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私は静かに兄の後をついて歩く。使用人たちは葬儀の片づけなどで忙しそうにしていて、私たちを気にもとめなかった。
前を歩いている兄の表情は見えない。応接間につくと、たった二人きりになる。兄の思惑が見えず、心臓が音を立てて鳴っている。
「お兄様……!?」
彼は私の前にひざまづく。困惑していると、兄は私に向かって手を伸ばした。
「エミリア、僕と結婚してください」
幻聴? 結婚って聞こえたけど……。「それって、夫婦になるってこと?」と聞き返したところ、兄は頷いた。
「どう、して……?」
ゲームではそんな設定はなかったはずだ。ルートによってはエミリアは王子と婚約することもあるし。何か分からないかと思って瞳を覗いてみる。仄暗い光が灯っているだけで何も読み取れない。
「で、でも……私たちは兄妹だから無理です、よ?」
「無理じゃないよ。血は繋がってないから」
「しょ、証明は……?」
「……燃やしちゃった」
「燃や……? えっ? ってだめじゃん! 法的に不可能ですけど!? 何を企んでいるんですか、お兄様!」
兄の肩を前後に揺らして問い詰めてみるものの、兄は誤魔化すように笑うだけだった。兄は真面目なタイプかと思っていたが、案外雑な所があるらしい。
「……バレてしまったら仕方がないか」
兄はひとしきり笑うと落ち着いた声でそう言った。ラスボスとしての兄が顔を見せたのかと体を強張らせる。
「お兄様! 悪いことはしちゃいけないんですよ! 世界滅ぼしちゃだめです!」
「滅ぼす……? それはしないよ。実は、事情があって婚約しないといけないんだ」
今のところは国家転覆の片鱗は見えていないようで安心する。事情……兄はイケメンで優秀で次期侯爵だから、誰かに言い寄られているのだろうか。葛藤があったのはその事情に付き合わせるという罪悪感、からだろうか。
「……お兄様は私で良いの?」
「ああ、エミリアじゃないと駄目なんだ」
私じゃないと駄目なのは話を合わせやすい身内だからだと思う。それでも、兄からのその言葉はとっても嬉しく、嬉し泣きしてしまいそうだ。これではゲームでのエミリアを馬鹿にはできないな
一生に一度の告白を泣きながら受け取るわけにはいかない。涙を拭き取り、優雅な微笑みを作って「ええ、喜んで」と返した。
「良かった。断られたら閉じ込めるしかなかったから」
「お兄様、何か言いました?」
「良かったって言っただけだよ。それより、僕のこともレオンって呼んで。もう兄じゃなくて婚約者だから」
「た、確かに……? え、えっと……レオン?」
声に出してみると何だか恥ずかしくなってしまって、照れ隠しのように「よろしくお願いします。お兄様!」と言い直した。兄は儚げに笑って応えてくれた。
「エミリア、こちらこそよろしくね」
一生片思いだと思っていた人と婚約を結ぶなんて夢のようだった。思惑なんて今だけは忘れて、私はこの幸せな立場を享受したい。
私たちの関係はゲームのストーリーとは大幅にズレた。だから兄――レオンは国を滅ぼすことはないはずだ。でも、脅威があることには変わりない。レオン・フォン・ラヴィーネという目立つ悪役が居ない以上、黒幕探しは難しくなるけれど、やるしかない。ストーリー開始は主人公が転入してくるであろう一年後――私が二年生になった頃だ。開始までは時間があるけれど、強くなったり教団について調べたりできることを一つずつしていこう。
「ねえお兄様」
部屋を出る前に、きちんと伝えたいことがあった。
「『喜んで』というのは本心なんですよ。だって、お兄様は大好きな人だから」
「……そう? ありがとう」
兄は一瞬だけ驚いた様子を見せた。兄の裏をかいたようで、私は少し得意げになった。
そして、季節が廻り春が来る。そう、学院入学の時期だ。学院は全寮制であるため、入学式の前から寮に向かうことになる。基本的には相部屋だが、侯爵令嬢の私は一人部屋を用意してもらえるらしい。
アンナたちに手伝ってもらって用意した荷物はトランクケース二つと小さめの衣装ダンスだ。前世の引っ越しを考えると、家具もないのに大荷物だと思ったが、侯爵令嬢にしては少ないらしい。「この三倍の量を持っていくものです」なんて言われた時には他の令嬢がおかしいのではないかと思った。制服があるから要らないと考える私は庶民の感覚を持っているのだろうか……。
荷物は使用人たちに運び込んでもらい、一階に降りる。すると、エントランスホールに兄がいた。嬉しさのあまり階段を駆け下りると、スカートを踏んでしまって階段から落ちてしまった。
「エミリア!」
衝撃に備えて目を瞑るが、痛みは一向にやってこない。目を開けると、目の前にはほっとしたような顔の兄がいた。
今日の兄は学院の制服を着ていた。生徒会長をしているそうだから、忙しい中合間を縫ってに会いに来てくれたのだろう。制服はゲームと同じだ。よくある紺色のブレザーだが、ネクタイの代わりにループタイが付いていて、その留め具は兄の学年色である緑色の魔石で作られている。
「……お兄様!」
兄が駆け寄ってくれて私を受け止めてくれたらしい。慌てて離れようとするがふらついてしまったため、兄は冗談混じりに「馬車まで抱えましょうか、レディ」なんて言ってきた。
「あ、歩けます! 歩けますし……この状態は恥ずかしいです!」
「そっか、残念だ」
兄は私をそっと降ろしてからそうと言った。彼はからかっているようにも、本当に残念がっているようにも見える。
「おはようございます、お兄様。制服姿も新鮮で良いですね」
「おはよう。エミリア。入学の時期にお転婆になる呪いでもかかっているのかな?」
「あっ、えっと……は、早く行きましょう!」
多分、兄は彼が家を出るときに私が制止を振り切って見送りをしたことを言っているのだろう。恥ずかしくなってしまい、話を断ち切る。兄の手を引いて外に出る。今日は快晴で、春先にもかからわず暖かかった。
馬車に乗ると、兄は日ごろの疲れからか眠ってしまった。向かいに座る彼の寝顔は安らかだ。出会ったころと違い、目元は髪で隠されておらず、まつ毛の長さまでしっかりと分かる。
「お兄様は、私が守ります」
揺れる馬車の中で、向かいに座る兄の寝顔を見ながらそう誓った。
次回は一週間後、レオン視点となります。
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