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部屋に戻り、兄と仲良くなる作戦を考えているとノック音が聞こえた。
「お嬢様。アンナです。支度を手伝いに参りました」
「支度? 何の?」
「夕食のための支度です。侯爵様より、お嬢様のお召し物を預かっております」
「晩ご飯を食べるのに、着替えなんているのかな……」
「ええ。もちろんです。その様子ですと、何もされていないようですね。失礼します」
面倒だという気持ちが口から出てしまったらしい。それを聞いたアンナは少し呆れたように返事をした。
彼女は二人のメイドを連れて入室してきた。彼女らは洋服が入っているにしては大きすぎる箱を持っている。
彼女たちはテキパキと私を着せ替えてくれた。髪はアンナが結ってくれて、編み込みは子供っぽすぎず、可愛らしい。鏡に映る自分を見て、名家のお嬢様になってしまったのだと実感する。
「屋敷から出ることはありませんから、軽い服装でも良いでしょう」
「これで、軽い……?」
「はい。夜会に出るようなドレスですと、コルセットもつけますし……。準備が長い方は着るだけでも二時間は軽く超えます」
「に、にじかん」
貴族のお嬢様って大変なんだ……。元庶民の私に務まるのかと今から不安に襲われる。
「ではお嬢様、食堂へ参りましょう」
「は、はい!」
転ばないように足元に気をつけながら歩く。階段は転がり落ちそうで怖かったが、なんとか食堂に着くことができた。
「エミリア、遅かったな」
「仕方ないわ。エミリアはこういう生活に慣れていないもの」
「そうだったな。では、今日はマナーを気にしなくても良い。堅苦しくない料理にしたからな。ゆっくり食べなさい」
父がそう言うと使用人がお皿を持ってきた。堅苦しくないと言っていた通りで、ワンプレートの料理だった。と言っても、サンドイッチのような気楽なものでもないのだけれど。
「それではいただくとしようか」
「ええ。いただきます」
両親は何もおかしなところはない、と言うようにご飯を食べ始めた。
「お父様、お母様。あの、お兄様は……」
「ああ、レオンのことか。あいつのことは気にしなくて良い」
「でも私、お兄様とも仲良くなりたい、です」
「仲良くする必要はない」
父は私の意思をズバリと切り捨てた。その声の冷たさに、硬直してしまう。
「で、も……」
「お前はあれとは違う。二度も言わせるな。親しくする必要はない」
唇をキツく噛み締める。「仲良くなりたい」という意思を貫き通すべきなのに、何も言えなかった。いじめと同じで、傍観者で居続ける事は駄目だと思っているのに。
「ねえあなた、こんな話をしていても食事が不味くなってしまうわ。いない人間の話なんてしても意味はないのだから、早く食べましょう?」
「ああ。ほらエミリアも」
まるでぐずっている子供を宥めるかのように両親は言った。
緊張しているわけでもなく、この食事は今まで食べたものの中で抜群に美味しいはずなのに、なぜだか美味しいとは思えなかった。
「おはようございます、お嬢様。朝の支度の手伝いに参りました」
「その声はアンナね? おはようございます。入って大丈夫よ」
彼女はメイドを二人引き連れてやってきた。今日の分の洋服は昨日のうちに運び込んでいたらしく、あの大きな箱は持って来ていなかった。
「あなたたちの名前を聞いても良いかしら? 昨日、ドレスを着せてくれた二人であってる?」
「は、はい! 私はレイラです! 新参者ですがよろしくお願いします!」
「でも私の方が新参者だから……レイラ先輩と呼ぶべきかしら? こちらこそよろしくね」
彼女は明るい茶色の髪を緩く三つ編みにしている。身長は三人の中では一番低く、後輩ってイメージの女性だ。
「私はエマ・ルーネイトと申します」
夜のような髪を持つ彼女は、慌ただしいレイラとは違い、優雅にカーテシーを披露した。彼女は家名まで名乗っているからどこかの貴族家出身なのだろう。
ルーネイト……? どこかで聞いたことがあるけど、どこだっけ。転生してからは貴族との関わりはほとんどなかったし、母の家名も違ったはず。となると、転生前――ゲーム知識ということになる。だが、サポートキャラはエミリアだけだし、彼女はゲーム開始にはもう三十路にはなっていてライバルになるのも……。
考えこむのは後にしよう。急に黙っていたら不審に思われるから。
「よろしくお願いします。家名があるということは貴族の方ですよね? 私に色々と教えてくださると助かります」
「貴族と言っても我が家は末端です。礼儀作法等は家庭教師に教わってください」
彼女は「畏れ多い」というように藍色の瞳を伏せた。
「あ!」
「お嬢様?」
「いえ、何でもないわ」
思い出した。ルーネイトは攻略対象の苗字だった。
ウィンデル・ルーネイト。主人公たちが通う学院の教師で、年齢差は十歳。年上枠の攻略対象だ。彼のルートに入ると、彼に弟子入りして共に瞬間移動の魔法を研究することになる。魔法研究において優れた実績を持つ彼だが、爵位が低く様々な困難が待ち受けているため、彼を支えながら魔法について学ぶというルートになっていた。
この人のルートでは好感度の問題ではなく、主に魔法の成績でエンドが決まる。ハッピーとトゥルーは魔法が成功するか否かの違いしかない。その差異は後半を進めるにあたって、もの凄く大きいものなのだが……今は関係ないか。兄が事件を起こさなければ問題はない。
「あなた達って妹か弟はいるのかしら」
「私には妹が二人います!」
「私の下にはいません」
「魔法にしか興味のない弟だけですね」
魔法にしか興味のない弟……ビンゴっぽい。念の為、年齢も聞いておこう。
「その方たちは何歳なの?」
「私の妹は十四と十ですね」
「弟は現在十五歳です」
「十五ということは学院生?」
「ええ。そうなります」
予想は当たっていそうだ。彼の姉を通して繋がりがあるから、もし彼の能力が必要になったら、一応話だけは出来そう、かな。
「お嬢様はどうして私たちの身内を聞かれたんですか?」
「みんなの手際が良いから、家でも妹や弟にやっていたのかと思っていただけよ」
レイラに聞かれたから、考えていた誤魔化しを言う。彼女は怪しむことなく、納得してくれたようだった。
「お綺麗です。お嬢様」
アンナの声で目を開ける。鏡に映る私はエミリアの素材が十分に生かされた清楚で可愛らしい雰囲気になっていた。
「アンナ。今日の予定は何かしら?」
「特にございません」
「つまり自由時間ね」
「そうなります。来週ごろから授業が始まる予定ですので、ゆっくりされるのがよろしいかと」
「ええ。分かったわ。ありがとう。でもまずは朝食よね?」
今日も昨日と同じ場所で食べるらしい。少し憂鬱だ。兄とはきっと会えないし、あの無駄に広い空間に三人で居るのは辛い。人数に合った大きさの部屋にすれば良いのに……。必要もないのに、大きく作って見栄を張るのがお貴族様なんだろうけど。
「着きました。どうぞ」
アンナに開けてもらって食堂に入る。やはり兄の姿はない。
「エミリア、どうしたんだ? 気分が優れないようなら部屋で休んできなさい」
「いいえ、お父様。私は立派な侯爵令嬢になれるのか、不安になっているだけですわ」
兄のことを気に病んでいるなんて言えば兄に迷惑をかけそうだったから本心を隠して笑みを浮かべて答えた。




