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入学式は家族同伴で行われる。新入生とその家族は礼服を着用するしきたりで、兄の時は父が一緒に参加していたはずだ。私は兄に付き添ってもらうものの、兄は生徒会長としての仕事もあるため学院で合流することになっている。
礼服は豪華すぎたり色が被ってしまうと上の地位の方々への敬意が足りないと言われ、質素すぎても貧乏だと思われる。侯爵家として恥じないようなドレスと振る舞いが必要とされるため、とても荷が重かった。幸いにも、私より家格が高い同級生は第二王子とカラーが分かりやすいメリナだから服装の問題はない。目立ちすぎにだけ気を付ければいい。
私のドレスは父が一年ほど前から用意してくれていたもので、ラヴィーネのイメージカラーである白を基調とし、青系統を指し色にしている。エミリアのためだけに作られた一点ものであり、私にとても似合っている。自分以上の美少女はいないのではないかと鏡の前で思ってしまうほどだ。
しかし、可愛さには代償がある。下半身にいつもよりボリュームがあって気を付けないと周囲のものをなぎ倒してしまいそうだ。入学式の会場は広いから問題はないと思うけれど、動き慣れていないから少し不安だ。兄が合流できるのは学院についてからというのも私の不安に拍車をかける。
「お嬢様、不安になることはありません。自信をお持ちください」
アンナに発破をかけてもらった私は意気揚々と会場に向かった。
会場に入ると人だかりができていた。中心にいるのは真っ赤な少女――メリナだ。挨拶はした方が良いのは分かっているけれど、あの人混みの中に割って入るのは難しい。
同級生たちが集まっているのかと思いきや、大人たちも人混みの中にいた。彼らの目的は公爵家とのコネなのだろう。
「こんにちは、エミリア嬢」
そんなことを考えながら壁際に立っていると話しかけられた。聞いていて安心するような声は記憶にある。
「ご機嫌よう、殿下」
私に声をかけたのは攻略対象の一人の第二王子、グレイ・クロイツ・アースヴェルク。ゲームにおいてはメインの攻略対象で、性格は良く能力も高い。金髪碧眼の彼の服装は白がメインで金色の刺繍はどれも素晴らしい。
「学院に入るまで領地から出ないラヴィーネ家の令嬢に名前を覚えてもらっているなんて幸運だ」
彼は私の右手を持ち上げ、唇が触れるくらいまで近づける。
「殿下!」
その様子を見ていたのか、メリナが囲んでいた人々を押しのけてこちらにやってくる。殿下は私の手を離し、メリナの方を向いた。
「お久しぶりです、グレイ様! ご入学、おめでとうございます!」
「久しぶりだね、メリナ。君こそ入学おめでとう」
二人は以前から親交があるようだ。この場面だけを見ていると悪役令嬢のようには見えない。
二人から離れて様子を伺っていると、メリナから睨まれた。射殺せそうな鋭い目つきでとても怖い。やはり悪役令嬢だったか……。
入学式は生徒会長と学院長からの祝いの言葉を受け取った後は立食パーティー形式で新入生同士、その家族同士の親交を深めることになっている。
兄の姿をしっかりと目に焼き付けられたのは良かったが、気がつくと私は孤立していた。まさしくぼっちになったいた。理由は簡単、私が領地の外に出たことがなかったから。部屋も一人部屋だから新しく友達ができることはなく――って、私は今世に友達がいないのでは!?
