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【連載版】ラスボス義兄に一目惚れしました  作者: 岩越透香
ラスボス義兄に一目惚れしました

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 また廊下で会えないかと思い、兄の部屋の近くを散歩していた時だった。兄の部屋から音がした。少し空いている扉から中の様子を伺ってみると、部屋の中には兄ともう一人いるようだった。もう一人は角度が悪く、見ることが出来ない。


「私の娘にベタベタ触って……不愉快だわ! あなたの母親もきっとああやって彼を誑かそうとしたのね。親も親なら子も子ね」

「お母様……」

驚きのあまり、声が漏れてしまった。幸か不幸か、二人は私の存在を知らないようだった。私は母を止めて兄を庇うべきだろう。けれど、私には勇気が出せなかった。聞いたことのないような母の剣幕に怖くなってしまったのだ。母が兄を嫌いであることは知っていたけれど、これほどまでとは思わなかったのだ。それに、兄への怒りは不用意に近づいてしまった私の責任でもあった。私は二人に気が付かれないように早足で立ち去った。


「お嬢様、廊下は寒かったでしょう。今紅茶を――」

「アンナ。集中したいので誰も部屋に入れないように。……あなたも例外ではないわ」

紅茶を淹れようと準備をしていたアンナに命令して一人になる。理由はもちろん勉強のためではない。


「ごめんなさい。私は本当に情けない。お兄様を助けようなんて思っていても結局何も行動できないのだから。私は自分のためだけに生きていて、お母様の虐待を見て見ぬふりをして……。どうして私はこんなにも弱いんだろう。どうして前世の記憶なんて持っていたの……?」

本当に自分が嫌になる。前世の記憶があると言っても、それはゲームの内容以外は曖昧なもので、勉強の役には全くと言って良いほど役に立たなかったけれど、兄の境遇を知っていた。ゲームの展開だけは、はっきりと覚えていた。なのに何もできなかった。


 兄はきっと私のことも恨んでいる。能天気に話しかけてくる、加害者の娘なんて不愉快以外の何者でもないだろう。きっと兄は私のことを――。


「もう、会いに行くのはやめましょう。私の都合でお兄様を傷つけては駄目よ」

自分に言い聞かせるように、そう声に出した。



 今日は兄が家を出る日だ。家を出ると言っても、追い出された訳でも家出した訳でもない。人生の節目になるようなめでたい日――学院への入学の日だ。


 学院といえば、ゲームの前半パートの舞台。この国の貴族は通うように義務付けられていて、様々なことを学ぶ。勉学以外にも生涯のパートナーを見つけたり、良きライバルを見つけたりする、社交の練習の場でもある。


 兄は入学をきっと心待ちにしていた。なぜなら親から離れることができる場所だから。


 ちなみにゲーム内のレオンは学院では優等生だったらしい。「まさかあんなことをする人だとは思いませんでした。学院では真面目な生徒で……」という犯罪者の知人がよく吐くようなセリフを聞ける。家の外――学院は努力すればするほど認められる最高の空間だったからだろうか。そんな場所に行く前に、私なんて見たくもないだろうな……。


 学院は高校と同じで十五歳から三年間通うことになる。つまり、兄は十五歳、私は十三歳な訳で。私は成長すると共に母に似てきていた。そのこともあって、最近は兄に会えていなかった。勇気が出なかったのだ。拒絶されるかもしれない。その不安は私の足を止めるには十分だった。


 兄のために作ったお守りを強く握りしめた。会いに行くことが出来ない不甲斐なさをお守りにぶつけた。


 この世界にはお守りなんて文化はないから手作りした。いつでも持っていられるように、と大きすぎず小さすぎないお守りを。男性が持ってもいいように控えめな刺繍を施したお守りを。


 浮かれていた私が馬鹿みたい。私はゲームの中のエミリアと同じで、舞台の上で踊らされるただのマリオネットなんだ。きっと好きなのは私だけで、彼は「うるさいな」くらいしか感じていないのに……。


