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学院に通い始めて一週間。私は未だに友達ができないでいた。兄に毎日会えるし、寮にはアンナもいるから寂しくない。けれど、社交の練習場所でもある学院での孤立は非常によろしくない。視線を感じてそちらを見ると、メリナがクスッと笑った。初日も気がついていなかっただけで、彼女のせいで仲間外れにされていたのかもしれない。とはいえ、彼女に取り入ってぼっちを回避するというのは性に合わない。解決の糸口を探すために観察することにした。
メリナ・フォン・ローゼギフト。"君に贈る○○"の前半パートにおいて、あの手この手でヒロインを貶めようとする悪役令嬢の名前だ。彼女の心がゲームで語られることはなかったが、この前の発言から察するに聖女として転入して目立ってしまったヒロインを妬んだことが嫌がらせの理由だ。個別ルートに入る前に王子とのイベントはそこそこあることも、怒りを買う理由の一つだろう。王子ルートは言わずもがな。
そんな彼女だが退場は呆気ない。ヒロインへの嫌がらせに魔法を使っていたことが公爵にばれてしまい、殺されてしまうのだ。前半パートの終わり際には嫌がらせをしていたことを他の生徒にも知られて婚約にも不利になっており、公爵としては邪魔でしかなかったのだろう。悪い人ではあるけれど、殺すのはやり過ぎだと思ったのを覚えている。
観察のためにいつもより一時間ほど早く教室に行く。暇つぶしの本を読み進めていると、後ろのドアが静かに開いた。
扉が閉まる音がしないため、不思議に思い振り向いてみると青い顔をした令嬢が私を見つめていた。
「……フィッタさん?」
この一週間で覚えた名前で呼びかけてみたけれど、間違っていたのか、メリナの指示通り私を無視したのか、逃げられてしまった。
それから二十分ほど経つと教室に人が増えてきた。メリナの登校は遅くも早くもなく真ん中くらいの時間だ。今日は三人の取り巻きを連れて談笑している。流行りの菓子とかドレスの意匠だとかを話している。悪巧みではないらしい。
高飛車なイメージがある彼女は意外にも真面目で、ノートをきちんと取っていて、ダンスの授業では見本になれるくらいの踊りを披露していた。昼には大勢に囲まれて食事をしていて、私を敵視するほど目立っていないとは思えないが……。
今日半日メリナを観察していたが収穫はなくて残念だ。メリナについて考えながら食べていると早く食べ終わってしまった。何も食べずに席に座っていると不審がられてしまうため席を立つ。
カフェテリアの外にいた人影を私は見逃さなかった。兄と女子生徒が外で話しているようで、二人分の影が見えた。
相手が兄が婚約を結びたがっていた元凶かもしれないと思い、悪いとは思いつつ話を盗み聞く。どうやら、兄を女子生徒が足止めしている形らしい。迷惑しているようなら仲裁に入ろうと思い、私は二人の前に姿を現した。
「お兄様に、フィッタさん?」
意外な同級生の姿に私は驚いてしまい、思っていたより大きな声が出てしまった。彼女が兄の熱烈なファンには思えなかったが……。
「ひっ……」
話を聞く前に彼女は汗をだらだらと流しながら走り去ってしまった。その姿を眺めつつ、何があったのか聞く。
「エミリアに近づかない方が良いと言われたよ」
「お兄様……」
「他家の令嬢にそんなこと言われる筋合いはないのにね?」
不安に思っていたのが分かったのか、兄は軽い口調で否定してくれた。
「ところで、彼女とは何か問題でもあったのかな。それが心配なんだ」
「問題というほどではないのですが、見ての通り怖がられてしまって……」
「侯爵家だからというのも考えられるけど」
「……そういったものではなさそうです。お兄様を怖がってはいませんし」
心配させないように、メリナのせいかもしれないということは伏せて伝える。
「他に困ったことはないかな?」
「ええ」
「もし、困ったことがあったらいつでも頼って」
「ありがとうございます。でも、生徒会長の権限を私利私欲のために使うのはいけませんよ? 職権乱用は禁止です!」
「大丈夫。僕はやらないよ」
念のため釘を刺しておく。そこから生徒会の仕事の話になり、気がつくと午後の授業開始の時間が迫っていた。
「エミリア、また放課後に」
名残惜しさを感じつつも、兄と別れ次の授業の教室へ向かった。
午後の授業も問題なく終わり、放課後がやってきた。メリナは優雅さを崩さないギリギリの速度で教室から立ち去る。私も慌てて追いかけると、目的地は男子教室だった。
この学院では教室は男女で分かれており、棟が離れていることもあって昼休みや放課後のように纏まった時間がないと異性に会いに行くのが難しいのだ。
彼女の目的は勿論グレイ殿下。口元を綻ばせて殿下のもとへ行ったメリナだが、話しているうちに空気が重くなっている。二人の関係はどうも良くないらしい。メリナは王子妃にしか興味がなくて、二人の仲が冷え切っていると考える人もいるかもしれないが、私はピンときた。メリナはツンデレだ。つまり――。
「そこの子! 探し物なら手伝うぜ」
二人の様子を見ていたら不自然だったのか話しかけられてしまった。誤魔化すために「兄に会いに来た」と嘘を言い、三年生の教室まで案内してもらうことになった。
「俺はアレル。アレル・シェイラだ。アレルで良いぜ」
「私はエミリア・フォン・ラヴィーネです。案内、ありがとうございます」
「助け合いが大事だからな!」
このアレル・シェイラも攻略対象の一人だ。伯爵家三男で、騎士を志望する熱血系イケメンだ。そんな彼の相伝魔法は戦闘系かと思うだろうが、意外にも回復魔法だ。回復魔法を継承している家は少なくなく、シェイラ伯爵家以外にも多い。
「エミリアさんは兄と仲が良いのか? ……良いんですか?」
回復魔法を相伝魔法とする家は聖職者の家系であることが多く、シェイラ伯爵家も例外ではない。ストーリー中、家族に騎士になることを反対されているとヒロインに相談していたことを思い出す。
「そのままの口調で良いですよ」
「助かる。それで……」
「ええ。兄と仲は良いですよ。入学式の時は兄に付き添って貰いました」
「へー。どんな人?」
兄について語りすぎても良くないだろう。見た目と優秀であることを伝えるだけにとどめる。
「赤髪の……じゃああんな感じ?」
「ええ。あれが兄です」
「そうか……。え、生徒会長と兄妹!? 似てねえ!?」
おそらく思っていても誰も言えなかったであろうそれを何の遠慮もなく聞く彼を見て笑ってしまった。
「母親が違いますからね」
「……あ、悪い」
「気にしてません。単なる事実です。それと、生徒会長の家名くらい覚えたらどうですか」
「……まだ一週間くらいしか経ってないだろ! これから覚えるんだ!」
兄は生徒会の仕事があるようで、しばらくは忙しそうだ。兄を待つ間、アレルとの会話を楽しんだ。彼は伯爵家で不良扱いされることもあって面白いエピソードをいくつか聞けたため、全く退屈しなかった。




