは、完璧なまでに元の世界のおれの家を再現しており、つまり食料もおれの家にあったものと同じものしかなかった。


「こうなるとわかってりゃ、もっと買い物しておいたんだが。」


 次に創造するものは食い物に困らないものにしよう。なにがいいんだ? コンビニか?

 いや、その前に、おれがここで生活する上であと何が必要なんだ?

 食べ物と、住処と、それと。


「最低限度の生活? いやそれはこの部屋があれば十分な気がするな。もっと根源的なものだとすると、三大欲求だったか? 食欲、睡眠欲。……性欲。」


 おれは渚を見る。

 俺の視線に気付いた渚が俺を見返して言った。


「神様。それは人間の三大欲求ですよね。神様なのに人間の欲求が必要なのですか?」

「そりゃまあ、言われてみればおかしい気がするが、現におれは腹が減ったし、眠くもなる。神様なんて言われても全然ピンとこないんだよな。」

「そういうものですか。」


 渚は長いまつ毛をおれに向けて、黒い瞳でおれをじっと見つめている。

 おれの創った渚はおれが記憶したあの世界の神の姿を完全に再現できていると思う。長い黒髪も、目鼻立ちの整った綺麗な顔も、出るところが出て引き締まるところは引き締まっているボディもすべて。制服姿っていうのもポイントが高いよな。

 おれは渚があの世界の神の分身だと聞いた時、まだ姿を持っていなかった渚もあの神と同じ姿であってほしいと願った。おれはあの世界の神に、……いやこれ以上は止めておこう。


「なるほど。それで空腹が満たされた次は、性欲を満たしたくなったということですか。」


 渚は、自分の体に無遠慮な視線を送るおれの目を真っ直ぐに見て言った。


「うっ……。はっきり言うなよ……。」

「まあ、この世界には私と神様しかいないですものね。」


 おれは渚の真っ直ぐな瞳から目を逸らしつつ聞いた。


「で、できるのか……?」

「神様がおっしゃることですから、私に拒否権はありませんが……。」

「じゃあ……!」

「結論から言うとできません。」

「え?」


 渚はそう言うと、テーブルの前に座ってるおれの前に立った。

 そしておれの前で制服のスカートをたくしあげてみせた。


「おぁっ? って、あれ?」


 しかし期待に反して、渚のスカートの中には黒い闇があるだけだった。

 

「スカートの中だけじゃありませんよ。私の制服の下は創られていません。」

「な、なんでっ?」

「なんでとおっしゃられても。私のこの体を創ったのは神様ですよ?」

「……むむむ。」


 そういうことかよ。

 結局これもおれ自身の想像力の問題なんだな?

 おれは立ち上がると、部屋の扉の前に立った。


「あ、神様。どちらへ?」

「ちょっとあの世界に行ってくる。」


 あの世界に行きたいと強く願い扉を開けたおれは、再びあの世界の人々が行き交う通りに立っていた。


「たしかあっちだったな。」


 おれはこの世界の神がいるはずの高校へと向かった。

 この世界の神はあの時と同じ教室で、クラスメイトの女子たちに囲まれて楽しそうに話をしていた。

 おれが黙って教室に入っても、おれがこの世界の神の前に立っても、誰も気にするものはいない。この世界ではおれは幽霊みたいなものだからだ。やっぱりこの世界の神もおれの存在には気付いていない。


「えー、なにそれ。バスケ部の?」

「うん。連絡先教えてって言われてさ。」

「それで教えたの?」

「え? 誰、誰? 誰の話?」

「ほら、隣のクラスの——」

「きゃー! あの彼⁉」


 恋愛話かよ。この世界の神はこの世界で普通の女子高生のように振る舞っていた。

 ずいぶん楽しそうだな。ただ会話を聞いてるだけのおれはすごくイライラしてきているがな。


「神様。聞いてるだけでいいのですか?」

「う、うおっ⁉」


 おれは不意打ちに後ろから声をかけられ驚いて飛び退いた。もちろんそんな無様なおれの姿を見られるやつはこの世界にはいない。


「な、渚か?」

「はい。」

「い、いつからいたんだ? っていうか、どこにいる? 姿は?」

「最初から神様の後ろにいましたよ。まあ、姿は消してましたが。」

「消せるのかよ?」

「はい。それも神様がそう創られたのかと。」

「知らねえよ……。」


 おれが知らない機能を勝手につけるなよ。

 いや、最初におれが会った渚は姿を持たなかった。おれの中で渚はそういうものだというイメージが多少あったのかもしれない。この力、コントロールが難しすぎるな……。

 おれはおれを世界創世に招待したと言うこの世界の神を見た。長い黒髪で、友だちと恋愛話をして笑っている。これがこいつの本当の姿かどうかはわからないが、少なくとも今目の前にいる神の姿は、正直可愛いと思う。この世界の神は、おれの存在になんか気づきもしない。


「神様。この世界の神様のスカートの中を確かめなくていいのですか?」

「はぁ⁉」

「あれ? 私はてっきりそういうことかと。」

「違ぇよ!」


 おれが知りたかったのはそういう表面的なことじゃなくて、おれはこの世界の神のことをほとんど知らないから、もっとこの世界の神がどんな奴なのか知ることができれば、もっとリアリティを持てるんじゃないかってそう思っただけだ。

 いや、そりゃ性欲の話から繋がってるんだから、そういう勘違いされるのはわからないではないけど、実際おれが見本も無しに女の身体を隅々までイメージできるかというと自信がないけど、断じてそういうことじゃなくて。


「はい、はい。わかりました。神様。」

「渚、お前またおれの心を読んだな?」

「いいじゃないですか。」

「言っておくけど、おれはな——」

「さ、そろそろ戻りましょうか。神様。」

「おい、渚!」


 そう言い合ってる間も渚はまったく姿を見せなかった。

 同じ姿をしているはずのこの世界の神はまだ楽しそうに友だちと会話を続けている。

 なんだよ。お前、全然孤独なんかじゃないじゃないか。陽キャそのものだろ。



 おれが自分の世界——自分の部屋——に戻ると、おれの後ろで渚は再び姿を見せた。本当におれについて来てたんだな。

 さっきまで見ていたあの世界の神と同じ制服を着て同じ姿をしている渚。でもやっぱりおれが創った渚はどこか、あの世界の神とは違うように思えた。

 おれはベッドの上に横になった。


「そういえば神様。結局、性欲はどうするんですか?」

「お、おい! もうそれはいいだろ⁉」

「なんだったら私、少しの間でしたらまた姿を消していますけど。」


 渚の視線がティッシュ箱の方に向いた。


「もう、放っておいてくれよ……。」


 でも、せっかく自由に世界を創れる力があるのに、この部屋に籠もりっきりというのもつまらないよな。渚には手を出せないし。

 だけど、そのまま他の人間を創造しても、渚と同じような女の体が出来上がる予感しかしない。

 女を……いや、人間を創る方法か。

 どうしたもんかね。

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現代から異世界へと移動する導入の不安と高揚が同時に描かれる中で、主人公が状況を理解しきれないまま新しい環境に向き合い、出会う人物や出来事を通して少しずつ世界の仕組みを掴んでいく過程が丁寧に描かれている…
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