第三十六話 真の敵は……
シオンをいじめていた女、ブランシュ=ブル=エターンドル。
彼女はシオンを愛しており、シオンの命を守るためにいじめて学院から追い出したと言う。
姉である、フィア=エイドス=ゼルフォビラからシオンを守るために……。
突然降ってわいた情報に俺は感情を隠せず、涙を流すブランシュの両肩を持って問い掛ける。
「今の話はどういう意味ですの!?」
「え、全部わかっているんじゃないの? 私の気持ちも、フィアがあなたの命を狙っていることも?」
「それは……」
いまさら勘違いでしたし、知りませんでしたとは言いづらい。ここは上手くはぐらかそう。
「確認ですわ!」
「確認?」
「そう、確認ですわ。ボタンの掛け違いというか勘違いというか、とにかくそういうことがないように、あなたの口から直接お話を伺いたいの」
「あ、ああ、そういうこと。わかった。でも、色々と聞き苦しいこともあるけど大丈夫?」
「ええ、問題ありません」
「それじゃあ……あなたの姉フィアはあなたのことを良く思っていない。それだけならこんなことにはならなかった。だけど、サイドレッド兄様のせいで……」
ブランシュはまず、人間関係と各々思惑を語った。それは次の通り。
フィアとサイドレッドは婚約関係。
これは皇族とゼルフォビラ家の結びつきを強めるための政略結婚。
フィアはこれに大いに乗る気。
理由は長男と三男が絶大な力を持つゼルフォビラ家から離れ、皇族の一人として存在感を維持するため。
彼女はゼルフォビラ家跡取りの椅子に興味はなく、代わりに別の椅子に座ることにした。
そのためにはサイドレッドとの結婚は絶対条件。
しかし、サイドレッドは女性関係が非常に軽い性格で、貴賎を問わず女性なら声をかける節がある。
そして、尻の軽い彼はよりにもよってシオンに惹かれ始めた。
これはフィアにとって非常にまずいこと。
このままでは皇族の一員は自分ではなく、シオンになるやもしれない。
そう、フィアがゼルフォビラ家の一員として決して認めなかった庶民出の妾の子であるシオンが!
そこでフィアはシオンを結婚できない体にするか、事故に見せかけて殺害するつもりだった。
後者は最終手段。
しかし、前者の手段でも死に等しい。
フィアは自身の息のかかった男子生徒にシオンを襲わせようとした。
フィアは学院出資者ゼルフォビラ家の娘として、学院への影響力は絶大であり、それは皇族以上。
学院内においては女王と言っても過言ではないほどの権力を持っている。
そのため、彼女に逆らえない生徒は大勢いる。実際に俺も、彼女が高等部を纏め上げている様子を確認している。
しかし、ブランシュとて皇族。
黙ってフィアをのさばらせていたわけではない。
表面上、兄との婚約を歓迎する義理の妹を演じつつ、フィアの近くに身を置き、虎視眈々とフィア失脚の方策を練っていた。
その時に、フィアのシオン凌辱&殺害計画を知る。
もちろんフィアは、こんな大それた情報をブランシュに直接話すなどしていない。
しかしブランシュはブランシュで、学院内で起ころうとしている不穏な情報を聞きつけるくらいの情報網は持っていた。
また、ブランシュの演技が功を奏し、フィアの油断を誘えていたのもあった。
ブランシュは独自の情報網を使い、フィアの思惑を知った。
その思惑を泳がし、完遂させた後にそれを表沙汰にすれば、フィア失脚の大情報となったが、同時にそれは愛する女性を犠牲に捧げること。
だからブランシュは急ぎ、彼女の計画を止めなければならない。
だが、すぐには良いアイデアが出なかった。
そこで生まれたのがシオンに対するいじめ。
ブランシュはフィアにこう語る。
「フィア姉様と同様に、私はシオンがあまり好きではないの。だから、あの子を学院から追い出していいかな?」
「どうやって?」
「簡単なことよ。あの子、すっごく気が弱いからちょっといじめてやれば自分から学院から出て行くはず」
「そんなに簡単に行くかしら?」
「まぁ、任せてよ。すぐにあの子を追い出して見せるから」
フィアはブランシュの提案に思案する。
フィアの思案する姿を見て、当時のブランシュは自分の提案が通じることを心から願い、同時にそれに対して唾棄する思いだったと……。
