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【連載版】ラスボス義兄に一目惚れしました  作者: 岩越透香
幕間①

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10/13

義妹

 僕は父の子供ではない。そう気が付いたのはいつだっただろう。特別な処理をすることで長男はその家の魔法を確実に継ぐようにすると知ったときだろうか。父が明らかに拒絶するようになったときだろうか。それとも、死にゆく母に「この家を私たちのものに」と呪詛のように言われたときだろうか。


 母が急死してからは父に認められようと努力した。嫌われていることはずっと分かっていた。それでも、僕は父のことは好きだったから。優秀な息子になれば、きっと振り向いてくれると思っていた。


「今日はこの範囲を学んだんです。それで……」

同じ家に住んでいても僕と父の関わりは少ない。だからある日はすれ違いざまに、ある日は人づてに僕の努力を伝えてみた。しかし、父から返事が来ることは一度としてなかった。


 僕は次第に引きこもるようになっていった。否定されるのは怖いのに、希望は捨てられず勉強だけはずっとずっと続けていた。そんな日々にある日変化が起こった。部屋に黒いローブを着た男が現れたのだ。


「レオン様、お辛いことがあったのなら、私にお話しください」

初めは幻を見ているのだと思った。自分の相伝魔法であれば可能だということは知っていたし、僕に話しかける人は屋敷にはほとんどいなかったからだ。


 突然目の前に現れた男は僕を救うために来たのだと言った。その真偽は分からない。それが真実だとして、侯爵家の屋敷に不法侵入していることには変わりないからその男は犯罪者だった。しかし、知っていても、僕はその手を取った。――取るしかなかった。それが、初めて僕に差し出された手だったから。


 名前がないと不便だというのに、教えてはもらえなかったため、便宜上その男を黒と呼ぶことにした。真っ黒なローブを身につけているからという安直な理由だ。


 黒は時々部屋に来ては話し相手になってくれたり勉強を教えてくれたり、彼が属している教団について教えたりしてくれた。教団が信仰している神はこの国ではマイナーで、存在が認められていないらしい。もし僕が侯爵になったらその神様の信仰を認めるように働きかけても良いのではないか。そう思う程度には彼らに心を許していた。



 母が死んで一年が経った頃、父は後妻とその後妻との子供を連れてきた。


 その娘――エミリアに初めて会った時に僕は安堵した。爵位を継げるのは基本的に男性のみで、彼女が僕の次期侯爵という地位を脅かす存在ではなかったからだ。


 彼女はそんな僕の心を見透かしていたのか、じっと僕を見つめていた。なんとなく怖くなってしまい、僕はすぐに自室に引きこもった。


「レオン様、今日は顔合わせでは?」

部屋に戻ると黒がいた。何処からともなく話を聞きつけて部屋に来てくれたらしい。


「知ってたんだ? ……安心して。妹だったから」

「身籠りにくくなる精油を使わせるよう手配しておきましょう」

「……お願い」

生まれるだろう命を殺していることに心が痛まないと言われたら嘘になる。しかし手段なんて選んでいられない。僕は父を見返さなければならないのだから。



 黒と話していると部屋の扉がノックされた。不思議に思いつつも黒に帰ってもらい、様子を見る。食事なら部屋の前に置かれるから違うはず……。


「いらっしゃいますか? お兄様」

声の主はエミリアだ。彼女はどうしてだか僕に会いたがっているらしい。嫌な思いをするだけなら会いたくはない。何も答えないでいると、外から開けようとしているのかガチャガチャと音が聞こえる。合鍵なんてすぐ手に入る場所にない。しばらく待てば諦めるだろうと考えていたが、エミリアは思った以上に強引だった。


「そこに居るんでしょう? 開けてくれないとお父様に言いつけます」

中にいるのは知られているようだし、父を引き合いに出されては鍵を開けるしかなくなってしまう。鍵を開けた瞬間に扉が開き、すぐ目の前にエミリアの顔があった。彼女は一歩後ずさった僕を気にも留めず、たどたどしいカーテシーをした。


