001
この国で十歳になった子どもは、聖堂でスキルの鑑定をしてもらう決まりだ。
スキルとは個人の持つ資質を一言で表すもの。
その言葉を人生の指針にしなさいという、神様のお告げ。
大人になる前のこの時期を使って、よくよく身の振り方を考えなさい。って話だ。
説教臭さはアレだけど、正直僕はわくわくしていた。
神様は僕にどんな生き方を授けてくれるのか。
できれば大物が良いな。何かでっかい使命とか。
そんな希望は、鑑定の列が一歩進むにつれて膨らんでいく。
「次、ロデモ・ドーン」
膨らんだ希望に胸が詰まりそうなせいで、僕はガチガチな返事をした。
何せ、初めての大都会。巨大なステンドグラスの色を帯びた陽光を全身に浴びるなんて経験だって初めてで、僕は浮かれているのだ。
微笑ましいものを見るような大人の囁き笑いがうざったい。
司祭様の前に出る。司祭様が水晶玉越しに僕を見る。水晶に、僕のスキル名が浮かんでいるはずだ。
僕の前の子は【花咲く者】。花に囲まれた生涯を約束されたその子は、跳ねて喜んでいた。
花屋も農家も造園家も思いのまま。まさに華やかな人生のスタートだ。その子の両親も祝福している。
さあ、あれが目じゃないくらい、明るい未来を僕に!
「こ、これは……」
あれ。司祭様、すごい顔だな。愕然って感じ。そんなに僕のスキルすごかった? 何かやっちゃう感じ?
「バカな……【魔王覚醒】!?」
うわ、何だかものすごく格好良い響きじゃん! 何かめっちゃ強くなる予感しかしない!
「やったー!」
心の底からガッツポーズをした僕の歓喜だけが、聖堂に虚しく響いていた。
喜びが潮のように引くと、大人たちのざわめきが長く残り、僕を見る目が変わっていた。
怖がっているような。
あれ、もう何かやっちゃった?
†
というのが三日前の話。
「ロデモ様、あーん」
僕はスイレンの浮かぶ青い池の上、黄金に輝く屋形船で、綺麗なお姉さんたちにおもてなし攻めされていた。
踊り子のたおやかな指がブドウを一粒摘まんで、僕に食べさせてくれる。
角砂糖みたいに甘いや。
こんなブドウ、食べたことなかったのに、ここじゃ毎日出てくる。
「こんな贅沢しちゃって良いのかな」
「良いのですよー」
お姉さんたちは何でも知ってるなあ。頼りになっちゃう。
ふかふかのクッションのヤケクソ盛りに、どっかり背中を預けて空を見る。
「あら、お眠さんですかー?」
お姉さんたちが頼んでもないのに添い寝してくれる。
「抱っこねんねしましょうね」
このお姉さんはちょっと僕を小さく見すぎ。
「……ミルク飲んだら、背が伸びるかな」
突然くわっと号令をかけたのは、そばに控えていた甲冑のお姉さん。
「伝令を出せ! 大至急ウシを……いいや、ヒツジ、ヤギ、ウマ、シカ、トナカイ……とにかく乳を出す家畜は全て……それからアーモンドだ! アーモンドミルクを持て! ミルクにできるなら全て寄越せ! カキもだ! これは世界を救う試練である!」
ビシッと敬礼した兵士のお姉さんが、鎧を脱ぎ捨てて池に飛びこみ、全力で岸へ泳いでいった。
僕の心臓が驚いてドキドキしている。僕は平気な振りをする。このお姉さん、口を開くと怒ったような声しか出さないんだよな。
「しばし耐え忍びくだされ」
「あ」踊り子が思い出す。「ブドウは畑のミルクの別名が」
「でかした! 新しいミルクをお待ちの間はブドウをお召し上がりくだされ」
「別にそこまでせっつかなくても……」
「ご案じ召されぬよう、卵卿ロデモ閣下。我が王国騎士団の威信に懸けて、必ずや極上のミルクをお持ちいたします故。是非とも搾りたてをご賞味ください」
「そ、そう……楽しみだなあ。ありがとう」
「勿体なきお言葉ァ!」
甲冑のお姉さんが、額を甲板にこすりつけた。頭をぶつけた衝撃でひらめきを得たのか――
