すのーごーれむ
寒さを感じ、天気を確認しようとカーテンを開けると森が真っ白になっていた。窓を開けてみると肌を突き刺すような冷気を感じる。寝るための服で、薄着だったのが良くなかったかな。
母と暮らしていた王都でも雪が降ることはあったけれど、ここまで積もっているのを見たのは前世も含めて初めてだ。まだ十二月の初めだというのに。
「お嬢様、お体が冷えてしまいます」
アンナはそう言いながら、私を窓から引き離して窓を閉める。
「アンナ! 見た? 雪が積もってるわ!」
「ええ、積もっていますね。もう、こんな時期ですか」
「お勉強が終わったら外に出ても良いかしら? こんな雪を見たのは初めてなの!」
「侯爵様にご相談しましょうか」
「ええ! そうするわ!」
初めてのラヴィーネの冬にテンションが上がった私は、支度を終えると階段を駆け下り食堂へ向かうのだった。
「わあ、本当に真っ白だ……」
コートに帽子にマフラーに手袋。もっこもこの重装備になった私は屋敷の庭園だった場所で雪景色に圧倒されていた。
「ねえアンナ、ラヴィーネ領に住んでいる人はどんな雪遊びをするのかしら?」
「雪遊び、ですか……」
アンナは悩んだ後、「雪で遊んだことはありませんでした」と少し申し訳なさそうに言った。
「雪かきの手伝いがあるので、遊ぶというよりは仕事をしていました。ですが、集めた雪をくり抜いて家を作って遊んでいる子もいましたよ」
「はいはーい! 私の出身地では毎年雪合せ――」
雪合戦と言おうとしたレイラの口がアンナによって塞がれる。多分、私がやりたがると困るからだろう。
「エマは?」
「私も雪遊びはしませんでした。室内で暇をつぶすには読書が一番です」
研究家になるウィンデル・ルーネイトの姉らしい暇のつぶし方だ。
「ねえレイラ。私、雪だるまを作りたい!」
「良いですね、雪だるま! 大きいものを作りましょう!」
乗り気になってくれそうなレイラを抱え込み、雪遊びを許可してもらう。アンナは屋敷の敷地外に出ないことと体調が悪くなったらすぐに知らせること、近くで誰かが見守っていることを条件に許可をくれた。
エマは屋敷に戻り、レイラは私と一緒に雪を丸め、アンナは少し離れた場所で見守ってくれる。よく遊んでいたというレイラにコツを教わりながら雪玉を大きくしていく。
「折角なら競争しましょう! どっちが大きな雪玉を作れるか!」
「でもレイラ、大きすぎると体の雪玉に頭が乗せられないわ」
「そうですよね……。では協力して作りましょう!」
レイラは雪にはしゃぐ私と目線を合わせるようにして遊んでくれた。元成人女性がこうやって雪ではしゃぐのは少し恥ずかしかったけれど、年齢相応に遊べたのはレイラのおかげだ。
「「できたー!」」
それから一時間ほど作り続け、ついに雪だるまが完成した。それは父の身長よりも大きく、なかなかに迫力があった。顔を作ったのは私なのだが、なかなか上手くできている。
「これは後で侯爵様たちにお見せしましょう!」
「ええ、そうね」
私よりもはしゃいでいそうなレイラに満面の笑みで言われて頷いてしまう。
「でも……子供っぽいと思われないかしら?」
「良いじゃないですか、エミリア様はまだ子供ですから」
ズバッと言い切られて微妙な気持ちになっていると、レイラの耳がアンナに引っ張られた。アンナに耳打ちされたレイラは私に謝ってくれた。大人ぶりたい子供だと思われたんだろうな……。
「お嬢様、お体は冷えていませんか?」
アンナは私に屋敷に戻るように促した。空を見上げると太陽が高い位置にいた。もうすぐお昼らしい。
「そうね、一度戻りましょうか」
屋敷に入る時に、もう一度振り返って作った雪だるまを見る。……ここだと、兄の部屋からは見えないな。次があれば兄にも見えるような位置で作ってこの楽しさを共有できたらいいな。
「お嬢様、またお外へ?」
「ええ、もっと良いものを作ろうと思って!」
今の私なら雪像も作れるはず……。綺麗な雪だるまを作ることができたからか、私は自信に満ち溢れていた。
今度は兄に見せることも考慮して、兄の部屋から見下ろせる位置で作業を始める。
レイラに手伝って貰いながら雪像を作っていく。イメージはSFに出てくるような巨大ロボ――だったけれどそこまでの造形スキルはなく、大きくてゴツい人型のものになった。
「エミリア様、名前はどうしましょうか?」
「――スノーゴーレムにしましょう!」
「良いですね! なんだか素敵な響きです!」
名前をつけるとなぜだか愛着が湧いてきた。そして、達成感を感じる間もなく疲れを感じた。夢中になってずっと作り続けたからその疲れが今になって出てきたのだろう。作り終わったし、しばらくは休憩しようかな。
「レイラ。せっかく作ったからここに居たいのだけれど、温かいものが飲みたいわ。頼める?」
「分かりました。伝えてきます」
私はスノーゴーレムくんに寄りかかりレイラの帰りを待った。……力作だから兄にも見てほしい。
「ん?」
浮遊感に気がつき、下を見ると――私の足は浮いていた。
「エミリア様! 良かった、目覚められたのですね!」
レイラが心配そうに私を見ている。私はどうして寝ていたのだろう。……頭が痛い。
「私は一体何を……?」
「ここはエミリア様の部屋です。エミリア様は外で倒れていたんですよ」
そうだ、思い出した。私は雪遊びをしていて、多分動き出したスノーゴーレムくんに驚いて気を失ってしまったのだろう。
「スノーゴーレムくんは……?」
「残念ながら」
彼はレイラが駆けつけた頃には崩れてしまっていたらしい。残念ではあるけれど仕方がない。
「良いわ、また作ればいいもの」
「そのことですが、エミリア様は雪像作り禁止令が出ております」
「禁止令?」
「はい。夢中になって体調管理が疎かになる可能性があるからだそうです」
「……さようなら。スノーゴーレムくん……」
こうして私の冬が始まった瞬間に楽しみが奪われてしまったのだった。
ふと、視線を感じてカーテンを開けるとそこにはエミリアがいた。何かに――雪で作った像に乗っていて、二階くらいの高さにいた。エミリアは僕を見つけるとニコニコと手を振ってきた。
明らかにおかしい。あの像が自立できるとは思えないし、見間違いでなければエミリアはその像に持ち上げられている。
それが冷気を操る魔法によるものだと気がつくのに時間は必要なかった。
羨ましい、そう思った。素直に慕ってくれている義妹に嫉妬を抱くなんて、義兄として相応しくないのに。
「あっ」
雪の像の上でエミリアが急に気を失い、それに伴って雪の像も崩れ落ちた。雪があるから致命傷になることはないはずだが、寒さで風邪をひいてしまうかもしれない。
伝えに行くべきか迷っていると、メイドがやってきて、エミリアを抱いて玄関に走っていった。
「……良かった」
無事で良かったはずなのに、どうしてだか煮え切らないような気持ちになっている。
その気持ちがエミリアを助けるのは僕でありたいという小さな独占欲に依るものだと気がついたのはだいぶ先になってからだった。




