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「待たせてごめん、エミリア。……そちらは?」
「こちらはアレル・シェイラさん。お兄様の教室まで案内していただいたんです」
「アレル・シェイラです! おにいさま!」
「うん?」
「あっ、えっと……すみませんでしたっ!」
アレルは慌ただしく戻って行った。彼のことだ、名前をど忘れして咄嗟に出てきたのがお兄様だったのだろう。お兄様と呼んでいいのは私だけなのに。
「そうだ、エミリアの用事って?」
「お兄様に会いたかった、では駄目でしょうか……?」
男子教室に行く口実作りにしたとは言い難く、二番目の理由を告げた。それを聞いた兄は照れたように笑った。
「そうだ、折角だから喫茶店に寄らない?」
「喫茶店ですか?」
「うん。王都には色々と店があるらしいよ。恋人と行ったって自慢され続けたせいで気になっていたんだ」
つまり、今から行く喫茶店は恋人と行ってもいいような場所――つまりデートでは!?
「どう?」
「行きたいです!」
私は前のめりになってそう答えた。
寮でお忍び様のワンピースに着替え、学院の外で兄と待ち合わせる。兄はシンプルなシャツとズボンだけれど、立っているだけで気品を感じる。
向かうのは大通り沿いにある喫茶店だ。店内は落ち着いた内装で、貴族用の部屋席も用意されていた。予約なしで来てしまったため部屋席が空いておらず、普通の席に行くことになった。
店員は私たちにメニューを二つ渡し、ぺこりとお辞儀をすると厨房の方へと帰っていった。メニューを見てみると、前世の喫茶店と似ていると感じた。
この店で人気なのはケーキセットで、この時期はイチゴを使ったケーキが食べられるらしい。
個人的にはタルトが好きだ。けれど、当店自慢と言われるとショートケーキも食べたくなってしまう。
「決めた?」
「いいえ。ショートケーキとイチゴタルトで迷っていて……」
「それなら、僕のショートケーキを一口あげようか?」
「良いんですか? 申し訳ないので私のタルトも一口渡しますね」
茶葉も選び、兄に注文してもらう。兄も家を出る前は私と同じように屋敷に居たけれど、こういった店にも来ているのか手慣れていた。知らない兄の姿に、なんだか胸がざわついた。
「お兄様……視線を感じるのですが」
ケーキを待つ間、学院でのことを聞いていたけれど、どうしても視線が気になって兄に小声で聞いた。話の内容が気になるのか、私が田舎者感丸出しなのか……。
「やはりエミリアは目立つね」
「どちらかというとお兄様の方が……」
アンナの提案で、私は特徴的な銀髪を目立たせないような髪型にしている。ゲームのモブは地味な髪色をしていたが、それはこの世界でも同じで大多数の髪の毛は地味な色だ。そのため私の銀髪はそのままでは非常に目立ってしまっていた。
一方兄は顔も髪も何も変わっていない。赤毛は珍しくはないけれど、それは落ち着いた色味であればという話。燃えるように赤い髪は流石に目立つ。
「お待たせしました。ケーキセットでございます」
しょうもないことを言い争っているうちに、ショートケーキとイチゴのタルト、紅茶がやってきた。
「約束通り一口あげる」
「ありがとうございます」
「はい、あーん」
「えっ」
とても恥ずかしかったけれど、これ以上ない美味しい状況だったため、差し出されたショートケーキを頬張った。
「美味しい?」
味わえるような状態ではなかったけれど、とりあえず頷いておいた。
色々と味わっていると、兄と目が合った。兄は私に何かを伝えて――あ。交換の約束をしていたんだった。
「お兄様、お好きなだけどうぞ」
「いいよ、一口で」
兄は渡そうとした皿を受け取ってはくれない。私からもあーんするしかないというのか……。
「あ、あーん……?」
フォークを差し出す。兄は軽く軽く体を前のめりにさせ、タルトを口に入れた。
「えっと……美味しいですか?」
体は差し出した体勢でフリーズしているものの、口だけは動かして兄に質問する。兄は私と違っていつも通りの顔で「美味しいよ」と言ったのだった。
兄に支払ってもらい、私は先に店を出た。春先の王都はまだ少しだけ寒く、浮かれた私を冷やしてくれる。
からんころんと喫茶店のドアが開く音がして、そちらを向いた途端、私は誰かに腕を引かれて路地裏に連れ込まれた。
「エミリア、あれから離れなさい」
「お母様? どうしてここに……。それに、生きていたのなら連絡くらいしてください」
二人で暮らしていた時のような服を着ているが、怪我などは特にない。屋敷と王都はそこそこ離れているはず。どうやってここまで来たのだろう。
「私のことはどうでも良いの。それよりあなたよ」
「あれって、もしかしてお兄様のことですか?」
「そう、レオンのことよ。見えたのよ、あれが旦那様を殺したりあなたを監禁したりしているところが!」
「お母様! 何を言っているか分かりません。見えたってどういうことですか!? 私は監禁なんて――」
母は私の口を塞ぎながら、自分の首も絞めるようにきつく押さえ、大通りから見えない位置に私を連れて行った。
「私の、相伝魔法は、未来視」
母は浅く呼吸を繰り返しながら言った。
「強い魔法だけれど、とても不安定で、私の場合は命の危機に発動することが、あるの」
母は深呼吸をして、呼吸を整えたあと続ける。
「あなたがどちらの魔法を受け継いでいるかは分からないけれど、もし未来が見えたのなら戸惑わないで。未来はあなた次第よ。……もう、時間切れね」
母はそう言い残して逃げていった。直後、兄が私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「エミリア!」
「お兄様!」
「僕が目を離した隙に……!」
「お兄様は悪くないです、私の不注意ですから」
「無事で良かった……」
兄の腕に抱かれながら、母の言っていたことについて考えていた。
「今日は疲れてしまいました」
「そうだね、帰ろうか」
はぐれないようにという名目のもと、私たちは繋いで帰路についた。
未来視の魔法なんて本当に存在するのだろうか。勉強をするつもりだったのに、母が言っていたことを考えているせいで全く進まない。
たとえその魔法が存在するとして、母が嘘を吐いていないとしたら兄が父を殺したことになるけれど……。
「あーもう。分かんないよ……」
頭を抱えて気持ちを吐露する。したとして、状況は変わらないが、一旦兄の殺人疑惑は気にしないことにした。
できれば母に会って、教団の動向を聞きたい気持ちはあるけれど……。詳しく聞くにしても母に狙って会えるものではない。
いや、母に会う必要はない。相伝魔法ということは、祖父母はその魔法を持っているということになる。話を聞くことによって兄の疑惑が晴れるかもしれないし、教団の対策にも有効かもしれない。
母の実家は王都近くに小さな土地を持つフーウェル子爵家だったはず。
地図を広げて祖父母が住んでいる場所を確認する。屋敷があるのは子爵領の中でも王都に近く、馬車で一日もかからず行ける距離だ。
長期休暇以外で王都の外に出るためには特別な申請が必要となる。急に祖父母に会いに行くなんて言ったら不審に思われるだろうか。ならば決行は申請が不要な夏季休暇だ。だから、今すべきことはメリナのことだ。考えをまとめたら頭がすっきりして、今日はよく寝れそうだ。