「誰ぞ、母乳の出る者は! 閣下、はばかりながら、ミルクが届くまでの間は、不肖この私めが身長を伸ばす訓練をば……」
大袈裟なんだよな、みんな。
「やんなっちゃうな」
あ、やべ。思わず言っちゃった。
恐る恐るみんなの様子を窺うと、綺麗な顔が揃いも揃ってこの世の終わりみたいな表情で、僕をじっと見つめている。
誰かが皿を割った。全員の視線が、その人に集まった。
「ももも、申し訳っ、申し訳ございませんロデモ様!」
お姉さんの大群がすり寄って、僕の頭を撫でたり五体投地したりで、おしくらまんじゅう。
「至らぬ私どもをどうかお許しくださいませ! いと尊きあなた様に不釣り合いな醜女とは、ここに集う者全て、はばかりながら承知しております……!」
「どうか危機だけは……危機にだけは陥らぬよう、平にお願い申し上げます!」
「貴様かァ! 皿を割ったのはァ! 炸裂音は身の危機の一と知っての狼藉かァ! ロデモ様がご機嫌を損なわれたではないかァ!」
「損なってない損なってない! ちょっとびっくりしただけ! ねえ、聞いてる!?」
ダメだ。こうなると誰も聞く耳を持ってくれない。
甲冑お姉さんの怒気に、皿洗いのお姉さんは平謝り。
「ええい、首を出せ! ロデモ様に代わって手打ちにしてくれる!」
「み、みなさん……落ち着いて……息が……死……」
僕は美女肉団子に圧し潰されそうだった。柔らかな感触が全身を圧迫し、うら若い乙女の麗らかな香気が僕を窒息させる。
誰かが「い、命の危機! お命の危機!」と騒ぎ、やっと僕は肉地獄から解放された。
†
【魔王覚醒】
そのスキルの内容はこう。
【魔王覚醒】を持つ者は、その身に危機が迫ったとき、魔王として覚醒する。それまではスキル【なし】と同じ。
スキル【なし】だって? 覚醒しなきゃスキル持ち凡人以下のド底辺じゃん! そんなの嫌だ! 今すぐ覚醒したい! どうすれば良いの、司祭様!
でも、司祭様は「ならん! 何としてでも覚醒を阻止せねば!」と大わらわ。
僕の門出を見届けてくれた父さんは腑抜けて、母さんは父さんの姿を見せまいと僕を抱き「ごめんね、ロデモ。ごめんね、今までたくさん叱ってごめんね、ボカボカ殴ってごめんねぇ……!」と泣くばかりで、僕の気持ちなんか後回しなんだから。
この上、この懺悔が司祭様の耳に入ったときは大変だった。
「何たる不明! 何たる恐れ知らず! その者を捕らえよ! 知らずとはいえ、世界を危機に陥れかねない大罪を犯した女である!」
母さんが大人しく引きはがされるのを、僕は縋り止める。
「やめてよ! 母さんに酷いことするな!」
無駄な遠吠えだと思っていたのに、護衛たちはすんなり母さんを解放して、僕に跪く。
戸惑いながら母さんを心配したんだけれど――
「ありがとうございます、ありがとうございます……」
僕の知っている、怖くて優しい母さんじゃなくなっていた。
みんな、魔王を酷く怖がっている。
魔王が覚醒すると何がそんなにまずいのか。
色々あるけれど、司祭様よりもっと偉い司祭様が早馬で駆けつけ一声説明するところによれば――
「海は枯れ、大地は沈み、島は陸となり、陸は島となり、天地は逆転する。凍土は焦土へ、南国は雪国に変えるという、あの魔王か!」
世界を塗り替える力。何か色々逆転するらしい。悪者だって正義に目覚めたりとか。
そこまですんごいなら、何か一周回ってトータル元通りな気がするけど。どうやら決まって悪い方向に変わるらしい。
内心「すげー」とか思っていた僕は、甘かったなあ。この世界、僕の物じゃん。
でもまさか、大人たちが寄ってたかって、大真面目に甘やかしてくるなんて。
これは、魔王の覚醒に怯える大人たちの忖度の物語。そして彼らにうんざりするロデモの物語である。
ひとまず僕は、未覚醒のままだとハズレスキルにもかかわらず、クソ雑魚のまま、一周回って世界を手に入れてしまったのだ。




