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人が多いところから離れ、庭園の中を進んでいく。綺麗に植えられた花を見ながら歩いていると、いつの間にか知らない場所に来てしまった。何も考えずに歩いていたため帰るべき方向が分からない。
遠くに見える校舎に向かってみると、全く知らない場所だった。おそらく旧校舎だろう。お化けが出るという噂の……。さて、一度深呼吸をして自分が置かれている立場を考えよう。
――迷った!
人が居る場所に出れますようにと念じながら歩いていると、どこからか声が聞こえた気がした。まさか幽霊だろうか。目に魔力を軽く集め、よく見てみると、赤いドレスが目に入った。
「メリナ……?」
「なんでいるのよ」
いつもと同じ口調のはずなのに、どうしてか強がっているように感じた。
「えっと……迷っちゃって……」
「迷った? こんな森の奥まで? ……ばっかじゃないの?」
「だから道を知っている人を聞こうとしていて……あはは……」
正直に言うと、彼女は呆れたような顔をした。
「教えてあげるから、私がここにいることは誰にも言わないでよね」
「道を教えて貰わなくても言いません」
「どうかしらね」
投げやりに思える態度はどうしても放っておけなかった。今このタイミングしか彼女に踏み込めないと直感した。
「これを聞くと嫌われそうな気もしますが」
「何よ?」
「あなたはメリナが嫌いなんですか?」
「……どうしてそう思ったの? 私は完璧な令嬢なの。嫌うなんて思いもしないはずだわ」
彼女は自分が好きだと返さなかった。ということは嫌いだということは間違ってはいないのだろう。
「勘……ですかね?」
「勘、ねえ……。確かに勘は鋭いのかもしれないわ。貴族になる前は野生で暮らしていたかしら?」
褒めるように貶した後、彼女は「良いわ、話してあげる」と言ってくれた。彼女の隣に座る。
「あなたの言う通り、私は自分が嫌いよ。だって私たちは嘘つきで裏切り者だから」
メリナは指先に炎を灯し私に近づけた。確実に触っているのに燃え移りもせず、熱くもない。ローゼギフトの相伝魔法が本当は幻を見せる魔法だと知っていても違和感がある。
「あら、驚かないのね。聞いたのかしら?」
「温度も色も自由自在の炎を生み出す魔法、ですよね?」
「そういうことになっているわ。でも、本当は幻を生み出す魔法よ。人を騙すためのものなの」
彼女は自嘲して指先の炎を消した。
「欲深い先祖はね、この国を欲したの。だからローゼギフトの毒を国中の大貴族に注いだわ。……もしかしたら、公爵家はその第一被害者だったのかもしれない」
「毒……」
彼女はそれを自分自身のように思っているのだろう。苦しげにそう自虐した。
「幻を見せる魔法は他の相伝魔法を偽るのにぴったりよ。……ここまで言えば分かるんじゃないかしら」
他家の乗っ取り。それを家単位で何十年もやり続けていたということ……?
「もしかして、お兄様も……」
「レオン・フォン・ラヴィーネは十中八九ラヴィーネの血を引いてないわ」
婚約の話をした時に血が繋がっていないと言っていたのは、私を丸め込もうとした訳ではなく、本当のことだったということ? 昔の兄の自己肯定感が低かったのは、そのことを知ってしまったからなのかもしれない。
「それって……」
「どうしたの? ショックでも受けた?」
「私にチャンスがあるってことじゃないですか!」
「……チャンス?」
思わず口に出してしまった。怪しむ視線に耐えきれず、兄への思いを打ち明ける。
「今の話を聞いてもそれ? やめておいた方が賢明よ」
「賢くなくて結構です」
「賢くなくても良い、ね……。案外、そんな気持ちが大切だったのかもしれないわ」
彼女はドレスについた土を軽く払う。
「ずっと迷っていたの。あの人たちに従うことが本当にやるべきことなのか。……私は愚かになるわ。それが一番気持ちが良いですもの」
差し出された手を掴み立ち上がる。彼女は晴れやかな顔で言う。
「友達になってあげるわ。愚かで真っ直ぐなエミリア」
「喜んで。ですが、余計な修飾語が付いていませんか?」
「あら、愚かなエミリアの方が良かったかしら?」
その時のメリナの笑顔が年相応の可愛らしいもののように思えた。
メリナと別れた後は会場に戻り、パーティーの終了まで談笑を楽しんだ。二次会のお誘いは下心が見えてしまったため断ったけれど。
「エミリア、今日は楽しめた?」
「はい、お兄様!」
「でも、何か言うことがあるんじゃない?」
兄は会場から消えた私を心配して探してくれたらしい。今回は学園主催のパーティーで安全だったけれど、場合によっては誘拐されてしまうこともあるのだと叱られてしまった。
「私が誘拐、ですか? 確かに侯爵令嬢ですからね……」
「それだけじゃないけど……」
前世と侯爵令嬢になる前の感覚が残っている私としては誘拐なんて関係ないように思えてしまうが、兄はかなり真面目なトーンで気をつけるように言ってきた。
「気をつけて損はないですからね。次からは一人での行動は控えるようにします」
「できるだけ僕が近くに居るようにするよ。僕が居ないときは友達といるようにしてね」
兄の過保護さが温かい。手のかかる妹として見られていそうではあるけれど。
日が傾き始めているのを見ながら私たちは寮へと戻った。
夏休みがやってきた。学生たちは実家に戻ったり王都のパーティーで人脈を広げたりと様々だ。ラヴィーネ領は王都からかなり離れており馬車で往復するとかなり時間がかかるため、乗馬スキルのない私は王都に残ることになる。兄は一時的に戻るらしい。
領地に戻る兄を見送った後、私も旅行の支度を始める。母方の実家に向かうためだ。王都から馬車で半日ほどで着くとはいっても泊まる必要はある。アンナに頼み領都の宿を取ってもらっていた。ある程度は用意されていると言っても準備するものはそこそこ多く大変だった。
兄に秘密で向かっているため、商会のお嬢さんを装い乗合馬車で領都まで向かう。王都ほどではないものの、かなり栄えている町らしく、商会のお嬢さんの旅行先としてもそこまで違和感はなかった。
祖父母を訪ねるのは明日にして、アポイントメントを取った後は軽く観光し、ホテルに向かった。
翌日、アンナとフーウェル子爵邸を訪ねる。執事らしき男性に連れられ入った部屋には初老の男女が座っていた。
「はじめまして。フーウェル子爵、フーウェル夫人。本日はお時間を作って頂きありがとうございます」
つまり、この二人が私の祖父母。結婚に反対し、縁を切られたと母からは聞いているけれど……私の話を聞くつもりはあるらしい。
どう聞き出そうかと迷っていると、子爵が口を開いた。




