第二十二話 では、語らせてもらいます
――――学院までの道中
港町ダルホルンを通り抜けて、北の街道へ。
途中から西へ向かい、フォートラム学院があるネヴィスという町へ向かう。
このネヴィスという町もまたセルガの領地内にある町。
元は飛び地の皇領(※皇族の領地)だったが、三十年前にゼルフォビラ家が金に物を言わせて買い取ったと。
元々皇領だったためか、いまだに皇族の力が色濃く残り、また、皇族が通う学院もあるため、ゼルフォビラ家の領地でありながら皇族とゼルフォビラ家が互いに影響力を競い合っている町だそうだ。
その町までの道のりはアスファルトなんかではなく、多くの人々が行き交い踏み固められた土の道。
だから、いくらサスペンションを利かせた馬車であっても、時折窪んだ場所に車輪が通ると車体が大きく揺れる。
さらに揺れる理由はそれだけではない。思いのほか、車速が速い。
普通の馬車であれば、速度は時速5~10km程度とのんびりしたもののはず。
しかし、今日用意された馬車は特別製。
ドワーフテクノロジーとやらが詰め込まれた馬車の速度はおよそ時速30km。
車よりは遅いが普通の馬車の三倍以上。
のんびりした馬車旅とは縁遠い景色を眺めながら、ルーレンへ尋ねる。
「この速度で石畳の整備もない街道は危なくありませんの?」
「サスペンションは特別製ですので、そこまで大きな揺れはないと思いますよ」
「たしかに、たまに大きく揺れる程度で驚くほどではありませんが……一体、どのようなテクノロジーが使われているのかしら? 馬車がこんなにも早く移動するなんて」
「それはですね!」
ルーレンの黄金色の瞳が待ってましたとばかりに輝く。
これは、語る感じだ……。
「まずは車輪ですね。四つの車輪に複数の魔石をフラクタルとなるように配置するんです。そうすることにより互いの魔石が干渉し合い、大きな力を産み出して車輪を強化しています」
「はぁ」
「人が乗る駕籠の部分にも魔石が組み込まれていまして、速度に耐えうる強度を持たせています」
「はぁ」
「ですが、一番要となる部分は実はお馬さんの蹄鉄なんです!」
「はぁ」
「蹄鉄ももちろん魔石製で、形は正三角形の辺を膨らませた定幅図形となっています。お馬さんが歩くたびにその図形が振動して回転するのですが、その回転動機構がお馬さんが生み出す速度に相乗効果を与えて、更なる速度を産み出します」
「はぁ」
「ですが、これだとお馬さんの足に大きな負担がかかるとお思いになるでしょうが、そんなことはありません! なんと、回転動機構はお馬さんの骨や筋肉まで補強してくれるのです。さらに疲労もカバーしてくれますので、その気になれば強行軍も可能となっています」
「はぁ」
ふんすっと強い鼻息を漏らして言葉が止まった。
どうやら、ルーレンは地球で言う機械オタクな部分があるようだ。
俺は今の説明にテキトーな言葉を送りつつ、話を閉じようとしたのだが……。
「ふふ、なかなか興味深い機構のようですわね。あら、窓の外にみずうみ――」
「本当ですか! でしたら、もっと詳しく説明しますね! なにせ今の話だけではドワーフテクノロジーの百分の一も説明しきれてませんから!!」
「へ?」
「では、詳しく力の分類をして~~~~」
止まらない!
オタク心を刺激されたルーレンは止まらない!
はっきり言えば、ドワーフテクノロジーとやらに興味はある。
しかしだ、こう一方的にまくしたてられる説明なんて頭に入ってくるはずがない。
これは、趣味人が興味のない人間に説明をするときにままあることだが、それは逆効果だ。
多少興味があっても、こんな一方的な説明では逆に辟易してしまう。
このままだ、今後ドワーフテクノロジーに触れようとした際に、この嫌な記憶が蘇り遠ざけてしまうかもしれない。
何としても止めないと、ルーレンを!