「エミリアと申します。父からも紹介がありましたが、私からも挨拶をしたくて。お兄様とお呼びしてもよろしいでしょうか」

「はい、エミリア様……」

彼女の性格が分からないため、ひとまず丁寧な対応をする。しかし、この対応は間違えていたようで、彼女は不機嫌そうに少し顔を歪めた。


「お兄様、私に様は要りませんし、敬語でなくて結構です。今日から家族になるのですから。どうぞエミリアとお呼びください」

彼女は僕に対して負の感情は抱いていないらしい。仲良くなった後に傷つけられるより仲良くならない方がいい。僕は彼女に自らの立場を教えてあげた。


「じゃあ、私が敬語をやめるから、お兄様も敬語をやめて」

しかしそれは逆効果で、より距離を詰められる結果になった。何が彼女を駆り立てるのだろうか。僕に敬語を止めさせ、お兄様呼びを強行した挙句、名残惜しさを微塵も感じさせずに去っていった。嵐のような人であり、不思議な人でもあると思った。人にはため口を強要しといて自身は敬語のままで妙に距離を感じる。僕と距離を取りたいのならここに来る必要はない。僕の心を乱して遊んでいるだけだと言われた方がしっくりくる。


「分からない……」

考えても無駄だと思い、ベッドに横になり目を閉じた。



 エミリアの初来訪から二日後、彼女はまたやってきた。あまりにしつこいノックに、諦めて扉を開けると満面の笑みを浮かべたエミリアが本を抱えて立っていた。


「お兄様、勉強を教えてくださらない?」

彼女は手書きのメモを押し付けながら聞いてきた。父に聞くように勧めて逃げようとするが、その前に部屋に押し入られてしまう。


 何故か僕の部屋を見て感動しているエミリアを横目に、渡されたメモを読む。ラヴィ―ネ領の地理についての質問が簡潔にまとめられていた。このくらいなら勉強済みの範囲だ。分かる範囲で図表を交えつつ説明をする。


 ……エミリアは勉強好きなのか。心音が早くなった。令嬢だって学ぶ必要があるが、もし、彼女も侯爵になりたいのだとしたら、きっと父はエミリアを――。


「これで分かった、かな?」

「ええ、もちろん! とっても分かりやすくて、楽しく学べましたわ!」

彼女は本心からそう言っているように見える。これほど真っすぐな思いを受けたことはなかった。


「良かった。僕はこれくらいしかできないけど、いつでも、いつでも聞きに来て」

気がつくとそう答えていた。エミリアが勉強できない方が良いのに、面倒なだけなのに。


「これくらい? そんなことありません! お兄様は自分の価値を卑下し過ぎです! もっと自信を持ってください! 誰にでもできることではありませんから!」

彼女は僕の手を握り、前のめりになって言う。それがなんだかむず痒くて照れくさかった。


「ありがとうございました。また、会いに来ます」

時計を見て、彼女は名残惜しそうに言って慌ただしく出て行った。


「また、会いに来る、か……」

そう呟きながら自分の口元を触ると、わずかに口角が上がっていることに気が付いた。



 それから家庭教師が来るまでは毎日、来てからも高い頻度でエミリアは僕の元へやってきた。彼女は勉強だけでなく、ダンスの練習にさえも付き合わせた。体を動かすことはあまりやっていない僕を案じて連れ出したのかと思ったが、悔しそうな顔をしているため、違うようにも思える。


 半年ほど経っても、エミリアについては分からないことが多い。喜怒哀楽が分かりやすいのに、時々不思議な表情をする。まるで、何かに怯えているようだ。


 気がつけば、僕は彼女をずっと見ていた。この感情は――。


「レオン様、いかがしましたか?」

エミリアについて考えていたせいで全く進んでいないノートを黒が僕の肩越しに覗き込んでいた。恋煩いという単語が思い浮かんでは頭から消す。


「来ていたのか、黒」

「最近、あの娘に絡まれているおかげでなかなか会えません」

久しぶりに来た黒は肩をすくめてそう言った。


「あ、消します?」

黒は少し低い声で僕に聞いてきたため、慌てて首を振った。時々思ってはいたが、黒は物騒すぎる。


「支障は出ていませんか? 最近会えていませんがお困りごとは?」

「……問題ない」

「それは良かった。教団は貴方様の味方ですよ。ご安心ください」

黒はそう言い残し、部屋から出ていった。

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