シオンを守るためとはいえ、愛する者をいじめる提案なんて……。
ここで俺は、ブランシュに問い掛ける。
「皇族のあなたでも、フィアお姉様の暴走を止めることは不可能でしたの?」
「情けないけど、この学院で私にあるのは誇りと名誉だけ。でも、あいつには出資者という肩書きもある。それに、私と違って自由にできる資金も桁違いだし」
「なるほど、国家単位であればあなたが有利でも、この限定された場所に置いてはフィアお姉様が有利というわけですか」
俺は軽く手のひらを前に出して、話しを進めるように促す。
ブランシュはこう続ける。
フィアはしばし沈黙を挟んだのち、ブランシュの提案を飲んだ。
おそらく彼女は、自分が直接動いて余計な汚れを生むよりも、他者に動いてもらい目的を果たせる方が得策だと判断したのだろう。
これでブランシュがシオンを守るためにシオンをいじめるという構図が誕生した。
俺はこれに嘆息を生む。
「もっとうまいやり方があったと思いますが……?」
「……ごめんなさい。とっさに出たアイデアで、本当に考え無しでごめんなさい」
「失礼、責めるつもりはなかったのですが……一つ疑問が?」
「なに?」
「サイドレッド様はあなたのいじめのことは?」
「知らなかった。知ったのはあなたが学院から離れたあと。知らなかったのは、私が誰にも相談できないようにあなたを脅していたから。それに当時のあなたは、皇族とゼルフォビラ家の関係を深く把握してなかったみたいだから」
「それで、皇族の肩書きを全面に押し出して、庶民のわたくしを脅したと?」
「……ごめんなさい」
顔を伏せて体を小さくするブランシュ。
そんな彼女を横目に俺はサイドレッドのことを考える。
(しっくりこないなぁ。知らないなんてことあるものか? 激しいいじめを受けていたら、いくら隠そうとしてもどこかに変化はあるもの。それが気になる女性となれば普通気づくだろ? それに何より、あいつは学院の保安を預かる人間。情報網はブランシュ以上のはず)
サイドレッドの姿を思い描く
『あははは、おはよう美しいお嬢さん。咲き誇る美しい花々も君の美しさを前にそっと顔を伏せているよ!』
良い笑顔のアホ面が脳裏を過ぎる……。
(はぁ、抜けてそうなところがあるから気づかなったもありえそうでなぁ。だけど、あとで知ったとしても……俺との出会い。いじめを苦に逃げ出した気になる女性が戻った来たってのに、態度が普通過ぎる。やっぱりなんか妙だよなぁ)
「あの、シオン。黙り込んでどうしたの?」
「え、いえ、少々考え事……そう言えば、サイドレッド様はフォートラムの保安部隊だそうだけど、どうして学院内をうろちょろとしているのかしら?」
「うろちょろって……本当に変わったんだね。とても強くなってるし、心も体も性格も、言葉遣いすらも」
「記憶を失って以降、自分というものが定まらなくて手探りでしたの。学業のことも忘れてましたし。それで、手当たり次第に行動しましてね。鍛えたり、勉強したりと……」
「そうなんだ」
「今のわたくしはお嫌い?」
俺はわざと下から彼女を覗き込むような仕草を見せて、顔を近づける。
ブランシュは急にシオンの顔が迫ってきたものだから、頬を赤らめてすぐさま後ずさった――ちょろい。
「ひゃ! びっくりさせないでよ」
「離れた。やっぱり嫌いなんだ?」
「そ、そんなことないよ。たしかに以前とは違うけど、シオンであることには変わりないはずだし!」
彼女は顔を真っ赤にしながら両手を前に出してわちゃわちゃと動かしている。
その慌てぶりを見て、体育の授業を思い出す。
(俺が頭を撫でた時に顔を真っ赤にして奥歯を噛み締めてたけど、ありゃ、嬉しくて感情を表に出さないように踏ん張ってたんだな)
こいつの気持ちを知った今、こいつの言動の裏にあったモノがシオンへの想いだというのが見えてくる。
暴力的な手段を使わない=シオンの体を傷つけたくない。
シオンに言い寄る兄に対しての罵声=シオンに嫉妬が向かうのを防ぐため。
つまり、ブランシュという女はシオンが好きで好きでたまらないというわけだ。
皇族に愛される女シオン……俺の推理はまったくもって外れてたわけだが、こいつを取り込むのは容易そうだ。
ここは思わぬ計算外として処理しよう。




