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「エミリア・フォン・ラヴィーネ。少し良いかしら?」
兄と喫茶店に行った翌日。私はメリナに話しかけられた。
「ちょっと話したいことがあるのだけれど」
「私も同じです。ローゼギフトさんと話がしたいと思っていました」
「……へえ?」
クラス中が私たちの動向を見守っている。メリナは邪魔の入らない場所にしましょうと言って教室から私を連れ出した。
向かったのはカフェテリアの奥の個室だ。会議やお茶会で使われる部屋らしく、しっかり個室になっている。
「座りなさい」
部屋を見回している私にメリナが声をかける。落ち着きのない田舎者だと思われてしまったのかもしれない。
「あなた、男子教室に行ったんですって?」
「ええ。兄に用事がありましたの」
「嘘ね」
そう、嘘だ。なせなら私の目当てはメリナだったから。言い訳をしてみたけれど、彼女には通じない。
「さあ言いなさい。私はグレイ様と婚約を結びたいですと。私の邪魔をしていたと認めなさい!」
「認めません。私には心に決めた方がいます!」
「強情ね……ん?」
「ローゼギフトさん、いえ、親しみを込めてメリナさんと呼ばせていただきます」
私の返答が想像と違ったのか彼女は首を傾げている。彼女の手を掴み、ぐっと顔を近づける。
「メリナさん、あなたは殿下を愛しているんですよね?」
「な、何よ?」
「殿下の前だけ、素直になれないのでしょう? 嫌われることを恐れ、言葉の刃で身を守ってしまうのでしょう?」
メリナは私の手を振り払って、睨みつけてくる。
「エミリア・フォン・ラヴィーネ。あなたに私の何が分かるというのかしら。勝手に分かった気になってぺらぺらと語ってこないで。不愉快だわ」
「分かります。私にも好きな人がいますから」
頭に兄を思い浮かべて、思考がそちらに引きずられかけたが、メリナの言葉で現実に戻ってくる。
「は? いい加減にしなさいよ」
「私は、気持ちに蓋をして、関わらないようにすることで傷つかないようにしていました。それ以上を望まず、ただ一緒に居たいと思っていたのです」
これはゲームの中のエミリアのことでもある。けれどきっと、その記憶がなければ私もそう振舞っていただろう。
メリナは突然語り始めた私を可哀想な人のように見てきた。付き合っていられないと言わんばかりに帰ろうとする彼女を引き留める。
「でも好きなんです。――離れがたいんですよ」
「それで話は終わり? 何が言いたいのか分からない退屈な話ね」
「私が言いたいのはただ一つです。メリナさん、友達になりましょう!」
「……お断りよ!」
差し出した手を叩かれ、彼女は個室から出ていった。こうして、私は友達作りに失敗した。
断られたあとでは付き纏う気にもなれず、私は中庭のベンチに腰掛けてぼーっとした。失敗した理由はいくらでも思い浮かぶ。私の話がつまらなかったとか、的外れだったとか、そもそも好感度が低すぎたとか。……メリナはツンデレだと思ったんだけどな。
「うわっエミリアさん!?」
「……レディに『うわっ』は酷いと思いますよ、アレルさん」
模擬剣を持っているということは自主練のためにここに来たのだろう。
「素振り、ですか?」
「ああ、見るか?」
「ええ、ぜひ」
アレルは聞いてきたにも関わらず、彼は驚いたような顔をしていた。
「令嬢は剣なんて興味ないと思ってたから驚いたんだよ、悪いか」
「私は興味ありますよ。本当はやってみたかったんです」
ゲームでは攻略対象がレオンを抑えている隙にヒロインが魔法でレオンの邪念を消していたけれど、私には攻略対象がいない。一人でもできるように剣術か魔法を練習したかったのだ。
「ははっ。無理だろうな」
「ええ、万が一怪我があってはなりませんから。両親も兄も許してくれないでしょうね」
「そういう俺は親の意見を無視してやってるけどな」
彼はそう言って練習を始めた。良し悪しは詳しく分からないけれど、一本筋が通っているような、美しい剣筋だった。それを眺めていると肩を軽く叩かれる。振り向くと兄がいた。
「お兄様! どうかされましたか?」
「エミリアがいたから声をかけただけだよ。仕事の途中だからすぐ戻らないといけないけど。……エミリアは何をしていたの?」
「アレルさんの練習を眺めながら、ぼうっとしていただけですよ」
「何か悩み事でもあるの? いつでも頼ってね」
兄は私の顔を覗き込みながらそう言ってくれた。
「ありがとうございます、お兄様。ちょっとフラれてしまっただけですから」
「は?」
「ああ、深刻なことではございませんよ? 何度だって口説いてみせますわ。友達になってくれるまで」
「友達……」
私の言い方が紛らわしかったらしく、兄は私に好きな人ができて、その人に告白を断られたのだと勘違いしたようだ。
「紛らわしい言い方でごめんなさい。話していたら落ち込んでいる場合ではないと気が付きましたわ」
兄と仲良くなれたのも、私がしつこく通ったから。そんな私が一回断られたくらいで落ち込んではいられない。
「ありがとう、お兄様! アレルも!」
二人に別れを告げて寮へと向かった。
翌日から、私は一日一メリナを目標に話しかけ続けた。雑談をしようとすると無視されてしまうが、勉強や事務的な話をするときは嫌がりながらもしてくれた。やはり彼女は真面目らしい。
「なんでこんなに話しかけてくるのよ! 空気が読めないわけ? ほんっとに意味が分からない!」
そんなことを一ヶ月ほど続けていたある日、彼女にキレ気味に言われた。こうやって私にきつく当たる時、目撃者のいない場所へ連れて行くところに悪役令嬢らしさを感じてしまう。
「仲良くなりたいからです」
「それが嘘じゃなさそうなのが腹が立つのよ。嫌がらせだって言われた方がマシよ。そんな甘い考えで貴族社会を生き残れるとお思い?」
「私の考えが甘いことは分かっているつもりです。でも、そんなにいけませんか? 学友を作ることが。ここは学院。貴族社会の練習場であり、人脈を広げる場所でしょう?」
私の言葉にメリナは一瞬怯んだような反応を見せた。どうやら言い返されるとは思っていなかったらしい。彼女は扇を握る力をいっそう強くして言い返してきた。
「……空気が読めていないって言ってるの。私があなたを好きじゃないって分からないのかしら。こっちは迷惑しているのよ」
「……だって、空気を読んでしまったらあなたとは話せなくなってしまいますから」
人から拒絶されるって、辛い。昔の兄が私を遠ざけようとしていたのは、私のためでもあったと分かるから辛くはなかったけれど……。こうやって兄の優しさを実感するとは思わなかったな。
「もういい。あなたとは話が通じないわ」
「待って、メリナさん!」
私に背を向ける彼女に話しかけても、決して振り返ってはくれなかった。