恐ろしい事実に気がつき、顔色が悪くなっていたのだろう、スピーチを終えた兄が焦った顔でこちらに向かってきた。
「エミリア」
「大丈夫です、お兄様。人の多さに慣れないだけですから」
兄は私の汗をハンカチで拭い、手を繋いでくれた。子供に対する扱いのようだが、安心させようとしてくれた事実だけでも嬉しい。
「お兄さ――」
「生徒会長!」
兄はスピーチの時から着替えずにそのままやってきたため制服でとても目立っていた。
兄は母に似たらしく、私とは全く似てない。メリナと兄は従兄妹なのだが、二人の方が兄妹らしく見えるほどだ。そのため、生徒会長が新入生に声をかけているだけに見えたのだろう。
いつの間にか、兄包囲網が完成していた。生徒会長はかなり人気なようで次々と兄に話が振られる。兄は私を連れて抜け出そうとしているものの、慕ってくれる下級生は無碍に扱いにくいようで、抜け出せずにいた。
こうして私の入学式は終わったのだった。
「はあ……」
初日の授業が終わった時、赤の留め具を弄りながらため息を吐いていた。授業が難しかったからではない、教室内で孤立してしまっていたからだ。話しかけようとすると理由をつけて断られ、私の周りには誰も近づこうとしない。
これは入学式の日に同級生と話せなかったせいだ。親しみにくい人間だと思われていて距離が置かれているに違いない。
エミリアは美少女であるが、クール系で親しみやすいとは言い難い。ゲームでも「友達は少なかったから、あなたと仲良くなれて嬉しい」とヒロインに言ってたっけ。
兄に対しては自分からいけるのに、他の人には話しかけられない……! うまく声が出せるかどうか、気持ち悪がられないかと心配事で頭がいっぱいになってしまう。
「――、――ちょっと! 聞いているの? 私が話しかけているのよ、エミリア・フォン・ラヴィーネ!」
呼びかけに気がついて慌てて顔を上げるとそこにはメリナがいた。呼びかけに気が付かなかったせいか、彼女は私をきつく睨みつけている。
「ご、ごめんなさい。ローゼギフトさん」
「何よその目。私が悪者だって言いたいの?」
「いえ、そんなつもりは……」
やっと話しかけてくれた嬉しさで、目が潤んでいるのを勘違いさせてしまったらしい。
「ついてきなさい」
私はメリナに手首を掴まれ、教室から連れ出された。
「ねえ、どういうつもり?」
校舎裏につくと、メリナは扇で私の顎を持ち上げながらそう聞いた。どう答えるべきか分からず、黙り込んでいると、彼女はより扇に力を込めた。
「聞き方を変えるわ、私より目立って、どうするつもりなの?」
「目立つ……?」
今日、教室の中心にはメリナが居たというのに何を言っているのだろう。
「とぼけないで! 私が言っているのは入学式の――」
「そこで何をしているのかな」
メリナが何かを言いかけた所で、兄がそれを止めるように声をかけた。彼女は険しい顔をしつつ、私の顎を持ち上げていた扇をしまった。
「私のグレイ様に手を出すのをやめなさい」
彼女はそう言い捨てると足早に立ち去った。
「エミリア……。殿下に手、出したの?」
メリナが完全に見えなくなってから、兄はぽつりと言った。
「ご、誤解です! わ、私は! お兄様だけです! あっ、いや、お兄様にも手は出しませんが!」
「そう?」
上機嫌に笑う兄は私の反応を面白がっているのだろう。涙目になりつつ睨みつけている私の頭を優しく撫でる。
「なら、手を出されたの?」
「ふ、不敬罪!」
ワントーン低い声で聞いてくる彼に思わずそう突っ込む。多分、メリナが言っていたのは入学式の日のことだから、手に触れられただけでキスはしていないと話す。
「僕のエミリアに手を出した王子の話は置いておいて、メリナ嬢とは何があったの?」
「呼び出されただけです。何も問題はないですよ?」
"僕の"という言葉にドキドキしつつも庇うようにそう言った。悪役令嬢のメリナだけれど、ゲームじゃない彼女のことも知ってみたかったからだ。目立つことに拘っていることはゲームでも語られていなかった。一年後に来るであろうヒロインのためにもそのコンプレックスを解消させることができたら……。
「何もないならよかったよ。エミリアが教室から連れ出されているのが見えて心配で……」
「心配性ですね、お兄様ったら」
兄は今日分の生徒会の仕事を終わらせてから来たようで、そのまま寮まで送ってくれた。
「また明日」
そう言って兄は私の手の甲にキスを落とした。私はドキドキしてしまって頷きを返すことくらいしかできなかった。