 窓から兄の姿が見えた。冷遇されている彼だが、侯爵家の面子のためか、学院へは馬車で向かうらしい。母に「見送りには行かなくていい」と命令とも取れる言葉を貰っていたから、私はそれを免罪符にして部屋に居た。


「……お嬢様。本当に良いのですか?」

「きっと、迷惑なだけ、だから……」

アンナに心配させないように強がって答える。


「迷惑など。そのようなことはありません」

「……でも、怖いの。要らないって言われたらどうしようって」

「お嬢様……」

アンナは痛ましそうに私を見た。……分かっている。私が変に拗らせちゃったことくらい。兄は例え嫌いでも受け取ってくれるし、処分は見えない所でしてくれるだろう。だからこそ、ほんの少しでも重荷になりたくなくて……。


「渡すだけでも如何でしょうか、何日もかけて作っていたのですから」

私の頭に「やらぬ後悔よりやった後悔」という言葉が浮かんだ。アンナの言葉も後押しになり、私は今日わがままになると決めた。兄は休暇で帰ってこないだろうから、二年は会うことが出来ないのだ。


「ごめんなさい、お兄様。今日は――私のわがままに付き合ってもらいます」

アンナに両親の足止めを頼み、階段を駆け降りる。鬼の形相で屋敷内を走る私を見た執事がギョッとして、止めようとしてきたが無視して走り抜ける。持久力は魔法で上げられないため辛い。活発に動き回っていなかった体が音を上げそうになる。


「あと、少しだから……!」

自分の体に鞭を打って走る。部屋着ということでボリュームの少ないドレスを着ていたことが幸いし、馬車の出発には間に合いそうだった。


「お兄様!」

馬車に乗り込もうとした兄が振り向く。遠くてよく見えなかったが、驚いているらしかった。


「……エミリア。もしかして見送り? どうして……」

「やらぬ後悔よりやった後悔、ですわ!」

ポーズを決めて叫ぶ。乱れた息を整えながらお守りを渡す。強く握っていたせいか、しわしわになってしまって不格好だった。


「元々はそんなにボロボロではなかったの。その、渡すものなのに、ごめんなさい! でも……」

「ありがとう。すごく、嬉しいよ」

「そ、そう? えへへ。喜んでくれて嬉しいです……」

お世辞だろうとそうでなかろうと嬉しかった。その言葉が聞けただけでも勇気を出せて良かったと心から思う。


「それをよく使うものに付けてほしいなって……」

「どうしようかなー。部屋に飾っておきたいくらいなんだけど」

一瞬、拒絶されたように感じたけれど、悩む素振りを見せて私をからかっているらしい。


「お兄様を守れるようにって願いを込めて作ったので、近くに置いておいて欲しいです」

「そうなんだ。嬉しいな」

彼はふわりと笑って、大切そうにポケットに仕舞った。


「いってらっしゃい」

嬉しさと悲しさと切なさをぐちゃぐちゃに混ぜた心を悟らせたくない。淑女の笑みを貼り付け、慣れた動作で足を一歩引く。何年も練習して洗練されたカーテシー。これなら顔は見られないし、完璧な別れになるはずだ。


 兄は私の髪を一房掬ってキスをした。髪へのキスの意味って……。ううん、きっとキスしやすい場所だっただけ。それに、兄妹なんだ。兄にその意図があるとは思えない。


 たったそれだけのことで耳まで赤くなった私を兄は満足そうに見つめ、微笑んだ。恥ずかしがっている私を見たいだけか!? 喜んで損したかも……。


「挨拶代わりにされることもあるし、キスくらい慣れないと。……やっぱり慣れないで。可愛いし、慣れるってなったら他の男にされたってことだから」

「誰にもされるつもりはないです! 婚約者もいない令嬢が……そんな、キスなんて!」

「初心だなあ。ずっとそのままでいてね? ……なぁんて。行ってきます」

兄の手が私から離れる。物足りなさを感じながらも笑顔で見送れた、と思う。

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