第二十五話 皇族の騎士
不意に話しかけてきた青年。
見た目の年齢は二十代前半。
背中の上部にまで届く長い金髪に琥珀色の瞳。背は高く、目鼻立ちは整っており、美しいという言葉が良く似合う。
彼は丈夫で上等な白い生地の上に金と黒の刺繍が走る騎士服を纏い、柄に複雑な意匠が刻まれたレイピアを腰元に差していた。
こちらへ柔らかな笑みを見せる彼は見た目通り騎士のように見え、なかなかの使い手と思われる。
腕前はルーレンよりも、チョイチョイ下ってところか。
シオンの名を呼んだところを見ると知り合いと思われるが、何者だろう?
俺はルーレンに彼のことを尋ねようとしたのだが……。
「ルーレン、こちらの方はいった――――」
「ま、ま、ま、まさか。あ、あ、あ、あ、あ、し、しつ、れい」
ルーレンは体をがちがちに固くして、ロボットのようなカクカクとした動きを見せて道の端により、深く深く頭を垂れた。
その様子を見た青年が小さな笑みを見せる。
「ドワーフ? なるほど、君がいつぞやにシオンから聞いた友人でメイドのルーレンか。ふふ、そんなに畏まらなくてもいいよ」
青年はルーレンへ近づき、そっとルーレンの頭を撫でると手を滑らせて彼女の頬に添える。
そして、垂れた頭を優しく持ち上げた。
「ルーレン、顔を上げてくれないかい? そうしてくれないと、せっかくの可愛いお顔を瞳に映せなくなってしまうからね」
「そそそそそそんななな、おおおおおそそそそれ、おおい」
ルーレンは褐色肌を真っ赤に染め上げて、こわばった顔に大量の冷や汗を浮かべた。
彼女の様子から、このイケメンで軟派そうな男は相当なお偉いさんのようだが……正直、いけ好かない。こいつのせいで玉のようなお肌に鳥肌が立つので今すぐ死んでほしい。
何者かわからないが、とりあえず――殴ろう。
俺は彼の背後に回り、手を大きく上にあげて、振り下ろす。
「てぇい、チョップ!」
「った――え、なんだい?」
一応、お偉いさんっぽいので手加減してやる。本来ならかかと落としをプレゼントしているところだ。
頭に衝撃を受けた青年が驚き、こちらへ振り返った。
ルーレンの方は俺の行動に唖然とし、白目が剥き出しになるくらいの勢いで目を見開く。
そして、声にならぬ声を口から漏らしている……彼女は緊張で使い物にならなそうなので今回は放っておこう。
俺は驚いた様子を見せている青年へ声を掛ける。
「失礼ですが、あなたはどなた様でしょうか?」
「え? そうか、噂は本当だったんだ」
「記憶喪失のことですわね」
「ああ、その通り。そうか、本当に忘れて……」
「それで、あなたは?」
青年は軽い戸惑いを見せるも、小さな咳払いをして名を名乗る。
「ゴホン……私は皇国サーディア皇帝ヴィスダリの第三子・サイドレッド=ベロボグ=エターンドル。ネヴィス治安維持・第一遊撃騎馬隊の隊長を務めているんだ。もっとも、役職名は大層だけど閑職で、普段はフォートラム学院の保安部隊兼工事の監督みたいなことをしてるけどね」
「わたくしはセルガ=カース=ゼルフォビラ伯爵が次女・シオン=ポリトス=ゼルフォビラ。皇族であり、その直系であらせられるサイドレッド様に礼儀を失する振舞い、なんとお詫びを致せば……」
「いやいや、その必要はないよ。私の方は全然気にしてないから、シオンも気にしないで。それに、君と私の仲だしね」
俺は皇族様の頭を叩いたわけだが、皇帝の第三子サイドレッドは相も変わらず柔らかな笑みを見せる。
これは予想通りの反応。
なにせこいつは、奴隷階級であるドワーフのルーレンの頬に触れて、可愛いとまで言った。
つまり、皇族の名をかさに着る男ではなく差別的ではない。もしくは、女に異常に優しいかのどちらか。
だから、俺が無体な真似をしても咎めることはないだろうと踏んだわけだ。
問題は……シオンに対して異様に馴れ馴れしい雰囲気を醸していること。
こいつ、シオンの何なんだ?
「寛大なご対応に痛み入りますわ。サイドレッド様」
「サディで構わないよ、シオン」
「記憶を失う前もそのような呼び方を?」
「いや、サイドレッド様だったね。本当はもっと君とは近くにありたいんだけど」
「はぁ? 畏れ多いので、サイドレッド様で……失礼ですが、わたくしとはどのよう仲で?」
「私は君のお姉さんのフィアの婚約者で、いずれ君の兄になるという仲さ」
「フィアお姉様の?」
長女フィア=エイドス=ゼルフォビラ……姉のフィアは皇族の第三子の婚約者? まさかフィアは、皇族を後ろ盾に後継者争いに参加する気なのだろうか?
それとも、ゼルフォビラ家と皇室の政治的な結びつきのための政略結婚か?
俺は閉じた羽根扇を顎に置いてしばし考えに耽る。
すると、こちらの様子を窺っていたサイドレッドが羽根扇に興味を示してきた。
「以前は持っていなかったよね、その扇子?」
「ええ、元は庶民ですので色々と至らぬ点があります。ですので、形から入ろうと思いまして」
「たしかに、社交界ではよく見かけるね。でも、扇子を持つ女性は既婚の方が多いんだけど……」
「ええ、そのようで。変わり者に見られますが、それで邪魔な虫が寄らないなら、よろしくて構わないのではありません、フフフ」
俺は軽い笑みを零す。その笑いを見たサイドレッドは低い声を漏らす。
「う~ん、まるっきり別人だね。以前の君は……っと、失礼だったかな?」
「いえ、そのようなことはありませんわ。因みに、以前のわたくしはどのような感じでしたの?」
「えっと、そうだね、言葉遣いが違うかな。もっとも、私と話すときはいつも緊張していて、身体も言葉も固い様子だったけど」
「では、わたくしとあまり会話をしたことがないのですわね」
「ああ、そうだね。私としては君ともっと親しくなりたかったんだけど。できることなら、フィアよりもね」
彼は寂しげな言葉を交え、琥珀色の瞳に俺を映し、慈しむような雰囲気を漂わす。
それは、義理の妹になるであろう女に向ける瞳ではない……まるで、愛する女性を見つめるような。
元のシオンとはまともにしゃべる機会もなく、さほど交流を持てなかったのに……妙な男だ。
ドワーフのルーレンに対する態度から考えると、好き者なのか?
庶民出の女や奴隷の女と、身分の離れた女に惹かれるタイプ?
そういや、シンデレラに出てくる王子様がこういうタイプだったな。いや、シンデレラは継母にいじめられて召使いのようなことをしていたが、生粋の貴族の娘だっけか?
ま、なんにせよ、軽薄そうな野郎に興味はない。
だが、相手は皇族なので、利用価値があるかどうかの判断は必要だろう。
それは後々判断するとして、今はうざいのでここから離れるとしよう。




