第二十一話 彼女は至る
――――早朝
今日から名門とか言われているフォートラム学院に向かうわけだが……いいおっさんがジャリ(※子どもを小馬鹿にした古い言い回し)どもに混じって仲良く勉強とは行く前からうんざりする。
しかも、シオンをいじめた相手は皇族であり魔法使い候補。そいつをどう躱し、どう自分の手駒にしようかと考えると面倒だ。
さらに、学院にはフィアという姉も在籍している。
そいつについてはライラから少しだけ話を聞いた。
ライラ曰く、『一族の中で最もプライドが高くて血と格を重んじ、妾の子であるシオンの事を心底毛嫌いしている』と。
学院でその姉がどう俺と関係してくるかはまだわからないが、状況によっては、これもまた面倒になりそうだ。
学院では寮に住み込むことになるため、その荷物量は中々のもの。
先程からルーレンが玄関前に止めてある馬車と屋敷の間を行ったり来たりして、馬車後部にあるトランク部分にせっせと荷物を詰めている。
俺も手伝おうかと思ったが、一応貴族の令嬢。希望してもそのような雑用は行えないし、させてくれない。
手持ち無沙汰な俺は優雅に黒の羽根扇を仰ぎつつ、遠目でルーレンの仕事ぶりを屋敷内から見物する。
すると、背後から名を呼ぶ声が聞こえた。
「あの、シオン様」
この声はマギーのもの。音調は戸惑いと躊躇い。実に彼女らしくない声質だ。
振り返り、答える。
「どうされたの、マギー?」
「え~っと……」
彼女は頭をぼりぼりと掻いて、いかにも言いにくそうな様子を演出する。
さらに、表情には苦悶を交える。
一体なんだろうか?
「マギー、何か仰りたいならはっきりしなさい。時間はあまり残されてませんし」
「時間……そっすね。ルーレンと一緒にフォートラム学院へいくんすよね。寮ではどうなるんですか? 別々に?」
「わたくしに宛がわれる部屋は個人部屋だそうです。使用人はまた別に部屋があるそうで、そこで待機することになるようですわ」
「そうっすか……それでも、今よりもルーレンと一緒にいる時間や距離が近くなるわけですね?」
「おそらく、そうなるかと」
「そう……」
マギーはルーレンに姿を見られたくないのか、壁に寄り添い体を隠して、哀しみを帯びる瞳でルーレンが懸命に荷物を詰める姿を見つめる。
そして、振り絞るように、俺へこう訴えてきた。
「き、気をつけてください……」
それはまさに喉奥から絞り出したと言っても過言ではない、痛みと苦しみの交わる声。
言葉を漏らした途端、彼女は自身のエプロンの両端を強く握り締めた。
そして、瞳をルーレンから外して、自身の言葉を恥じるかのように顔を歪める。
俺は、このマギーの言葉と態度で悟った。
(こいつ、至ったのか!? アズール殺しの犯人に!?)
以前も少し思ったが、猪武者のような性格に見えて、こいつは想像以上に聡い。
時間はかかったが、マギーは正解を導き出した。
アズールを殺害したのはザディラの手違いのせいではなく、ルーレンの手によるものだと。
だが、そうだと知っても信じたくない思いが彼女の心を苦しめて、それが苦悶の表情として表れる。友達を疑う自分の姿に恥じた様子を見せる。
それでも、シオンのことを心配して何とか言葉を渡そうとした。
しかし、その言葉はあまりにも拙く、理解が及びにくいもの……普通ならば。
だが、俺はすでに知っている。ルーレンがアズールを殺害したことを。
だから、わかる。
マギーは言葉の中に含まれた意図が伝わらなかっただろうと思い、強く目を閉じて謝罪を口にした。
「すみません、変なことを言って。俺の勘違いということもありますし。でも……くそっ!」
真相に気づき、友を犯人と知る。
それでも信じたくない。ましてや、友は自分を犯人に仕立て上げようとしていた可能性もある。
だから信じたくない。
だけど、ルーレンが誰かの命を奪う可能性があるならそれを伝えたい。
葛藤が、マギーの心を引き裂く。
俺は彼女の純白の心に敬意を払いつつも、大いに利用できると判断した。
(剣の腕前はルーレン以上。なかなか聡く、誠実。是非とも俺の手に置きたい。ならば、どうする? どう答えを返す? 決まっている。誠実な相手には誠実で返す……俺なりの誠実でな)
「マギー、わかっています」
「――――っ!?」
マギーをまっすぐ見据え、ただ一言返した。
だが、その一言で十分すぎる答えだった。
この一言で、マギーの信じたくない真実がはっきりとした形で姿を現したのだ。
これが俺の誠実。
優しさで彼女を包むのではなく、現実を突きつけることで彼女の当惑を断つこと。
しかし、そこにはまだ迷いが残る。そいつをここで取り除く。
「ですが、相手が一人とは限りません」
「それって……」
「ライラを頼みましたよ、マギー」
「――はい!!」
これでマギーから迷いが消えた。彼女にはアズールを守り切れなかった後悔の念が残っている。
それをライラを守ることで晴らさせてやる。さらには、目的を与えることで迷いを忘れさせてやれる。
――シオンお嬢様、準備が整いました――
玄関先に待たせてある馬車のそばからルーレンの声が響いてきた。
俺は去り際に、マギーへ問い掛ける。
「今のわたくしの腕前で、勝てる思いますか?」
「え? ま、まさか、シオン様が腕を磨いていたのって?」
「そういうわけではありませんが、結果的にそうなりそうですわね。それで、あなたの見立てでは?」
「……無理です」
「そう。でしたら、あなたの前だけでは、今のわたくしの本当の姿をお見せしましょう」
俺は扇子をパチリと閉じると、マギーへ襲い掛かった。
不意の攻撃であっても彼女は突き出された扇子を躱すが――。
「――っ!? これは……武装石のナイフ?」
武装石――自分の体力を武具へ変化させることのできる魔石。
隠し持っていた武装石をナイフに変化させて、彼女のつま先そばに突き刺し、動きを縫い留めた。
彼女へ短く言葉を渡す。
「今の、見えまして?」
「い、いえ、全く。なるほど、稽古の時とは別物ですね。これがシオン様の本当の実力」
「ふふ、あくまで不意を突いてですが」
「だけど、それでも、ルーレンには……」
「ナイフの動きは見えなかったのでしょう?」
「それはまぁ。でも、刺す気なら気配でわかりましたよ」
「その気配、消すのは得意なんですのよ」
「得意って……殺意や敵意を消すってのは、かなり特殊な訓練をしないと無理ですよ。それなのに」
「生まれつき影の薄い人もいますから。わたくしはその部類なんでしょう」
マギーは手を振って『いやいやいやいや』という態度を見せる。
もちろん、影が薄いから気配を消せるわけじゃない。これは殺し屋時代に磨いたスキル。
俺はナイフに変化させた武装石を靴であらよっと掬い上げて、石に戻った武装石を懐へ戻す。
「単純な戦闘力はルーレンの方が上。ですが、今の動きをあなたにも見切れなかったというなら、ある限定条件下であれば十分に機能します。それがわかれば十分」
「その限定条件下ってのは?」
「ふふふ、秘密です。あまりルーレンを待たせるわけにはまいりません。では、ライラのことを頼みましたわよ、マギー」
「はい、任せてください。次は必ず守り抜きます。シオン様もお気をつけて」




