005
この宮殿では、たまに夜更かしが許される。
僕の気紛れで振り回すと「睡眠不足の危機!」とか騒ぐくせにさ。大人って勝手なんだな。
でも、やっぱり普段と違うイベントがあると、どうしたってわくわくする。
今夜はニンナとナンナの寝室ライブ。ミョニルルの【電撃】スキルで動く不思議な弦楽器をニンナが、太鼓とかシンバルの寄せ集めをナンナが担当し、デュエットで歌う。ミョニルルも薄いオルガンみたいな楽器で、ヴァイオリン奏者のビビオローナも緊急参加だ。
調律と音響調整の間、ビビオローナの独奏がラグジュアリーな空間を演出する。
「お夜食をお持ちしました――」
キュイジーヌがボウル一杯のポップコーンとサイダーを抱えてきた。ソファに腰を下ろして、僕の隣にドカリと居座る。
肩を組まれた。香草やスパイスの奥に、肉や野菜の匂いがする。
「――っと、ふいー。仕事上がりぃ。あ、閣下、あたしもご相伴に与かってよろしいです?」
もちろんだ。答えるまでもない。実際、キュイジーヌは早速ポップコーンを鷲掴みで頬張って、ビールで流している。
「お仕事お疲れ様。いつも美味しい料理をありがとう」
「ははは、調理師冥利に尽きますなあ。味付けは何なりとお申しつけくださいよ。塩、バター、キャラメル、クレイジーソルト、ガルムなんてのもご用意しました」
「わあ、迷うなあ」
「オススメは塩から」迷う、に緊張するキュイジーヌに申し訳なくなった。
「あーあー、マイクテス、テステス」
「キュイジーヌ馴れテス馴れテスしい。不敬マイクチェ」
急造舞台の双子が野次る。普通、観客の僕らが野次るのにね。僕はキュイジーヌとひっそり笑った。
「キュイジーヌ、あれ」
ああ。キュイジーヌはエプロンポケットから、スプレーを舞台上の二人に投げた。
「あたしのスキルで作れる範囲の喉スプレーさ。こちらのお大尽様からです」
僕からの提案だった。日頃から面倒を見てくれているお姉さんたちに、僕からお返しできることは少ない。こうして別のお姉さんの力を借りなければ何もできないけれど、それでも感謝を形にしたかった。
ニンナもナンナも、とても喜んでくれたみたいで良かった。キュイジーヌには「ミントがきつい」って文句をつけてたけれど。それがむしろお姉さんたちの素顔みたいで、僕は嬉しかった。
「周知の通り、スキル【ハーモニー】、ナンナは【・β】で私は【・α】です」
単体でも歌唱力が上がるスキルだが、αとβが揃うと天上の共鳴律となる。
「覚えているよ。初めましての挨拶で教えてくれたから」
「私は?」双子が自分を指す。
「ニンナ。そっちがナンナ」
「き、今日から互いにその名で生きます……!」
「待って待って! おかしくない? 今のは外しようがないって!」
「冗談ですよ。アイスブレイクというやつです」
綺麗なハモりの無駄遣いだ。
「おい、閣下に向かって虚偽とは何だい。不信の危機じゃないのかい」
「そうだよ。僕、今ので魔王になっちゃうかも」
全員平伏して涙ながらに許しを請うので、反省した。
話題が変わった。
「畏れながら閣下、スキルとは如何なるものかご存じでしょうか」
「人の能力を一言で表したものじゃないの?」
双子は示し合わせたように頷く。
「では、もっと根っこの部分でどうなっているか、ご存じですか?」
わからない。悩んでいると危機だとばかりに、じっくり考えさせてもらえない。
「そう、誰も知りません。ただ、ある仮説があります」
「仮説?」
「スキルとは、異世界と頭が繋がることである。とする仮説です」
異世界にある知識や技術、特殊能力を、頭を通じて授かるもの。それをスキルとする説が唱えられているという。
「現に私とニンナは、ここではないどこかの楽団の作詞・作曲を、お互いに教えるでもなく幼い頃から知っていました」
「スキルってそんな特典もあるんだ!」
「ええ」双子は同時ににっこり頷いた。
