悪役令嬢断罪イベントが進行中ですが、何か大事なことを忘れている気がします
王子から断罪宣言をされた時、私は思った。
あっ、本当に起こるんだ。
その次に思ったことは、
何か大事なことを忘れている気がする。
この魔法学園の入学の日に、私は砂の乙女に話しかけられた。
自分は転生者で、この世界は乙女ゲームの世界なのだと。
私は頭のおかしいやばい奴に絡まれたと思った。
つきあっていくうちに、その子は性格がいい子で、頭がおかしい性格がいい子だとわかった。
砂の乙女が言うには、私は乙女ゲームの中では悪役令嬢なのだそうだ。
乙女ゲームの中で、ヒロインである砂の乙女に嫌がらせを続けた罪で私が断罪されるイベントが発生する。と、砂の乙女は忠告してくれる。
いい子なんだけど頭おかしいんだよな。
と、私は思った。
そして今、私は実際に、魔法学園の授業中に乗り込んできた婚約者の王子に断罪宣言をされていた。
本当に起こるんだな。
でも、砂の乙女が言う乙女ゲームとは違い、私は嫌がらせなどはしていないから、断罪イベントなるものは発生しないはず。
どうなっているのだろう?
「おまえは男同士のいかがわしい絵物語を製作し、大勢に配布した。僕の妻になる立場の人間がすることではない。よっておまえを断罪する」
そっちか。
転生者を自称する砂の乙女は、転生前は同人作家だったと言う。
そして、私達に男性同士で恋愛する絵物語を描いてみせた。
みんな夢中になった。
私も夢中になった。
ドはまりした。
砂の乙女が言うには、転生前の世界は、男性同士の性行為を含む恋愛を描いた漫画なるものを製作する作家が、百人とか千人とかの桁ではなく、それ以上にいたそうだ。作品の数は、星の数ほどあるそうだ。
それが本当なら、いかれた世界だなと、私は思った。
それと同時にうらやましいなとも思った。
触発されて自分でも描き始める子達の支援をするようになった。
私自身は絵を描く技術も、製本を向上させる技能もなかったが、すでにあるものを用意し活用する能力はけっこう自信があって、それを役立てた。
会場を手配し、書き手と読み手が満足できる場を用意した。
定期的にその場を開催しているうちに、私がその世界の元締めみたいな扱いになっていた。
ばれたらまずいのはわかっていたので、こっそりやっていたが、ばれて断罪中だ。
でも、大したことにはならないはずだ。私は権力者の娘で、文句を言ってきそうな教会には私の家が多大な寄付をしている。
大丈夫なはずだけど、何か大切なことを忘れている気がする。
騒ぎを聞きつけた下級生が、教室に来て私をかばってくれる。
「エミリ様が砂の乙女をいじめたなんて誤解です」
そっちじゃない。
ちなみに、私がエミリだ。
訂正された下級生は、改めて私をかばってくれる。
「確かに王子をモデルにした作品があります。でも、エミリ様をお許しください」
大したことになった。
いくら私が権力者の娘であっても、王族の名誉を汚したとなれば牢屋にぶちこまれる。
私は頭をフル回転させて、いいわけを考える。
あの作品を描いた砂の乙女はなんて言っていたっけ?
私の中では二次元だから大丈夫。
うん。あいつは役に立たない。
外見が似ているだけでモデルじゃない。よし、これでいこう。
私がひねり出したいいわけを口にする前に、駆けつけた上級生が私をかばう。
「エミリ様は、砂の乙女をいじめてません」
だから、そっちじゃない。
訂正された上級生は、改めて私をかばってくれる。
「確かにエミリ様は、敵国に大金を送金しました。でも、理由があるのです」
確実に断頭台送りになる秘密が暴露された。
あまりのことに呆然としている王子の耳元で、私は囁く。
「清純シスター、夜の懺悔室では萌え萌えバニー」
もう手段は選んでられない。
王子が硬直する。
私が地下で発展させたハレンチ絵物語市場は男性向けも展開し、偉い地位の人達もこっそり買いにくるようになった。王子もその一人だ。
「何か誤解があったようですね」
「そ、そうだな」
なんとか解決したと気を緩めた時、私に剣の攻撃が繰り出される。
「この売国奴め!」
なんとか、剣の一撃を避ける。
「今の一撃をそんな動きづらいドレスで避けられるほどの人間が、どうして?」
王子と一緒に教室に来た騎士団長が、怒りの表情で私を睨みつける。
私の家は代々家長が騎士団長を務める家柄で、私もそれなりに剣技の訓練は受けている。
だが、さっきの攻撃をさけるのが精一杯で、今の騎士団長に勝てる腕もないし、周りを取り囲んでいる騎士団員から逃げることはできない。
真面目な騎士団員は、王子と違ってこっそりハレンチ絵物語を買いに来たりはしなかった。
「あなたの姉上である我々の先代の騎士団長は、敵国の卑劣な策略によって命を落としたのですよ。それなのに、妹のあなたが何故?」
剣を構える騎士団長に、私は真剣に答える。
「これは私なりの戦いなのです。私は姉が敵国に殺され復讐を誓いました。敵国への復讐ではありません。戦争と言う行為への復讐です。私は敵国に経済侵略を仕掛けたのです。くわしい説明は端折りますが、もはや敵国は我が国と戦争を続ける余力は残ってません。あなた方には情報が届いているはずです。敵国が衝突区域から撤退していっていると」
「たしかに、敵国との戦いは無くなりました。あなたがやったことなんですか?」
「はい」
実際には、敵国の印刷技術がすぐれているので、私が勝手に終戦協定を結んだだけだ。両国の偉い人には賄賂としてハレンチ絵物語を渡してある。
ばれたら一族全員処刑されるレベルだが、ばれなきゃいいのだ。
「姉はいつも言ってました。この国の騎士団長でいられることが私の誇りなのだと」
私の言葉に、騎士団員達は涙を流す。
教室にいるみんなが私にゼスチャーしていることに気がつく。
首を横に振ったり、両手でばってんを作ったりしている。時計を指さしている。
私は忘れていた大事なことを思い出す。
今日はこの教室で、大人気作家クリスティーナ先生に来てもらって、交流会をする予定だったのだ。
まずい。
騎士団員を追い出す前に、教室のドアが開き、クリスティーナ先生が入ってくる。
「子猫ちゃんたち。サプライズなお知らせがあるわよ。どすけべ騎士団シリーズの最新刊が完成したの。タイトルは、二人だけのどきどき秘密の密着特訓。僕のお尻に、副団長の聖剣があたっている」
と、専業作家になるために死んだことになっている、私の姉のクリスティーナ先生は言った。
おわり