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布団あれ

 おれは目を開けているつもりだったが、真っ暗だった。


「おい、誰かいないのか⁉」

「はい。こちらにいますよ。」


 女の声だ。


「誰だ? 明かりをつけてくれ!」

「はい、承知しました。……神は最初に『光あれ』とおっしゃられた。」


 ぱぁっと目の前が明るくなる。

 だが、結果的には何も変わらなかった。今度は白い空間が目の前に広がっているだけだ。

 何か、おれ以外のものがあるわけではない。

 さっきの声の主の女の姿も見当たらない。


「神って?」

「あなたのことです。神様。」

「おれが神?」

「はい、他に誰がいらっしゃいますか?」


 確かにここにはおれ以外誰もいない。


「……ここはどこだ?」

「あなたの世界です。」

「おれの世界? 何もないぞ?」

「そうです。この世界はこれからあなたが創っていくのです。」

「おれの自由にできるってことか?」

「そのとおりです。」


 おれの思ったとおりになるってことか?

 おれは試しに自分の部屋をイメージしてみた。

 すると目の前におれの部屋——机やベッドや本棚——がそのまま現れた。ベッドの布団の上にはおれのスマホも置いてある。

 おお。本当におれの自由にこの世界を創造できるらしい。

 恋しい布団だぜ。おれはベッドの布団にもぐりこむとスマホを手に取った。


「神様、これは?」

「おれの部屋だ。」

「なるほど……神は次に『布団あれ』とおっしゃられた。」


 明晰夢ってやつだろうか。こうやって夢の中でも自由に動けるのは楽しいぜ。

 だが、おれのスマホは圏外を示していて繋がらなかった。おいおい、そんなところまで律儀に再現する必要はないんだけどな。


「神様。スマホは繋がりませんよ。」

「はぁ? なんでだよ?」

「だってこの世界にはまだ神様の部屋しかないじゃないですか。」

「んん? ああ?」


 そう言われてみればそうか?


「っつっても、スマホが動く仕組みなんて全部把握してないぞ?」

「そうですね。神様がいきなりすっ飛ばしてご自分の部屋だけ創るからそうなるんです。」

「……じゃあどうすればいいんだよ?」

「うーん……。」


 声の女は何か考え込んでから、おれに言った。


「他の神様の世界を見にいってみませんか? 参考になるかもしれませんよ?」

「他の神の世界だって? なんだよ、それ。おれ以外にも神がいるのかよ?」

「まあそりゃあ……。でも神様同士はお互い干渉できませんし、神様の世界も他の神様からの干渉を受けません。当然神様も他の神様に干渉することはできませんが。安心しました?」

「あ、ああ……。」


 あれ、こいつ、今おれの心を読んだのか?


「細かいことは気にしないことです。さあ、行きますよ。起きてください。」


 おれが声の女に言われるまま布団から出て部屋のドアを開けると、そこには普通の町並みが広がっていた。

 道をスーツや学生服を来た人々が行き交う。通勤時間みたいな感じだ。

 いや、思ったよりも普通の感じだな? 歩く人々はおれの存在になんか気にもとめない様子だった。


「今、神様はこの世界の人間から認識されていません。幽霊みたいなものです。」

「幽霊か。」


 おれが道行く人に触れようとするとスッとすり抜けた。試しに建物の壁に触れようとしても同じようにすり抜ける。幽霊みたいなというか、これは幽霊そのものだな。


「では行きましょう、神様。」


 おれは声の女に導かれて道を歩いた。おれはこの街を知らないが、だんだんと制服姿の人間が増えていく。


「この先は学校か?」

「そうです。」

「この世界の神は学校にいるのか?」

「はい。」

 

 おれが辿り着いた先には高校があった。

 本当に誰にもおれの姿は見えていないようなので、おれは構わずに学校の中へと入っていった。

 そしておれはひとつの教室の前で立ち止まった。

 なぜだかここにこの世界の神がいる予感がする。


「そういえば、おれの姿はこの世界の神にも見えないのか?」

「はい。お互いに不干渉ですから。」

「しかし、そうは言っても勝手に入られて勝手に見られているのは気持ちのいいもんじゃないだろ。」

「そうですね。もちろん誰も入ってこられないようにすることもできます。ですが、今のこの世界の設定は一時的に神様にだけ開放されています。」

「……おれにだけ?」


 どういうことだ?

 その時、教室の扉が開いて、制服姿の黒い長い髪で目鼻立ちの整った女が目の前にあらわれた。

 女は扉の前で動かず、おれの顔をジッと見ているように感じる。


「お、おい? おれの姿は見えないんじゃないのかよ?」

「他の世界の神様。はじめまして。ふふっ。と言っても、ちゃんと目の前にいるかどうかはわからないので、万が一いなかったらわたし、独り言を言ってる変な女になっちゃうのですが。」

「……っ。この女が、この世界の神か⁉」

「他の世界の神様。私についてきてください。」


 女はそう言うと、おれの体を通り過ぎて廊下を歩いていった。そのまま階段を上に上っていく。

 ついていって大丈夫かよ……? この女、幽霊の体になっているおれに触れないのはたしかみたいだが、おれの存在に気付いてやがる。

 腐ってもこの世界の神……。というか、待て、待て、待て。こいつの声。おれをこの世界に誘導した女の声と同じじゃねーか!

