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【連載版】ラスボス義兄に一目惚れしました  作者: 岩越透香
ラスボス義兄に一目惚れしました

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8

「これはどういうことだ!」

「これは、私……? こんな場所に行った覚えは……」

「とぼけるな! 浮気中を撮られたのだろう!?」

「知らない! その男が誰かなんてこっちが聞きたいわ!」

いつもの部屋に父がなかなか現れないと思い、両親の寝室へ行くと何やら揉めていた。盗み聞きは良くないし、親の喧嘩は聞きたいものではないからすぐに立ち去ったけれど……話の流れからすると、母の浮気が疑われている?


 二度あることは三度あるというし、異性と密会なんて怪しすぎる。けれど、本当に母がそんなことをするのだろうか。


 母は夢見がちで良くも悪くも素直だから嘘が下手だ。そんな母だけれど、声からすると本当に困惑しているように見えた。二人で暮らしていた時も男の影は父以外になかったし、好意を向けられてもきちんと断っていた。もしかしたら、誰かに嵌められてしまったのだろうか……。



 翌朝、朝食の席には母がいなかった。あの状態から仲良く朝食するのは無理だったのだろう、仕方がない。


「昨日はすまなかったな」

「いえ、お父様もお忙しいでしょうし」

喧嘩を盗み聞きしたことはバレていないはずだから、魔法の練習ができなかった件だろう。


 昨日のことを思い出さないように、食事に集中していると、父の方から切り出した。


「……母が気になるか」

「ええ、まあ……」

私の様子がいつもと違うのは母が不在であるせいだと思ったようだ。


「実は。昨夜……二人で喧嘩、をして、つい……追い出してしまったんだ」

「寝室からですか?」

「いや、屋敷から」

「……!?」

つい、侯爵夫人を屋敷から追い出した!?


「まさか、そのままの状態で追い出したとは言いません、よね……?」

父は答えない。無言は肯定を意味する。


 母は子爵家の出身で、生まれも育ちも貴族だ。そんな母が一人で何も持たずに生活なんてできるはずがない。二人で暮らしていた時も実家からの援助があったと聞いている。


「今の時期、寒くはありませんが……。貴族の女性を外に放り出すのは……」

「そうだな……。寝たら少し頭が冷えた。だがな」

どうやら母は夜のうちに行方不明になってしまったようだった。


 使用人たちは頭に血が上って正常な判断ができなくなっている父のかわりにすぐに母を追いかけたようだが、どうしてだか上手く撒かれてしまったらしい。母も意地になっているのかもしれない。暴走馬車に轢かれそうになった時も、通り魔に襲われた時も、なんだかんだ無事だったから、今回もそうだと良いけれど……。



 この騒ぎは学院にも届いたのか、兄は久しぶりに屋敷に帰ってきた。それどころではないのに、兄の姿を見て嬉しくなってしまった。母が行方不明になっているというのに喜びの方が大きいなんて、私は最低な人間だ。


 久しぶりに会った兄にときめくと同時にとても不安になる。原作のレオンだと思ってしまったのだ。顔はまだ幼さが残っているし、表情も幾分か柔らかい。けれど、それ以外はそのままラスボスのレオン・フォン・ラヴィーネだった。原作が近づいてきているとひしひしと感じる。


「お兄様! お帰りなさい。一年半ぶりですね」

「……エミリア」

兄は何とも言えない表情で私の名前を呼んだ。


「エミリアは、綺麗になったな」

「お兄様こそ。ずいぶんと背が伸びましたね。もう、大人の男性です」

兄は母が行方不明になって不安にしているだろう私にどう声をかければ良いのか迷っているのかもしれない。


「そうだ。学院の入学準備を手伝って貰えませんか?」

「ごめん。ちょっと忙しくて……」

「気にしないでください、お兄様! お兄様も学院があるのに、こうして帰ってくださったのですから!」

私の言葉に兄は申し訳なさそうに眉を下げた。


「申し訳ないと思ってくださるのなら、時間があったら学院での楽しい話を聞かせてください!」

無い恩を売って約束を取り付けるのは心苦しくはあるけれど、こういうのは言ったもん勝ちだ。



 その三日後のことだった。父の訃報を聞かされたのは。傷心の父は崖から足を滑らせて落下してしまったそうで、死体すらも見つからなかったのだとか。


 遺体も見つからなかったため、身内のみの簡易的な葬式が行われた。この国の宗教観では、埋葬できないと天国に行くことはできない。遺体が見つからないというのはそれほどのことだ。


 一昨日の昼から父は練習場所に来なかった。つまり、父が居なくなったのは一昨日からだろう。その日の夕方、兄に父についてそれとなく聞いてみたところ、外出していて帰ってこないと言っていた。その外出で事故が起きたと考えるべきだけれど、侯爵ほどの地位にいる者が護衛もつけず、外出するのだろうか。つけていたとして、護衛は何をしていたのだろう。……もしかして、父は殺された?


「お兄様……」

もしかして、あなたが? という言葉は続けられなかった。頭によぎった最悪の考え。それは兄が父を殺したのではないか、ということ。「前侯爵夫妻? 確か、毒殺だったかな。教団に任せたし覚えてないや」とは断罪パートで問い詰めた時の彼の台詞。そう、ゲームでは毒殺と言っていた。それも二人同時に始末していたようだった。だから、違う。これは事故。母に至っては行方不明だし。だから、だから兄は何も関係ない。無関係で、無実。


 ちなみにその時にエミリアについて聞くと「エミリア? あー影の薄い義妹か。結構使い勝手良いよ、それが何?」と言う。


「……ラヴィーネ家はどうなるの?」

お茶を濁すためにそう続けた。破滅の未来が近づいていると感じる。このまま兄が破滅の道に行ってしまうのではないか、そう思うととても怖くなった。


 兄は優しく、宥めるように頭を撫でてくれた。私の涙がぽつりと落ちた。兄の少し大きな手がそれを拭う。


「心配しないで、エミリア」

兄は笑った。その姿はとても美しくて、恐ろしかった。



 父の葬儀が終わるとぽつぽつと雨が降り出した。私は兄に手を引かれて屋敷の中に入る。


 兄は執事からタオルを受け取ると、自ら私の体についた水滴を取る。


「お兄様? 私よりもお兄様を拭いて。当主が風邪をひくわけにはいかないわ」

「気にしないで。……話したいことがあるんだ。少し聞いてくれないか」

「……大事なお話なんですね」

兄は否定しなかった。つまりきっと侯爵としてのお話。心臓が激しく脈打つ。


 私がたとえこの家の血を継いだ人間だったとしても兄にとって私は邪魔者なら、この屋敷にはいられない。……責務として、学院までは通わせてくれるとは思うけれど。


「まずは、屋敷に戻りましょう」

兄の手を引いて屋敷に向かうものの、私の心は重かった。

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