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食事を無事に終え、自分の部屋に戻る。アンナに予定を聞いたところ、家庭教師が侯爵邸にやってくる一週間後までは屋敷に慣れる期間ということらしい。つまり、今は兄に会いに行くチャンスという訳だ。
「アンナ。私、図書室に行きたいわ」
「分かりました。ご案内します」
「心配しないで。図書室までの道は覚えているわ。記憶力は良い方だから」
「ですが、お嬢様を一人にするなど……」
「私はお父様と、お父様が信頼してこの屋敷を任せている人たちを信用しているわ。これでも駄目かしら」
彼女は私を放置することは仕事放棄にあたるようで、素直には頷いてくれなかった。家の中でなら一人で良いという考えは庶民感覚なのかもしれない。私がここに来て日が浅いということも関係していそうだけど。
「実は、その……。少し恥ずかしいの」
「恥ずかしい、ですか?」
「ええ。アンナにどの本が好きかバレてしまうでしょう?」
嘘を吐く罪悪感に耐えつつアンナに耳打ちする。ここに来てから嘘ばかり吐いていて、かなり悪い子になっている……。
「そういうことでしたら。ですが、入り口まではご一緒させていただきます」
「図書室に入ったら、別の仕事をしに行って! 読みきれなさそうな本は部屋に持って帰ろうと思っているから」
私は兄の部屋の前を通るルートで図書室へ向かった。
「広い……」
扉の先には壁一面の本棚があった。どれほどの本が収容されているのか、見当も付かないほどだ。かなり高い位置まで本が敷き詰められていて、上は梯子を使わないと背表紙すら見えなさそうだ。
梯子を登るのは危険だから、手の届く範囲の本を見てみる。本の内容ごとに本棚が分けられていて、その分野は多岐にわたっている。
「何かお困りですか?」
何の本を取ろうか迷っていると声をかけられた。振り向くと、何冊も本を抱えた優しそうな青年が立っていた。
「失礼しました、エミリア様。私はここで司書をしているコード・シェファーです」
「凄いです。侯爵家の図書室には司書がいるんですね」
「これだけ多くの本を抱えていますから。と言っても、私の仕事は司書以外にもありますけどね」
彼は私と話しつつも本を棚に戻していった。その中で一冊気になる本があったから聞いてみる。
「これは古代魔法に関する本ですよ」
「古代魔法ですか?」
「はい。遥か昔、魔法使いが繁栄していた頃の魔法書です。今となっては魔力が足りず再現出来ないものがほとんどのようですが……」
「では、今存在する魔法はなぜ使えるのですか?」
「それは威力や効果を抑えているからですね。相伝魔法は魔法使い全盛期に作られた魔法であり、強い効果を持っている上に自分の身体のように使うことができるのです」
私の、というかラヴィーネ家の相伝魔法は"冷気を操る魔法"だ。ゲームのイベントムービーでは凄く綺麗で強力な魔法だった。
一方、兄は母方の家系の魔法を受け継いでおり、"幻を見せる魔法"だ。兄の母の実家――ローゼギフト家の魔法は"炎を生み出す魔法"となっているが、そこはゲームで極悪一家――敵は大体この家関係だった――と呼ばれるだけのことはあり、魔法の効果を詐称している。もちろんこれはゲーム知識だからエミリアは知らないはずのことだ。
ローゼギフト家には前半パートのライバル――というよりは悪役として登場する同級生がいる。彼女の名前はメリナ。ゲームでは傲慢な令嬢で王子ルートではライバル、その他では主人公を虐める前半パートのラスボス的存在だ。ローゼギフトの魔法はかなり厄介だったなと思い出す。
ゲームでは主人公が王子ルートを選ばない場合、エミリアが王子の婚約者候補として名乗りをあげていた。少しでもレオンの役に立ちたい気持ちからだろう。今から対策くらいは考えたほうが良いかもしれない。
「すみませんエミリア様。その本はかなり分厚いでしょう?」
「あ、いえ。少し考えごとをしていただけです」
「考えごとですか? 力になれることがあれば何でもお聞きください」
本を受け取ってから俯いて黙り込んでしまった私をコードさんが心配してくれる。前世の記憶について考えていましたなんて言えるはずがないから曖昧に微笑む。
そこで当初の目的――兄に会うための口実作りを思い出す。難しそうな本を選んで、兄に聞きに行けばいい。
「あっ。では早速頼っても良いですか?」
「はい。もちろんです」
「家庭教師の方がいらっしゃるまでに少し予習をしたいのです。良い本を選んでくれませんか?」
どんなことを予習したいかと聞かれ、一番分かっていないであろう「地理」と答えた。彼はサッと礼をするとすぐに一冊の本を持ってきてくれた。
「そちらは主要な地の特産品について書かれています。絵を多く用いているため初めて学ぶ方にも取り組みやすいと思って選びました」
パラパラとページを捲ってみる。彼の言う通り、絵が多く読み書きが完全に出来るとは言えない私でも読みやすそうだ。これをあの一瞬で持ってくるなんて、ここにある全ての本の配置を覚えているのだろうか……。
「ありがとうございます。相談して良かったです」
軽くお辞儀をして図書室を出る。扉を開けるとアンナが居た。ずっと同じ場所で待っていてくれたらしい。
「帰っても良かったのに」
兄のところに行きにくくなるからという本音は言わず、あくまでも気遣っているていで話しかける。彼女は「仕事ですので」と一言だけ返した。……彼女の監視から逃れるのは難しそうだ。
「お嬢様、お持ちします」
「これくらいなら持てますわ。ありがとう、アンナ」
兄に本の内容を質問するというていで会いに行くとなると流石に読まずに行くのは不自然だから、今日は部屋に戻って本をゆっくりと読むことにした。
好奇心には逆らえず、私はまず古代魔法の本を開いた。
「お嬢様。昼食の時間です」
声をかけられて「もうそんな時間か」と顔を上げる。古代魔法の本は言い回しが難しいものが多く、とても読みにくかった。そんな訳で、すぐに諦めて地理の本を読んでいた。こちらは読みやすく、半分程度まで読み進めることが出来た。
「ではこの章を読み終わったら……」
「その章は残り五十頁ほどあるように思えますが」
「そうだけど……。中途半端にしてしまっては気になってしまって」
「ではこちらの部屋に昼食をお持ちしましょうか?」
「いいの?」
「はい。旦那様の仕事の都合で揃うことが難しい場合もありますから。旦那様も勉学に夢中なお嬢様を叱ることはないでしょう。坊ちゃんもいつもお一人ですし――」
レイラが「不味いことを言ってしまった」というように慌てて口を閉じた。兄が一人で食べているのは予想通りではあるけど、彼の場合は忙しいからではなく冷遇されているからだろう。
私は彼女の失言をスルーして「部屋で食べることにします」と言って、読書に戻った。
周りにアンナたちはいるけれど一人きりの食事は気楽で、ここに来てから初めて味わって食べられたような気がした。