「演奏中のマナーはご承知の通り。押さない、駆けない、しゃべらない。気分が高まれば、お教えしたハンドサインを掲げて、思われた通りに身を預けてくださいませ。おさらいです」
僕は人差し指と小指だけを伸ばして、頭上に掲げる。何だかわからないけれど、何だかかっこいいサインだと思う。
「念のため、四人には閣下の護衛をお願いします」
目を輝かせるロデモの裏で、演奏会に集まった四人は思い返す。
ジエスタが真面目な口調のときは、緊急事態だ。
ニンナとナンナは歌と演奏でロデモを楽しませ。
ミョニルルは音を増幅させ、照明効果でロデモの目を奪い。
キュイジーヌは味覚でロデモをもてなす。
今夜、外で何が起きても、興味を逸らさないように。
「それでは今宵は、異界の狂詩曲より始めましょう。エメラルドソード」
ミョニルルにアイコンタクト。ナンナが撥を軽快に鳴らしてリズムを取る。
掲げられたギターピックが、照明を受けて閃光したかに見えた。
†
たとえば、【魔王覚醒】を一国が囲ったとしよう。
その行為は、全世界に対し「我が国は諸君を道連れにする用意がある」と喧伝するようなものだ。
許されるはずがない。
世界は対応を迫られる。
【魔王覚醒】の監視を同盟で分担するか、スキル【勇者覚醒】または【勇者】を確保するか。
あるいは力尽くで奪うか。
ただ、世界はかの国の王の意思を測りかねている。
ならば、若さ故の無謀に、試金石となってもらおう。
†
王家の別荘である宮殿は一つの小領地であり、小さいが豊かな集落と森、山に恵まれた土地で、風光明媚な湖に臨んでいる。
森を区切る鉄柵は、宮殿の敷地を示す物だった。
男たちは、構わず乗り越えた。
スラムスタイル。一人が足場となって先に一人登らせて、引っ張り上げてもらう。
あっという間に、敷地に人の群が降りる。ある噂を小耳に挟んだチンピラたちだった。
「国王が別荘を放棄したってのは本当のようだぜ。警備がザルだ」
「金目の物が取り放題。へへ、金持ちの気紛れも悪くねえや」
「宮殿はあっちだ。スマートに行こうや」
彼らは人目を忍んでいるつもりだった。だが――
「おや?」藪からレコルタークとペシュルルが現れた。チンピラたちが身構える。
「おめえら、こんな夜更けに災難だな? 迷い込んだろ?」
腑抜けたレコルタークに、チンピラたちは少しだけ警戒を解く。むしろ、困った奴らに親切にしてやろうという雰囲気を、レコルタークから感じていた。
「あちゃあ、いけねって。今夜寒かとよ? 良いから宮殿で泊まり」
来るっちゃ。レコルタークが呑気に誘うもので、チンピラたちは毒気を抜かれて、代わりに下卑て笑い合った。
ペシュルルが一方的に話す。
「夜釣りはボウズでイライラしてた。けど、思いがけない大漁。ここで働くと男日照りだから、今夜は愉しめそう。ね、あんたら。とことん魚臭くしてちょうだいよ」
流し目を寄越す漁師女は、この季節にかかわらず薄着で、脱色した髪がするりと落ちて覗くうなじが色っぽい。男の耳に馴染む舌なめずりの音。チンピラは棚ぼたとばかりに色めき立ち、各々色男を気取る。
神様、ありがとう。欲で男たちは心を一つにした。
「ペシュルル、やらしいっちゃ」
「レコルタークもご無沙汰のはず」
「せからしかあ……」
レコルタークは芋娘っぽいが、背伸びしない自然体が逆にそそる。
金目の物も眩むお宝に釣られて、侵入者たちは広場に至る。
「おーい、釣果は上々ー」
ペシュルルは広場の人影に手を振った。
「ご苦労様ー」
バラバラの返事もみんな女。男たちは俄然やる気になった。見回りにもなっていない女、あばずれだけが残った宮殿。まるで楽園だった。
だが。
レコルタークとペシュルルを下がらせる女の姿に、一団は凍りついた。
三つ十字のアイライン。鋭い笑みで涙する仮面の道化師が、大仰に腕を広げて口上を唱える。
「ノー・レディー、バット、アンジェントルメン! 以下省略! ゴーゴーゴー!」
お辞儀から流れるような突撃命令で、複数の影が月夜に舞う。
シンフォニックメタルの旋律が響き渡る。




