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「お疲れ様、エミリア嬢。テニスは大変だっただろう」
「ご機嫌よう、殿下。それほどではありませんわ。メリナさんはとても頼もしいパートナーでした」
メリナとのダンスが終わった殿下はなぜか私のもとに向かってきた。
隣にいたはずのカンネはいつの間にか遠くに行ってしまっている。彼女はカーテンの裏から顔を出しながら、期待するような目で私たちを見ていた。
「殿下はテニスと剣術に出場されていましたね。どちらも素晴らしいご活躍でした」
実際には見ていないけれど、ゲームでの活躍を考えると今日も活躍したと考えられる。適当に褒めておこう。
「お褒めに預かり光栄だ。よか――」
「エミリアさん! あっ」
狙っていないにも関わらず二回目のダンスを取るのも良くないと思い、どうやって断ろうかと考えていると、空気を読まない声が聞こえてきた。
「す、すみません。殿下、あの……お先に、というか、知り合いがいたから話しかけただけというか……」
言い訳をするアレルを眺めていると、殿下が目の前から居なくなる。
「こんな所に居ましたのね、グレイ様。もうすぐ二回目が始まってしまいますわ」
二回連続で踊るのは婚約者くらいだが、メリナはおそらくそういう関係だとアピールしたいのだろう。勘違いされたくない私としても好都合だ。
けれど、殿下はメリナとそういう関係だとは思われたくないのだろう。でなければ私に話しかけることはない。
「エミリアさん、俺らも……?」
「申し訳ありません、少し疲れてしまいましたので」
王族相手でなければ断るのも心情的に楽だ。疲れているのは嘘ではないし。
「ありがとうございます、アレルさん。私はもう帰りますね」
アレルに別れを告げて足早に会場を出る。部屋の中央では殿下たちが踊っていて、私の退出に気がつく人はほとんどいなかった。
「エミリア?」
寮に帰る途中、学院内で兄とすれ違った。
「お兄様は生徒会の仕事ですか?」
「ああ。こういったイベントでは生徒会の仕事が増えるからね」
「お兄様は忙しい中でも私に会ってくださったのですね……」
感心したように声を漏らすと、兄は謙遜するように私と会うことは苦ではないと言ってくれた。優しい。好き。
「エミリア、パーティーはどうしたの?」
「少し疲れていたので抜け出してしまいました」
「……良かったの? この時間だとダンスも踊ってないよね?」
「名残惜しくないと言えば嘘になりますが……」
無理だと知っていても、あの場で兄と踊りたかった、なんて考えつつ返事をした。
「なら踊る?」
兄は私に手を差し出して言った。
「演奏はないし、相手は僕だけど……」
「喜んで」
兄の手を取り中庭に出る。疲れていたと言ったからか、踊るのはワルツだ。静かな場所でこうして踊っていると、兄の体温も心音も感じられる。
「懐かしいね、エミリア」
兄は昔を懐かしむように、少し寂しげに言う。
「昔もこうやって二人で練習したね。エミリアが僕を外に引っ張り出してさ」
兄を振り回していた頃の記憶が呼び起こされ、なんだか恥ずかしくなってしまう。言い返そうとすると、兄の手でくるくると回されてしまう。
「お兄様! いきなり回さないでください!」
「ごめん。反応が可愛くて」
月明かりの下、楽しそうに笑う兄を見てこんな夜も良いと思った。ある程度、踊った後はベンチで二人並んで休憩する。疲れていたと言った私を気遣ってくれたのだろう。そんな時、兄はふと思いついたように、生徒会に興味はないかと私に聞いてきた。ゲームではエミリアが所属しているという情報はなかったけれど……。
「実は次期生徒会メンバーを迷っているんだ。エミリアがやりたいなら推薦しようと思っているけど、他に興味がありそうな人がいれば一緒に薦めても良いよ」
「……急なお話ですね。回答期限はいつでしょうか」
「夏季休暇明けかな。考えておいてね」
