第二十三話 大都市ネヴィス(第二幕後半)
――――ゼルフォビラ領地・北西の大都市ネヴィス
馬車に揺られ、途中の町で宿を取り、一日を挟む。
そして、昼下がりに、資産家・貴族・皇族が多く通うという名門フォートラム学院を擁するネヴィスの街へ着いた。
都市には城壁など一切なく草原に囲まれた中で、ネヴィスは不意に大都市として浮かび上がる。
城壁がない理由として、まずは治安の良さが挙げられる。
ネヴィスの軍は強く、警備隊もまた有能。
そのため、周辺には盗賊などいないし、危険な野生動物たちも町には入ってこれない。
また、昨今は兵器開発が進み、城壁では防ぐことのできない兵器が生産されているので、城壁自体が無用の長物になりつつあるそうだ。
地球でも火薬兵器の向上で城壁の存在は消えていったが、このアルガルノも同じ道を辿っているようだ。ただし、こちらは火薬ではなく、魔石を利用した魔導兵器となるが。
また、別の側面として、城壁の撤廃により物資輸送の効率化を図ることができる。
これもまた地球でも同じことが起きたが、城壁が存在すると通り道が限られて、交通の便が悪くなってしまう。
だから壁を取り払い、都市へアクセスできる道を増やして、物資輸送の効率化を図り、経済力の増強を図ることにした。
地球では産業革命がきっかけだが、こちらでも魔石を媒体に似たようなことが起きつつあるのか、起きているのか?
そういったこともまた、学院で学べるだろう。
都市の中心を貫く巨大な道路の左端を馬車は進む。対向車線は右。日本や英国と同じ進行方向のようだ。
車道と歩道は切り分けられているようだが、馬車の速度は通常の馬車と同程度で遅い。
都市内を走る馬車のほとんどが普通の馬車のようで、ここではドワーフテクノロジーの詰まった馬車の性能をフルには生かせない。
馬車の小窓から外を覗き、青色の瞳に街並みを映す。
道路の両脇には、白い外壁を持ち、赤茶色の屋根を乗せた背の高い建物が並んでいる。
背丈の差はほとんどない。これは景観のために意図的に合わせていると見られる。
ルーレンの話によると、道は賽の目状になっており、四角の中に建築物が収まっている構造が多いそうだ。
その道だが、真っ白な大理石のような石が敷き詰められおり、それが地面の土色を完全に消している。
見た目は大理石だが、馬車が行き交う道なので、おそらくはもっと頑丈なもの。
真っ白な道の上を行き交う人々の格好は様々で、港町ダルホルンで見られるローブのようなものを着た者や薄手のシャツを着た者の他に、中東の人間が着用するガンドゥーラ(長袖でくるぶしまで届くローブ)やガフィア(レースっぽい帽子)をイガール(黒の留め輪)で押さえている者がいる。
他にも俺が殺し屋時代にガンビアという西アフリカの国で見かけたことのある、白地や緑地の胸元に、金色の刺繍を施した服なども……。
アフリカ系っぽい服装を見かける割には、肌の色が黒い者はいない。
せいぜい、浅黒い程度。
また、人間族とは違うドワーフ族や、見た目がウサギであるササカ族をちらほらと見かける。
俺は小窓から人々を見物しつつ、シオンの皮を被り小さく呟く。
「色々な格好をした人たちがいますわね」
「このネヴィスは三つの領境の近くにございますから。その三つの領地は皇国サーディアに所属しながら、独自の文化を持っています。ですから、このネヴィスには三者三様の民族や文化が華やいでいるのですよ」
「皇国に所属しながら? ……もしかして、その三領地は元々サーディアの敵国でしたの?」
「はい、よくおわかりに。二百年ほど前にサーディアが三国を治めました。ですが、関係は良好とはいませんでしたので、このネヴィスを和平の街として作り、それ以降、三領地とサーディア人が交わる街となっています」
「なるほど……フォートラム学院に皇族が通い、貴族方が多いのは、これも友好のためですわね」
「ええ、さすがですシオンお嬢様。それもお気づきになるとは」
「ふふふ、褒めても何も出ませんわよ」
支配したものの、三領地との仲は不和。
そこで交流を持てる街を作り、そこに奸計などないという証明にネヴィスに学院を作り、皇族を通わせることにした。
敵国のそばに皇族の御子を通わせるということが、三領地への信頼の証となる。
その策はうまくいき、今日では多くの人種と文化が行き交い、また、皇族や貴族や富豪が集まり、街は大都市として育っていった。
同時に、元々ここが皇族の領地だった理由もわかる。
