第三十話 微妙ないじめ
相手からの紹介などなくとも、俺はシオンを学院から追い出した張本人と視線を交わし合った。
さぁ、お前のお粗末な一手は躱したぞ。
皇族ブランシュよ、次は何を仕掛けてくる?
取り巻きの二人に指示を与えたようだが、二人とも自分で物事を考えることのできない役立たず。
それでは、今のシオンをいじめて追い出すなど不可能。
なにせ、中身はてめぇなんかよりも遥かに経験豊富な大人だからな。
ま、せいぜいガキが考えるいじめがどんなものか見せてくれ……と、ある意味楽しみにしてたのだが。
――――教室
四角の形をした教室で前と後ろに黒板という、昭和風味溢れる教室。
俺が住む近所の小学校だと電子黒板を採用してたからなぁ。手にはタブレット端末。でも、教科書とノートは相変わらず存在するという……荷物が増えて大変だな、最近のガキどもは。(※2023年時点での電子黒板普及率は80%程度)
そんなことを考えつつ、一番後ろの窓際にある俺の席へ……だけど、ない。
俺は空白の床を見つめ、軽く眉をひそめる。
(ベタだなぁ~。とりあえず、窓の外でも見るか。投げ捨てるくらいはしてるだろうし)
と、窓の外に顔を出すが……。
「机が階段の踊り場にあるけど、なんなのこれ?」
という、女生徒の声が届いてきた。
(え、その程度?)
因みに、戻って来た机の中にカッターナイフの刃が仕込まれているとかもありませんでした。
――トイレ
トイレに入る。
後ろから、皇族ブランシュの取り巻きである女生徒二人があとをつけてくる。
俺より少し遅れて入ってきた取り巻きたちは、バケツに水を入れて、閉じられていたトイレに水を投げ入れた。
「キャー」
という、俺じゃない奴の声。
戸惑う二人。
実は俺、トイレに入った振りをして、空いてるトイレの扉を閉めず隠れていただけ。
間抜けな二人は閉まっていたトイレに俺がいると思い込んで水を投げ入れた。
俺は別のトイレからひょっこり出てきて、二人へ挨拶を交わす。
「あらあら、これはブランシュ様の御友人であるお二方。何を為さっているのかは存じ上げませんが、お先にごめんあっさーせ!」
これに、二人は歯ぎしりを交え悔しがる様子を見せる。
対する俺は、彼女たちの温さにがっかり。
(せっかくのトイレなんだから、『汚らしい庶民だから身だしなみでも整えたら?』とか、いちゃもんをつけて、便器の水で顔を洗わせたり、便所のブラシで歯を磨かせたりすればいいのにな。それなのに、水を掛けるだけって……)
――――再び教室
机の上に花瓶。
(たしか日本だと、このいじめが行われると緊急対応が取られるんだよなぁ。過去に、このいじめをされていた子が自殺をしてしまったので、二度とその悲劇を繰り返さないように。俺のガキの時分は緊急会議ものだったらしいが、最近もちゃんとやってんのかねぇ?)
とりあえず、邪魔なので、花瓶を移動させて教室の適当な場所に飾っておこう。
教師が教室へやってくる。
「あら、この花は?」
「あ、わたくしが用意しましたの。教室に花がありますとリラックスできますから」
「そうですか。ありがとう、シオンさん」
のほほんとした顔で席に着く。
ブランシュとその取り巻きたちはイラついた様子を見せていた。
――――階段の踊り場
ブランシュと取り巻きが何やら話している。そいつにこっそりと聞き耳を立てる。
「ブランシュ様、全然効いてませんよ」
「もっと過激にした方がよろしくありませんか。例えば、階段から突き落とすとか」
「直接手を出すのは禁じてるでしょう。もし、勝手なことをしたら、あなたたち二人とも学院から追い出すから」
そう声を返し、ブランシュは目を閉じて考え事をする素振りを見せる。
そのブランシュへ、取り巻きたちが慌てた様子で矢継ぎ早に声を出す。
「そ、そんなことしませんよ!」
「で、ですが、このままだとシオンがずっと学院にいることに。あんな奴さっさと学院から追い出さないと」
「そうですよ、あんな穢らわしい妾の子が、名門フォートラム学院に居続けるなんて」
「崖から落ちて記憶を失ったらしいけど、どうせなら死ねばよかったのに」
「……二人とも黙りなさい。私は考え事をしているの」
「「も、申し訳ございません!」」
「でも、困った。まるで別人のように性格が変わってる。とりあえず以前やった、動物の死骸を机の中に……」
「あれ、用意するの、こっちもきついんですけど……」
「死骸を見つけて来ないといけないし。何より、触りたくないんですが……」
「もう、わがままばっかり。とにかく、何でもいいからいじめ続けなさい。周りの人たちにも、シオンには話しかけるなと厳命して」
「「はい!」」
こっそりと聞いていた俺は思う。
(何やら、いじめる側の悲哀を聞いたような……。ブランシュは俺を学院から追い出したいようだが、直接危害を加える気はないわけか。何故だ? 外傷は証拠が残りやすいから避けているとかか? 取り巻きはともかく、もうちょいブランシュのことを知った方が良さそうだな)
ブランシュは皇族で魔法使い候補。うまく取り込めば、最大の駒となり、後ろ盾ともなる。
もし使えないなら、心を壊して二度と俺に逆らえないようにすればいい。
(それにしても、シオンはこの程度のいじめで音を上げたのか? いや、普通のガキにとってみれば結構きついのかもな。特に、みんなから無視されるってのは……)
いじめの中で、もっとも単純であり、心を傷つけることのできる――無視。
それはしっかり同級生たちに浸透しているようで、俺が他の生徒に挨拶をしても素知らぬ顔をされた。
皆は下手に俺と関わり、皇族ブランシュの不興を買いたくないのだろう。
意識をいじめられていたシオンの心に向ける。
(いやはや、普通の少女の心を理解するのは難しいねぇ。俺が十四だった時にはすでに殺しの訓練をしてたからな。授業では、拷問見学ツアーなんかもあったし。情操教育に悪くね? と、教官にツッコんで懲罰房送りにされたっけ?)
懲罰房に送られて、痛めつけられていた過去の自分を思い出す。
そして、その異常性も……。
(はぁ、異常な世界で育った俺が、普通のお子様の気持ちなんぞ理解できるわけないか。ブランシュの考えもいまいちわからんし、楽勝と思ってたが、こりゃ苦労するかもしれないな)