 女は階段を上がり、屋上の扉を開けて外に出た。おれも続く。

 女が何もないところで立ち止まり言った。


「ついてきてくれましたか?」

「……。」

「と言っても、まあ、わたしはあなたの姿が見えないのですけど。声も聞こえないですし。」

「いや、ずっとここまで会話してただろ! おれの世界に干渉して!」

「あ、それは私ですね。」


 目の前の黒髪の女とは違う方向からさっきまでの女の声がして、おれは思わず振り返る。だが、そこには誰もいない。おれは聞き返した。


「はぁ? 違う? こいつとお前は違う?」

「まあ、正確には違うとも言えますし、同じとも言えますし。……まずは彼女の話を聞いてあげてください。」


 いったいなんなんだよ、これ。夢だったら変な夢すぎるし、おれはいつの間にかこの世界を夢とは思わなくなっている。いや、夢とはそういうものかもしれないけど、そういうことじゃない。つまりいつの間にかおれは、何でもおれの思い通りになる世界なんて話が本当であってほしいと心から思ってしまっている。受け入れている。

 でも今いるこの世界はおかしい。他の神の世界だからか?


「他の世界の神様。聞いてるかどうかわからないけど、この世界創世にあなたを招待したのはわたしです。あなたの世界にわたしは干渉できず、あなたがどんな世界を創造したのか見られないのが残念ですが。」


 いや、まだおれの部屋しか創ってないが。


「何も無いところに急に放り出されたら不安かなと思い、私の分身をあなたの世界に創るように依頼しました。ですからわたしの分身はあなたの世界の一部です。あなたに危害を加えることはありませんので、どうか信用してあげてください。」


 それがこの声の女か。いや、最初に言えよな。

 目の前の黒髪の女が続ける。


「なんでこんなことしたのかですって? ふふっ。わたし、もう疲れちゃったんです。この世界を創って、なんでも自由になって、恋人とか結婚とか幸せと思えること、やりたいことは全部やって、元いた世界も隅々まで再現して。そしたら結局、わたしって独りだなって気付いちゃったんです。」

「こんだけこの世界には人間がいるのに独りか?」

「まあわたしはこの世界で生きていくしかないんですけどね。だってこの世界の神様なので。わたしがいなくなったらこの世界も無くなっちゃうから。」

「……だったらおれがお前の友だちになってやろうか? 神様同士だったらなんかそういうのできるんじゃないか?」

「わたしの話はこれだけです。この世界はあなたが好きに見てまわって構いません。いろいろ参考にしてください。わたしはいつでもここにいますから。」

「おい、まだおれをあの世界の神にした理由を聞いてないぞ?」


 だが黒髪の女はおれを無視して屋上の扉をくぐり校舎内に戻っていった。

 お互いに干渉できないってこういうことかよ。おれはこの世界での出来事を一方的に観ることしかできないのだ。違和感の正体はこれか。


「どうします? 戻りますか?」

「……ああ。」


 おれの後ろで声の女が言った。

 おれは自分の世界に戻ることにした。おれが屋上の扉を開けるとそこはもうおれの部屋だった。部屋の外には白い空間が広がっている。


「そうだった。おれの世界にはまだおれの部屋しか無いんだった。」


 あの女の世界に比べて、おれの世界はこれだけ。とても小さい世界だ。

 って言っても、次は何を創ればいいんだ?

 あれだけ完全に元の世界を再現してみせても、神の存在はただの女子高生で、孤独を感じるだけだなんて。


「おい。」

「はい、なんでしょう?」

「お前、あの世界の神の記憶も持ってるのか?」

「いいえ。私にはこの世界で生まれてからの記憶しかありません。」

「名前、なんて言うんだ?」

「あの世界の神様の名前ですか? それとも分身の私の名前ですか?」

「……分身のお前。」

「名前はまだありません。神様がつけてください。」


 ……おれは目を閉じてあの世界で見た黒髪の女の姿を想像した。目鼻立ちが整っていて、すらっとした美人。スタイルも良い。だがあれはおそらくあの世界の神が創造した姿なのだろう。

 おれが目を開けると、目の前には同じ黒髪の姿の女が立っていた。

 

「……なぎさ。お前は渚だ。」

「ありがとうございます。神様。」


 黒髪の女の姿を得た渚が応えた。

 渚が微笑んで言う。


「神様。温かい飲み物を入れますね。温まりますよ。」

「ああ、頼む。」


 おれはおれの部屋の外にキッチンを創造した。

 さて、次は何を創ろうか。

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