皇国の飛び地であるが、直轄地として三領地の友好のため皇族が治めていた。
しかし、近年、それをゼルフォビラ家が買い取り、自分の領地とした。
領地内に皇族の飛び地があり、そこでは自分たちの影響力を行使できないことを嫌ってのことだろうが……皇族や三領地とは微妙な関係そうだな。
それについて、ルーレンに尋ねてみる。
「ゼルフォビラ一族と皇族と三領地の関係はどうなのでしょう?」
「三領地の方々とは悪くありません。ゼルフォビラ家はネヴィスの政治と経済の要となっています。皇族の方々は軍事と治安の要に。ですが……これ以上はメイドの身として憚れます」
「ありがとうですわ。十分です」
今の説明の繰り返しになるが、このネヴィスの支配者であるゼルフォビラ家は政治と経済を支配しているが、軍事と治安は皇族が支配している。
三領地はその双方と関係が良好。
となると、この街ではゼルフォビラと皇族が力の綱引きをしている状況ということになる。
話を打ち切った俺は再び窓から街を眺める。
道はスロープと広場を幾重にも重ねて、標高を上げていく感じ。
この様子から、丘陵に街を建てたようだ。
(町の入り口との高低差は50mくらいか。スロープで誤魔化してるが、実質坂を上っているようなもの。これは歩きだと辛いな)
視線を前のスロープからずらし、通行人を見る。
その者の肌を見て尋ねる。
「肌が浅黒い方々がいますわね」
「ええ、サーディアでは珍しい肌の色ですね」
「もっと、真っ黒な方はいらっしゃいませんの?」
「こちらのカシャーサ大陸ではまず見かけませんね。新香辛料を輸入している別大陸カイピリーニャにはいらっしゃいますが」
「そうなのですか?」
「はい、とても黒くてつやつやしていて可愛いですよ。ちょっとプライドが高くて気分屋さんなのが玉に瑕ですが」
「可愛い、ですか……?」
こちらでは肌が黒いと可愛いとなるのだろうか? それともルーレンの趣味?
ルーレンはさらに別の人種についても話す。
「他にも、すっごく顔が平たい人たちが住んでます。とてもシャイな方々で、ちょっと変わってて普段は浮いてまして、知らない人は近寄りがたい感じですね。でも、その方々が持つ技術力はドワーフ並みとも言われています。あと、日光浴が趣味だとか」
「平たい、ですか……?」
顔が平たく、シャイ。それと、周囲から浮いてるということは、変わった価値観の民族か?
日本人っぽい人たちだろうか?
いや、無理に地球の価値観や人種に当てはめては駄目だな。
人間以外に獣人やドワーフといった別の種族がいる世界。
地球の多様性とやらが裸足で逃げ出すくらい、多様な価値観が入り混じる世界。
俺たちの尺度では測りがたい。
と、ルーレンと雑談をしているうちに、馬車は何度もスロープと広場を進み、この街で一番高い場所にある名門フォートラム学院へと到着した。
もっとも、あと少しで夏の長期休暇に突入するので、一月後にはしばしのおさらばになるのだが……。
馬車から降りて、学院の周りを見る。
学院には壁はなく、ただ、学院の周囲を囲むように植木や木々が立ち並ぶのみ。
出入り口となる場所にも門などない。
貴族や富豪、さらには皇族が通う学院にしては防犯がお粗末すぎやしないだろうか?
すると、それについてルーレンがこう話す。
「学院の敷地境界線の地面には、障壁用魔石が埋め込まれていまして、出入り口以外の場所からは侵入できないようになっています。その出入り口も登下校の時間以外ですと、個人認証キーが付与された魔石付き許可証がないと障壁に阻まれて通ることが叶いません」
個人認証キーが付与された魔石付き許可証……この世界、科学という概念からは離れていても、技術やセキュリティの概念は思ったより進んでいる。
そうでありながら奴隷制度という遅れた概念がある世界。
ここで、魔法使いスファレの会話を思い出す。
『別世界から新たな魔導体系を手に入れて、魔石を生み出したと聞くね』
魔石――異世界から持ち込んだ技術。もしや、この魔石はこの世界にとってオーバーテクノロジーだったのか?
だから、精神が未熟ながらも進んだ技術を有している、とか?
このアルガルノには魔法や魔石があり、異世界の技術が存在する。地球とは全くかけ離れた歴史を歩む世界。
なるほど、ところ変われば世界も変わるという訳か。科学や歴史にあまり興味のない俺でも多少なりとも心躍るものがある。
好きな人であれば、狂喜乱舞するところだろうな。




