第三十八話 味方のはずであって味方とは限らない
――――寄宿舎・夕食後
いじめの真の首謀者にして、シオンを消そうとしていた姉フィア。
フィアの婚約者でありながらシオンへ言い寄る阿呆、サイドレッド。
シオンを愛するあまり、いじめという方法で彼女を守っていたブランシュ。
そして、これらの情報を得て、今後を組み立てつつもブランシュの深淵を覗いてしまい、何やら禍根が残りそうな雰囲気に怯える俺。
まぁ、真面目な話、別の意味で怯えはあるが……。
それはブランシュのことではない。フィアのことだ。
皇族入りを目指す彼女はあらゆる手段を講じて、シオンを排除しようとするに決まっている。
その彼女は、学院において絶大な権力を誇る。
いま俺の命は薄氷の上にあると言っても過言ではない。
(さぁ、どうする? 正面切っての戦いは分が悪すぎる。敵の味方は学院そのもの。一方こちらはブランシュのみ。しかも彼女は皇族でありながら、権勢はフィアに劣る。ここは味方を増やしておきたいところ)
そう考え、ある者の姿が思い浮かぶ。
(…………ルーレン。彼女に助力を頼もう。シオンのメッセージが確かならば、味方のはず)
俺は部屋の壁際に備え付けられている伝声管を使い、さっそくルーレンを呼び出そうとした――そこで、フクロウが鳴く。
「ほ~ほ~」
「ん、今のは? 蔦のアーチに巣を作ってるフクロウの声か」
俺は後ろを振り返り、窓へ視線を送る。
開いた窓の縁に、フクロウ。
「おいおい、そんなに人間に近づいて大丈夫か? 学院に棲んでてて人慣れしてるんだろうが、人間はお前の仲間でも味方でもないから危険だぞ」
「ほ~」
フクロウはばさりと翼を広げて、どこかへ飛んで行ってしまった。
「ありゃ、余計なことを言って嫌われたかな? では、気を取り直して」
伝声管へ向き直り、ルーレンを呼び出そうとする。だが、自身が発した言葉が頭を過ぎり、躊躇いを覚えた。
「味方ではない……そうだ、あいつは味方のはずであって、味方とは限らない。味方であっても、あいつはどこまでシオンのために行動できる? ここは、試してみるか」
改めて俺は伝声管へ唇を近づけ、ルーレンを呼び出すことにした。
――寄宿舎自室・夜
部屋へ訪れた彼女はお茶の用意をしようとしたが、それを止めさせて、いきなり本題へ移る。
「ここ数日、この学院で過ごし、わたくしの立場が大変危ういことを悟りました。このままではわたくしは早晩、命を失うでしょう」
「え!?」
「守っていただけますか?」
「それはもちろんです! ですが、どういったお話なのです?」
「それがわたくしにもわからないのです」
「え?」
「ただ、何者かに命を狙われている。それだけはわかるのですが……」
わざと情報を隠匿する。
ブランシュのことも話さない。サイドレッドのことも話さない。フィアのことも話さない。
なぜか? それはどれだけ味方だと言われても、こいつのことを信用しきれないからだ。
同時に話さなくても、この少女の能力をもってすれば正解を導き出せると信じているからでもある。
だから、話さない。
ルーレンの能力を最大限に評価して。
それに、直接話さなければ、仮にルーレンが過ちを犯し、暴走・失敗をしたときにこちらは知らぬ存ぜぬを通して、全ての罪を擦り付けることができる。
とはいえ、さすがのルーレンでもノーヒントでは答えを導き出せないだろう。
だから、ヒントをくれてやる。
「情報が少なく、また整理もついてません。おそらくですが、突発的に事が進み、アドリブが必要となる案件と見ています。ですので、ルーレン!」
言葉を強める。それにルーレンがビシリと背筋を伸ばして応える。
「これから先、わたくしと言葉を交わせない状況が出てくる可能性があります。ですから、わたくしの考えをトレースしなさい。そして、わたくしの指示がなくともどう動けば最善かを考えなさい」
「そ、それは……」
「ええ、大変困難なことでしょうが、わたくしはあなたならできると信じています」
ああ、できるだろう、お前なら。俺の計画を横からぶんどったお前ならば……。
ルーレンは俺から掛けられた言葉に小さく体を固めた。
それは言葉に含まれていたものが信頼ではなく、確信めいたものだったからだろう。
何故、確信できるかは、言うまでもない……。
彼女は黄金の瞳を左右に忙しなく振るが、途中で目を閉じて、小さく頷いた。
「かしこまりました。シオンお嬢様の信頼に応えて見せます」
「ええ、期待してますわ。一つだけ、あなたへ言葉を渡しておこうとします」
「御言葉とは?」
「わたくしのことを、シオンのことを第一義と考えて行動することです。そうすれば、わたくしが語らずとも答えは得られます」
これがヒント。これだけでもルーレンなら十分に理解できるはずだ。
彼女はシオンの名を小さく零れ落とし、誓いの言葉を立てた。
「シオン、様を……今の御言葉、魂に刻みます」
拳を作り右胸に当てて、受け取った言葉を心へ浸透させる。
この反応――シオンへの忠誠心は確かのように見える。彼女を殺そうとしたはずなのにな。それに信じられないが、こいつはおそらく俺とシオンが……いや、捨て置こう。
今はこの窮地を脱することだけを考えるんだ。
――――次の日
さぁ、今日からいじめの厳しさを増すぞ~……やらせだけど。
俺はそのやらせで心に傷を負い、今にも学院から出て行くような素振りを見せなければならない。
これは姉フィアが表に出てくるのを食い止めるためだ。
というわけで、さっそく教室へ。
俺は自分の机の前に立ち、茫然自失とする。
机にはペンでデカデカと『ば~か』と落書きされてあるだけ……。
(じょ、冗談だろ! こんなしょうもないいたずらレベルのいじめでどう傷つけと?)
俺の机から対角線上にいるブランシュをちらりと見る。
彼女はやりたくもないいじめであっても愛するシオンに害を為さなければならない心苦しさに、目を伏せてこちらを見ようとしない。
俺はそんな彼女へ心の中で激しくツッコむ。
(いやいや、なんでそんな申し訳ないみたいな感じなんだ! 今まで散々なことやっておきながら、さらなる過激を目指してこれはなんだ!? ネズミの死骸を机に入れられても平気な俺が、これに傷ついた振りをしろって……ある意味いじめだぞ!)
残念なことに、無駄にわかり合ったせいで彼女は手心を加えてしまったようだ。
(こりゃ、やばいぞ。業を煮やした姉フィアが出てくるのは時間の問題。何とかして、素早くフィアを追い落とす方法を探さないと。と言っても、相手は学院そのもの。そう簡単に隙は見せてくれないだろうしなぁ)
俺は窓から見える学院の中庭へ瞳を落とす。
中庭にはサイドレッドがいて、ゴミを運んでいたどこかの家に所属するメイドに軟派な声を掛けていた。
(切り崩すとしたらあの馬鹿からか。元々、あいつには違和感がある。プリンの件でその違和感が形を見せてきた。そこをつついてみよう)