そのためには湖なんていう話題ではなく、もっとインパクトのある話題を持ち出さねば。しかしそんな話題――あった!
尋ねよう尋ねようとして放置していた問いが!
それをノンストップルーレンのブレーキとして出した。
「そう言えば、尋ねたいことが!」
「いま話題にしている人間の魔導技術者アルフレード博士が理論を打ち立てた往復動機関のことですか!?」
(誰だよそいつ!?)
と、心の中で盛大にツッコみ、話題を逸らすべく言葉を出す。
「い、いえ、そうではなくて……スティラ母様のことです」
この一言で、ルーレンは体をピクリとさせて口を閉じた――やった、やったぞ! 止めてやったぞ!!
放置していた話題がここで生きてくるとは幸運だった。
ともかく、このままスティラの話題へ移行しよう。
「常々尋ねたいと思っていましたが、なかなか機会がなく。それで、ルーレンはスティラ母様のことはご存じ?」
「……はい、存じております」
「母はどのような方でした? メイドとして言葉にしづらいところもあるでしょうが、できるだけ遠慮のない人物像をお教え頂きたいですわ。実の母のことですので」
「そうですね……楽しい方でした。老若男女問わずに、一緒にいるとなぜか心軽く、華やぐと言いましょうか。不思議な魅力をお持ちでした。見目も大変美しかったですが」
ここまではダリアの評に近い。
ここからはダリアが口にしなかった部分まで深く突いてみよう。
「ダリアお母様はスティラ母様のことを常人には測りがたい部分があり、また、記憶を失った今のわたくしに似ていると仰っていましたが、どうなのでしょうか?」
「ダリア様がそのようなお話を、シオンお嬢様に!?」
ルーレンは驚きに眉を頭へ寄せた。
ダリアにとってスティラは愛する夫の過ちであり、裏切りの証拠。憎むべき相手で語るべき相手ではない。
それを裏切りの象徴である俺に話せるようになったというのが意外だったようだ。
ルーレンはこの言葉を受けて、次のように返す。
「底抜けに明るく裏表のない方のように感じましたが、その実は深謀遠慮にして奇想天外な方でもありました。発想は常人には測りがたく、瞳の先はどこを見ているのかもわからない。たしかに、今のシオンお嬢様に通じる部分がありますね」
「それは随分と過大な評価ですわね。わたくしは近くに瞳を置くことが精一杯で、神の眼の如く遠望することは叶いませんよ」
「私はそうは思いません。おそらく、ダリア様もそう感じたのでしょう」
「お母様がねぇ」
ダリアには俺のそういった部分は見せてないはずだが?
あんなんでも大貴族の妻。人を見る観察眼は常人と違うのだろうか?
ともかく、スティラという人物像をまとめよう。
明るく楽しくて美人で誰にでも好かれる性格。
同時に智謀に長け、常人の及ばぬ先を見つめることのできる女。
さすが、セルガの浮気相手だけはある。並みの女ではなさそうだ。
だが、所詮は人伝ての評価。真の姿はそう簡単に見い出せない。
それでも、少ない情報量をゆっくり咀嚼するようにふむふむと何度も頷き、次にスティラと魔法使いスファレの関係について尋ねる。
「そう言えば、魔法使いのスファレさんはスティラ母様の御友人と聞きましたが、どのような関係だったのでしょうか?」
この問いかけに、ルーレンの顔が歪む。
「友人?」
「ルーレン、どうされました?」
「いえ、たしかに交流はございましたが、私が思いますに、友人と呼べるほど近しい関係には見えませんでした。一方的にスファレ様が話しかけているばかりで」
「それは想像に容易いですわね……」
あの軽薄さに馴れ馴れしさ。俺に対してもスーちゃんと呼んでとか軽かったからな。
案外、勝手に友達と思っているだけかもしれない。で、終わらせたいが、そうはいかない。
今の問いかけに、ルーレンは顔を歪めた。あれはなんだったんだ?
