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「みなさん、学院生活は楽しんでいますか? 本日はダンスの授業の代わりに紅白祭の準備を行います」
紅白祭は学院三大イベントのうちの一つで、六月の頭に行われる。ニチームに全校生徒を分けて自分が所属する組の勝利を目指すイベントで、前世なら体育祭が近いだろう。こちらは対戦科目がスポーツに限らないという違いはあるが。協力し合い競い合うことで絆を深めるイベントということらしい。
他には学院祭と狩猟祭というイベントがあり、三大イベントに数えられていないながらも歴史のある剣術大会やサマーパーティーなど、毎月のようにイベントが開催されるらしい。
視線を感じて振り向くと、睨みつけてくるメリナと目が合った。潰してあげると彼女の口が動いた。周りも私たちの様子を黙って見つめていた。
チーム分けは家柄と能力のバランスを見て決めるらしい。ということは、私とメリナは高確率で別チームということになる。慣例として、チームで一番爵位の高い人がクラスのリーダーを務めるというのも相まって尚更私たちが注目を集めているのだろう。
「やる気があるのは良いことですが、本番前は仲良くしましょうね。では早速チーム分けを発表します。まずはリーダーから。紅組、メリナ・フォン・ローゼギフト。白組、アメリー・フォン・ノートン」
アメリーの名前が出た瞬間、教室が静まり返った。選ばれたアメリーが一番混乱しているようで、先生と私の顔を交互に見ている。
「エミリア・フォン・ラヴィーネ。あなたは侯爵家の後ろ盾があってなおリーダーに選ばれないのね? 私がアメリーごと叩き潰してあげるわ」
メリナの勝ち誇った声が教室に響いた。数秒後、彼女の絶叫に近い声が響くまで。
「なんでエミリアが紅組なの!」
先生は困ったような顔をしながら説明を続けた。
昼食のあと、人が減ったのを確認してから掲示板に向かう。チーム分けの確認をするためだ。
「エミリアさんも見に来たのか?」
「も、ということはアレルさんも?」
掲示板を眺めていると、視界に手がひらひらと映り込んだ。やったのはアレル。どうやら彼も掲示板を見に来たらしい。
「ああ、俺は紅組だぜ。エミリアさんは?」
「私もです。頑張りましょうね」
「おう。……で、探しているのってやっぱり兄貴?」
「そんなに分かりやすいですか?」
私が兄を恋愛的な意味で好きだと知られてしまえば不利な事があるかもしれない。顔に出ないように注意しようと思ったのだが――。
「ああ、エミリアさんはそこまで友達が多いようには見えないからな」
「……時に、真実は人を傷つけるのですよ」
「わ、悪かったな。そんな怖い顔するなよ」
「覚えておいてくださいね」
私の顔がそんなに怖かったのか、アレルは首を縦に激しく振った。
「へえ、女子一年は紅組がローゼギフト公爵令嬢で、白組がノートン伯爵令嬢なのか。どんな人なんだ?」
掲示板で二人の名前を知ったらしいアレルが私に尋ねてくる。
「メリナさんはリーダーシップのある方です。ノートンさんはチェスが得意だと聞いたことがあります」
「チェスかあ……。俺はやったことがほとんどないな。なら関係ないか」
「そちらはいかがです?」
男子一年紅組のリーダーは、オリバー・レーツェル侯爵令息、白組はグレイ殿下だ。多分メリナと王子の組は分けなければならないが、かといって私と王子を同じ組にするとメリナが怒り狂うから、このチーム分けだったのだろう。
「こっちのリーダーは体を動かすより頭を動かすのが得意なタイプだ。白組の方、殿下はどちらもできるタイプだけどな」
オリバーは攻略対象で、ゲームでは頭の良さは学年トップクラス、効率家で皮肉屋な一面もあるキャラだった。話を聞く限りではゲームと性格が大きく変わるとも思えないから、オリバーはおそらく仕切りたがるだろう。メリナは自分より目立つ人が嫌いだから険悪なムードになるような気がする。
予鈴がなった。不安になる組分けに思いを馳せつつ、私は授業に向かうのだった。
「お兄様、紅白祭はどちらのチームなのですか?」
今日は仕事が早く終わったらしく、兄が一緒に帰ってくれることになった。
「僕は参加しないんだ。生徒会のメンバーは参加できない規則だからね」
「そうだったんですね……。相談したいことがあったのですが」
「相談?」
私は紅組のリーダーをしている二人の相性が良くなさそうだと言うことを話した。
「リーダーが仲良くしなきゃいけないなんてことはないんだよ」
「……どういうことですか?」
「完全に役割分担するように勧めるのはどう? リーダーなんて喧嘩さえしなければ良いんだよ。全体で集まるより種目ごとに集まる機会の方が多いことだし」
「なるほど、やってみます」
兄に恥じないように、私も頑張ろうと誓った。
まずはどんな種目があるのか確認しよう。ゲームではヒロインのステータスによって出る種目が変わり、力が高いとテニス、賢さが高いとチェスだったはずだ。他にも攻略対象が出ていた乗馬、剣術、カルタがあることを知っている。勝ち負けはないけれど、ダンスも踊っていたはずだ。
他にもお茶会なんていうものもあるらしい。ヒロインがお茶会に出ていなかったのは元平民であることが大きそうだ。お茶会に勝敗なんてないと思うけれど、細かい気配りができていたり適した茶菓子を出していたりすると高得点なんだとか。……多分これはメリナが仕切ってくれるのだろう。
一年女子が出ることができるのはテニス、チェス、カルタお茶会だ。どれもやったことはないけれど、ルールだけは今のうちに予習しておこう。もしかしたら前世と大きく違うかもしれないし。……なんで侯爵令嬢なのに家族以外とお茶会をしたことがないのだろうか。
「ではまずは――」
「まずは種目を決めましょう」
「あなた、私の言葉を遮ったわね? まあ寛大な私は一度くらいは」
「まずはチェスの代表者から。自薦でも他薦でも構いません」
「人の話を聞かない人は話を聞いて貰えないわよ?」
翌日、一年の紅組で集まった時のことだ。予想通りというべきか、二人のリーダーの相性は悪く授業開始五分で険悪なムードになっていた。
メリナは青筋を立てながらも、あくまでも冷静に振る舞っていた。わざとなのかと疑うほど、オリバーは彼女の邪魔をしているため、その怒りは当然なのかもしれない。プライドの高い彼女はなおさらだ。
「無駄な話は結構。時間は限られているのですから」
「はあ……。チェスの立候補者は集まりなさい。選抜戦を行います」
「言ったはずですよ、時間は限られているのだと」
「文句は後で言いなさい」
「チェスの試合は長く、授業時間で終わらないことはご存知でしょう?」
「はあ? 文句ばかり言ってないで選別するのか教えなさい」
バチバチと火花を鳴らす彼らを、他の生徒は見守ることしかできない。――身分が低いから。この場で彼らと同程度の――侯爵以上の家柄を持つのは私だけだ。
「先生。質問があります」
手を挙げると自然と視線が私に集まった。口論を始めようとしていた二人もこちらを向く。
「一人が出ることができるのは一種目のみなのでしょうか」
「いいえ、いくつでも出ることは可能です。できるだけ全員が参加できるようにする必要はありますが……」
「二つ目の質問です。選手はいつまでに決めれば良いのでしょうか」
「一週間後には決定してください」
「ではメリナさんの言う通り、まずは立候補者を募るべきです。選抜戦は今日でなくても行えますから」
私がそう言うとオリバーは黙り込んだ。メリナが私に攻撃することもなく、その場は一度収めることができたのだった。




