「かわいそうね、あなた」
「かわいそうね、あなた」
彼女は冷たくそういった。
「かわいそうなあなたに優しくすることで満たされる男に引っかかったのね。
あなたは、自分で、立ち上がれると思ったのに」
彼女は視線を合わせることはない。
元婚約者が、嫌味を言いに来たのだと思った。愛された私が、羨ましいのだろうと。
「かわいそうではないあなたに、彼は優しくしてくれるかしら?」
その一言が、小さな棘のように、ずっと残っていた。
私はただの平民の娘だったが、異様な魔力を持つということで貴族に引き取られた。魔導を専門とする家門で、私のように引き取られた子が大勢いた。平民では異様な魔力もここでは平凡過ぎた。ちやほやされたかったわけではないが、あまりにもほっとかれすぎて唖然とした。
望まれてここにいるはずなのに、身の置き場がない。
その時に出会ったのが彼だった。
優しく、君はすごいことができるのだと言われて、すぐにその気になった私は、本当に予想外にすごい魔導師になった。
彼に褒められたくて、というのは可愛らしい理由。そして、世間知らずだった。
頭角を現した私は、当たり前のように彼のそばにいた。彼に婚約者がいたことは後々知ったが、その時にはもう離れることなど考えもつかなくなっていた。
私が、彼の理解者なのだからと。
貴族の社会は平民出身の娘が側にいることを良しとしなかった。愛人ならば良しとするが、婚姻は許さない。婚約破棄などもってのほかだと。
だから、私は、もっと有用で、使い道があるということを示せばいいと思った。
それこそが、間違いだったということも気がつかずに。
魔導師ではなく、魔女と恐ろし気に呼ばれることは気にしたことがなかった。それで糾弾され、悪女だと言われてもなお。
彼のそばにいれればよかったのだ。
彼は私だけを好きだと言い、婚約破棄し、君を婚約者にすると言ってくれた。それはとても、幸せで、破滅への一歩だった。
最初は、良かった。お互いだけがいればそれで幸せに思えた。
しかし、次第に彼は家に帰らなくなり、他の誰かがいることを知った。夫を亡くした子持ちの女性だという。
そんな関係じゃないんだ、彼女には僕が必要なんだ。そういう言い訳を聞くたびに、微笑んだ。子供がかわいくてねと言われれば、私たちもと願った。
そうしていれば、まだ、続くのだと。壊れかけているどころか、最初からなかったものを見ないふりをして。
しかし、それはある日、覆った。
彼女の夫を殺したのは私だと言われたのだ。身に覚えがなかった。しかし、していないとも言えない。もしかしたら、本当に忘れてしまっているのかもしれないから。
だって、不要なものは、始末しろと言われて多くの死を振りまいたのだから。
ほかならぬ彼から願われて。
それなのに今さら糾弾するなんて。
ああ、もう、おしまいだと思った。
いまさらながら、いつかの彼女を思い出す。
かわいそうね、あなた。
あれは哀れみだったのだ。
いま、かわいそうなのは、夫を失った彼女で、私はもう、かわいそうな平民の女の子ではない。
だから、言ったのだ。
「あなたが殺せと言ったのよ?」
許しを請う私が見たかったのでしょう?
あなただけはという私が。
「ねぇ、夫を殺した男を愛したの? 愚かね」
私は小さく笑う。
「あなたなら、一人でもやっていけたでしょうに。子供のためならば、一人でも。夫の記憶を支えに出来たでしょうに」
こんな男に引っかかって、本当に。
「かわいそうね、あなた」