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私の目の前にはメリナ、右手側にはフィッタさん、左手側にはローライトさんがいる。フィッタさんもローライトさんもメリナの取り巻きである。メリナからお茶会に招待されたのが嬉しくてノコノコ来てしまったけれど、今の私は敵陣に迷い込んでしまったようなもの。蛇に睨まれた蛙のように、縮こまることしかできなかった。
「よく来てくれたわ、エミリア」
にっこりと微笑むメリナの顔が怖い。一応友達になったけれど、何か含みでもあるのかと勘ぐってしまう。
「緊張することはないの、私たちはクラスメートよ?」
「……そうですね。普段あまり話さないお二人なので緊張してしまいました」
あくまで平然と答える。お茶会は戦争だと聞いたことがある。油断してはいけない。
「そう」
メリナは紅茶を一口飲んだ。その小さな動作も洗練されていて美しい。
「まずはお菓子を楽しみましょう? このパイにはキャロルの領地で取れた林檎を使っているのよね?」
「は、はい! フィッタ領の林檎はパイによく合うんです」
フィッタさんはメリナの呼びかけに答え、顔を上げた。しかし、私と目が合うことはない。避けられているらしい。のけ者にしようとしていたから気まずいのかな。
ちらりとローライトさんが私の様子を伺う。メリナも動く様子がないから……これは私が口をつけないと始まらないパターン?
「いただきます」
アップルパイはフォークを刺すとさくりと心地よい音がした。中からはアップルフィリングがこぼれ出すくらいに詰まっている。落とさないように気を使いつつ口に運ぶ。
「……美味しい」
思わずそう言ってしまった。甘酸っぱい林檎は確かにこのパイに合っている。さすが公爵家というべきか、何処をとっても文句のつけようがないくらいに美味しい。もちろん、ラヴィ―ネ家の料理も美味しいけれど。
「あなた、レオン以外でもそうやって笑えるのね」
「へ?」
なぜここで兄の話題が……?
「良かったわねキャロル。あなたの領の林檎を使ったパイが氷の令嬢を溶かしたわ」
「そ、そうですね……。うっ……」
フィッタさんは引きつった顔で頷いた。これは嫌われているというより苦手意識を持たれている……?
「あの、私って氷の令嬢と呼ばれているんですか……?」
「ええ、あなたの表情は滅多に変わらないもの」
「私が満面の笑みだと思っていたものは……」
「微笑みくらいにはなっているかもしれないわね?」
「ぐはっ……」
「ね? 顔は変わらないけど面白いでしょう?」
メリナはにこりと笑って言った。
納得はいかないけれど、これくらいで仲良くなれるなら安いものだと思っておこう。フィッタさんは少しは苦手意識をなくしてくれたっぽい。ローライトさんには……。
「こう、見ると……。アレに似ていて無理です」
彼女には余計に嫌われてしまったらしい。
「そんなに……酷いんですか?」
遠慮がちに聞いたフィッタさんに、ローライトさんが身を乗り出して答える。
「ええ、そうなの! あの平民上がりの聖女は行儀もなっていなくて!」
平民上がりの聖女と言えば、ヒロインしかいない。そういえば、チュートリアル的に義姉が虐めていたっけ。ローライトさんはメリナの取り巻きという印象が濃くて、ヒロインと同じ家名だと思い至らなかったのが悔しい。
「ローライトは神官の家系。その事もあって引き取った訳だけれど……アレが同じ年齢とは思えないわ。来年に学院に入学できるのかも怪しいの」
彼女はそこまで言って紅茶を一口飲んだ。
「でも、一番嫌なのはそこではないの。アレは『困っている人は全員助けるべき』だと言っているの。……もちろん、それは美徳よ。でも現実では絶対に無理。私は身を削ってまで他人を助けるのを善とは思わない。そもそも、アレは身の程も知らずに言っているの。だから許せないのよ」
ゲームでの印象は平民嫌いの嫌な貴族だったけれど、実際はこんな風に信念を持っている人だったんだ。
「大変そうね、メアリー。エミリアもそう思うわよね?」
「そう、ですね……」
私は元々下町暮らしというのもあって、どちらかといえば聖女に立場が近いから何とも言えないけれど……。
「なら、エミリアがその聖女に教育するのはいかが? あなたなら仲良くできるのではなくて?」
メリナの表情からは、それが意地悪なのか本心なのかは理解できない。ただ、なんとなく期待されているような気もする。
「で、ですが、我が家の事情にラヴィーネさんを巻き込む訳には……」
「私たちは友達でしょう?」
ローライトさんは私に気遣って断ろうとしているけれど、聖女に会ってみたい私としては好都合だ。
「ローライトさん、もしあなたがよければ一度お家に伺いたいです」
「……! 良いんですか? 私、もうアレの相手をしたくなくて……!」
彼女は感激のあまり私の手を掴んでいた。そんなに酷いのだろうか……。
「では、学院に入学させるまで……定期的に我が家に招いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん」
一段落ついた所でヒロインの話が終わり、フィッタさんが学院での話題に変える。
「あと半年で進級しますが、メリナ様は生徒会へのお誘いはもう来られたのですか?」
彼女の問いかけで場の空気が凍った。この反応は誘いが来ていなさそうだ。ゲームでもメンバーでなかぅたし。そんなメリナとしては絶対に出されたくない話題だったのだろう。
「フィッタさん、お兄様に聞いたのですが、まだ選んでいる最中だそうですよ。聞いた際に、相応しい人材が居たら紹介してくれと言われたのですが……」
「私を推薦する名誉を差し上げますわ」
メリナに目配せするとそう答えてくれた。これでお茶会に来た目的の半分くらいは達成できたかな。安心したらお腹が空いてきた。他のお菓子も頂こう。
その後は特に何事もなく、三人の会話を聞き相槌を打つだけで終わった。……話す機会がなかったせいで、食いしん坊と思われたかもしれない。
ヒカリ・ローライト。それがこの世界のヒロインの名前だ。ゲームでは誰とも仲良くなれる性格で、迷ったら即行動できる行動力の持ち主だった。友達思いの良い子だと描写されていたけれど、実際はどうなのだろう。話を聞く限りでは悪い子ではなさそうだけれど……。
邪神を封印した時の聖女は回復に防御、強化まで何でもできたそうだけれど……彼女にしかできなかったもの、それは封印だ。彼女は悪いものを封じ込める力に長けているそうだから、ヒロインの協力があれば邪神にも対抗できるかもしれない。絶対に仲良くなっておきたい。
平民から急に貴族になるなら勉強面で苦労しているはずだから、行くときに昔勉強に使っていた本を持っていこう。