ここは直接尋ねてみる。
「先程嫌そうな顔をしましたが、スティラ母様とスファレさんが友人関係だと何か問題がおありで?」
「……いえ、そういった理由ではなく、私がスファレ様を好ましく思っていないため感情が表に出てしまっただけです。申し訳ございません。メイド失格でございますね」
たしかにこいつは、スファレに対して好意的ではない様子を見せていたが。
本当にそれだけで顔を歪めたのだろうか?
しかし、今の返答だと筋が通っているため、これ以上無理に質問を重ねると妙に思われる。
では、何故スファレが嫌いなのかに言及しよう。
「ルーレンはどうしてスファレさんがお嫌いなの?」
「ドワーフを滅ぼした魔法使いだからです」
「以前、あなたとスファレさんが会話をなさっていたところを見かけましたが、わたしくには個人的にスファレさんを嫌っているように見えましたけど?」
「……はい、そうですね。あまり好ましく思っておりません」
「それはどうして?」
「あの方は……」
「あの方は?」
「……………………嫌いなんです」
「ん? ですから、その理由は?」
「嫌いなんです。それだけです」
ルーレンはそっぽを向いて、これ以上話したくないと態度で表す。
それはとても頑なな様子で、これもまた無理に質問を重ねても聞き出せそうにない。
仕方がない、話を切るか、と思ったところで、ルーレンがパンっと柏手を一つ打ち――終わりなき地獄を再来させた。
「シオンお嬢様、それよりも先程の続きを! まだ途中でしたよね。では、アルフレード博士の生い立ちからお話を始めましょうか」
「え゛?」
「幼少期のアルフレード博士には幼馴染のドワーフの少女がいまして~~」
(嘘だろ! まだ語りやがる気だ、こいつ!!)
こうして、謎を遥か彼方へ蹴飛ばしたルーレンは、ドワーフテクノロジーを熱く語る声で馬車内を埋め尽くすのであった。
――――ルーレン
ルーレンは得意気にドワーフテクノロジーを語りつつも、魔法使いスファレのことについて考えていた。
(あんな奴、八つ裂きにしてやりたい。だけど、救われたのも事実。でも、それは利用しようとしているだけ……利用? フフ、それは私も同じか。そう、とても非道な行いに彼女を利用した)
ルーレンは熱っぽく語り続ける言葉とは裏腹に、心を氷のように凍らせて、ダリアとスティラへ意識を向ける。
(ダリア様……あなたはシオンお嬢様の中にスティラ様と同じものを見たのですね。それはセルガ様と共通するもの……冷酷であり、決断を行える力。ですが、その中身の有り様が全く違う)
ルーレンは心に広がる思いを目の前にいるシオンに悟られるように、己を押さえて心の中の言葉を続ける。
(セルガ様は絶望を知り、苦悩の中に決断し、それを表に出すことはない。スティラ様は絶望を楽しみ、苦悩なく決断する。シオンお嬢様はそのどちらとも違う)
彼女は曖昧な相槌を打つシオンをちらりと見つめ、軽い笑いを心に立てた。だが、笑いに続く言葉は恐怖に包まれる。
(クスッ……この方は以前のシオン様に同情を見せた。私にも同情を見せた。そこには計算高さも交わっているけど、優しさは本物。だけど、それを切り捨てることのできる方。絶望を知り、苦悩もするが、決断し、切り捨てた瞬間には忘れることのできる――恐ろしい方)
一度瞳を閉じて、すぐに開ける。
(ですが、恐ろしいのはシオンお嬢様だけじゃない。ダリア様もまた。あの方はゼルフォビラ家を守るためならば、どのようなことでも行えるお方。だからこそ、セルガ様はダリア様を深入りさせたくなかった。そうだというのに、私のせいで…………また、言い訳してる)
――私の、卑怯者――