「ええ、分かりました」
生徒会に興味がないと言えば嘘になる。生徒会には攻略対象が何人かいたはずだから、シナリオの進行状態を知る手がかりになる。攻略対象たちは黒幕ではないと分かっているため、味方を作りやすいのは良いことだ。ただ、忙しそうに仕事に戻って行った兄の様子から考えると生徒会の仕事は忙しそうだ。私に務まるのだろうか……。
「試験なんて無くなればいいのに」
紅白祭が終わるとすぐ、試験があると告知された。この学院の夏休みは七月から約二カ月あることもあって、イベントが詰め込まれている。
「普段から勉強していないから困るのです」
不貞腐れたような顔で文句を言うライラをカンネが叱る。カンネはライラの幼馴染だというのもあって、あしらい方が何処となく雑だ。
「エミリアちゃんは!? 嫌だよね、試験!」
「ええ、高得点を取らなければならないというプレッシャーもありますし」
「だよね!」
「ですが、成績をつけるためには仕方がありません。頑張りましょうね」
「そ、そんな……」
私は試験にマイナスの感情を持ってはいるものの、一度生きたことがあるため勉強は苦手ではない。
「ライラ、試験で赤点を取るとサマーパーティーに出ることができません」
「え!? それは困る! 二人とも私に勉強を教えてー!」
泣きつかれた私たちはライラのための勉強会を開催した。どこからか噂が漏れたのか、規模はだんだん大きくなり、クラスの半分ほどが来るようになった。……人に教えることで自分の勉強にはなるけれど、自習できる時間も欲しい。
「ごめん、ライラ。明日は教えられません……」
「気にしないで! 私が今まで頼りすぎていたのよ!」
ライラとカンネに一言伝え、今日は図書室に行って一人で勉強をする。ちょっぴり寂しいけれど、家にも兄にも恥じないような高得点を目指すには頑張るしかない。
「エミリア、エミリア」
勉強のしすぎで疲れてしまったのか、兄の声が聞こえてくる。あと一問だけ……。
「閉館時間ですよ?」
「あれ、もうそんな時間――」
振り向くと頬をつつかれる。
「ってお兄様!?」
「さっきからずっと声をかけていたのに」
「ご、ごめんなさい。今すぐここを出ますね」
「急がなくてもいいよ」
兄は横の席に腰掛けた。慌てて準備する私の何かが面白かったのか、彼は嬉しそうに笑った。
「どこか分からないことがあるの?」
「応用も完璧にできるようにしておきたいですから」
「一年の先生は……あの人か。多分そこまでは出ないよ」
「それでもやれることはやっておかないと。後悔をしないために」
兄がラスボスになるのか、別の存在がそこにいるのか、そもそもあのゲームは私の妄想だったのか。それは分からない。でも、分からなくても関係ない。私は今この瞬間を楽しんで、記憶に刻み込んで、兄が幸せになるような未来のために頑張るしかないのだから。
「良かったら、勉強教えようか?」
「ですがお兄様は忙しいのでしょう?」
「試験期間は生徒会も仕事を減らして貰えるから。それとも僕の学力だと不安?」
「いえ、そんなことは!」
「なら決まりだね。いつがいい?」
帰りながらトントン拍子に話が決まり、次の休みに二人でお勉強会をすることになった。つまりこれはデート……ではないか。屋敷に居た頃も兄の部屋によく突撃して勉強を教えてもらっていたからその延長線上だろう。兄の中の私は手のかかる妹なんだろうな……。
ということで兄との勉強会が決まったため、より勉強しないといけない。勉強会のために勉強するのは矛盾を感じるけれど仕方がない。兄が目の前にいたら勉強に集中できない。だから集中しなくても解けるくらい習熟度を高めなきゃ――。
「……エミリアちゃんはどこを目指しているの?」
私のノートを覗き込んだライラはそう呟いた。試験で高得点を取るためだと言うと、カンネは呆れたように、そこは試験範囲外ですと言った。
明日は幕間の方に更新します。




