第三十九話 滑稽ですわね
――――放課後・夕方
一通りの授業を終えて、私物や辞書などの重い荷物を収めたロッカーヘ向かい、そこへ寄宿舎では使わない予定の教科書を放り込む。
そのロッカーには赤いペンキで出て行けと書かれてあった。
朝の机の一件のあと、誰にも気づかれぬようにブランシュへ詰め寄ったのだが、これがその結果。
(まだまだぬるいな。まぁ、『ば~か』よりかはインパクトあるが。ってか、いつ書いたんだ? ペンキが乾いてなくてシンナー臭がするってことは、終業時間になってすぐか。そういや、取り巻きたちが駆け足で教室から出て行ったが……)
この落書きを見て他の生徒たちが騒めく中、俺はそれらに混じっているだろう取り巻きたちを探す。
(え~っと……お、いた)
彼女たちは赤いペンキを頬につけてニヤついている。もはや、ギャグだ。
(はぁ、早く何とかしないと……)
ロッカーに荷物を置いて落書きはそのままして寄宿舎へ向かう。
その途中の小道でルーレンと出くわした。
彼女の周りには、他家のメイドの少女たちが数名。
ルーレンはゴミが入った大きくて重そうなバケツを持って歩いているが、周りのメイドたちは手ぶらで談笑している。
構図からして、ドワーフであるルーレンに嫌な仕事を押し付けている様子。
俺はルーレンへ声をかけた。
「ルーレン」
「あ、シオンお嬢様」
ルーレンは不浄なゴミを自分の背後へ隠す。ちっちゃいので丸見えだが……。
他家のメイドたちも俺に畏まった様子を見せた。
そのメイドたちへ怒気の宿る声を渡す。
「見たところ、あなたたちはルーレンに仕事を押し付けているようですが一体どういうおつもりなの?」
「そ、それは……」
「ルーレンが自分から持つと言いまして」
「そうそう、自分はドワーフだから人間のメイドには悪いって」
彼女たち曰く、ルーレンは人間様には申し訳ないから自分からゴミ箱を持ったそうだ――そんなわけあるはずもない。
この様子だと、同じメイドであっても、ドワーフと人間であれば差別意識あるというわけか。
ま、屋敷にいるメイドもそういうところがあるからな。
ルーレンの話では、それでも初めて来た時と比べると接し方が柔らかくなっているそうだが。
それはこいつが有能で仕事ができるからだろう。だから、人間のメイドも文句を言いにくいし、一目置かれている部分もある。
特に料理長はルーレンを評価している節があるしな。
しかし、そんなことを知らない他家のメイドたちは、ルーレンをドワーフのメイドと侮り、扱き使っているわけだ。
放っておいてもこの程度で潰れるような子じゃないが、優しくしておいて損はない。
それに、試したいことがある。それは、ゼルフォビラ家の影響力。
俺はメイドたちを叱責する。
「はっきり言っておきますが、ルーレンはドワーフであっても父セルガが、ゼルフォビラ家の当主セルガ=カース=ゼルフォビラが直接雇用をしてきた人材ですよ。そのような人物に無体な真似をするということは、ゼルフォビラが当主セルガを侮辱をするのと同じ。ご理解できて?」
「え、その、それは……」
「ねぇ、ヤバいって。謝ろう」
「このままだと私たちどころかお嬢様方にも……」
「う、うんそうだね。それじゃあ――」
「「「申し訳ございません、シオン様! 何卒、セルガ様には御内密に!!」」」
「謝る相手はわたくしではないでしょう?」
「「「は、はい!!」」」
「ルーレン、ごめんなさい」
「許してルーレン」
「まさかセルガ様からそこまで重用されているなんて知らなかったの」
「いえ、気にしておりませんから」
ルーレンの一言にほっとするメイドたち。
俺はその様子をほくそ笑む。
(セルガの名を出すだけでころっと変わりやがる。あのおとっつぁんはどこに行っても影響力大なんだな)
改めてゼルフォビラ家の強さとセルガの偉大さを確かめてから、ルーレンへ顔を向けた。
「では、ルーレン。ゴミは他の方々に任せて、今からわたくしに付き合いなさい」
「はい、かしこまりました。みなさん、すみませんが、あとはよろしくお願いできますか?」
「え?」
「これ、すっごい重いんだけど?」
「私たちだけで? うそ、ほんと?」
巨大なゴミ箱を前におじけづいた様子を見せるメイドたち。
俺は彼女たちに微笑みを送る。
「フフフ、頼みましたわよ。みなさん」
「「「……はい、仰せのままに」」」
メイドたちはゴミ箱の取っ手に手を当てて、せ~のっという掛け声とともにゴミ箱を持ち上げる。
そして、ひーひー言いながらゴミ捨て場へと向かって行った。
俺はそれを笑い見送る。
「フフフフ、滑稽な姿ですわね」
「シオンお嬢様、ご助力いただいて恐縮でございますが……よろしいのですか? セルガ様の名をお使いになって。しかも、私如きが特別待遇されているかのようなことを」
「娘ですもの。父の名を使って何の問題がありましょう?」
「そう言った意味でお尋ねしたわけでは。家名を出しますと、個の問題でなく家同士の問題になりかねませんよ」
「あのメイドたちに、事を大それたものにできる技量などありませんわ。それに、今後はルーレンも楽になって良いでしょう。なにせ、お父様に目を掛けられているのですから」
「そのことが一番の恐縮なのですが……」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。あるものは利用しないと。それよりも今から夕食を頂きに寄宿舎の学食へ向かうのですが、そこまで付き合って頂けません?」
「はい、構いませんが。私を連れて行くということは何かそこで行う、もしくは行われるのですか?」
「そういうわけではありませんが、もしかしたらプリン殿下がいらっしゃっているかもしれません。ですので、改めてルーレンに見てもらい、彼の批評を聞きたいのですよ」
「プリン殿下? まさかと思いますが、畏れ多くもそのお方はサイドレッド様のことでございましょうか?」
「ええ、そうわよ」
「……なんという不遜な通称を。それに、私如きが殿下の批評など」
ここで俺は微笑んでいた顔を真面目なものへと変える。
「ルーレン、あなたはわたくしのメイドなのでしょう。優先すべきは殿下? わたくし?」
「もちろん、シオンお嬢様です。つまり、私の批評がシオンお嬢様の役に立つ可能性があると言うわけですね」
「フフ、流石ですわ。あなたは本当に賢い」
「そ、そんな。あの、食堂に殿下がいらっしゃると良いですね」
「……ええ、そうわね。もし、いましたら……選択肢が消えますわね」
「それは、一体……?」
「少しだけ未来の話です。その時が来ればおのずとわかります。では、参りましょうか」




