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殺し屋令嬢の伯爵家乗っ取り計画~殺し屋は令嬢に転生するも言葉遣いがわからない~  作者: 雪野湯
第二幕

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第二十一話 彼女は至る

――――早朝


 今日から名門とか言われているフォートラム学院に向かうわけだが……いいおっさんがジャリ(※子どもを小馬鹿にした古い言い回し)どもに混じって仲良く勉強とは行く前からうんざりする。

 しかも、シオンをいじめた相手は皇族であり魔法使い候補。そいつをどう躱し、どう自分の手駒にしようかと考えると面倒だ。

 さらに、学院にはフィアという姉も在籍している。


 そいつについてはライラから少しだけ話を聞いた。

 ライラ曰く、『一族の中で最もプライドが高くて血と格を重んじ、(めかけ)の子であるシオンの事を心底毛嫌いしている』と。


 学院でその姉がどう俺と関係してくるかはまだわからないが、状況によっては、これもまた面倒になりそうだ。



 学院では寮に住み込むことになるため、その荷物量は中々のもの。

 先程からルーレンが玄関前に止めてある馬車と屋敷の間を行ったり来たりして、馬車後部にあるトランク部分にせっせと荷物を詰めている。

 俺も手伝おうかと思ったが、一応貴族の令嬢。希望してもそのような雑用は行えないし、させてくれない。


 手持ち無沙汰な俺は優雅に黒の羽根扇を仰ぎつつ、遠目でルーレンの仕事ぶりを屋敷内から見物する。

 すると、背後から名を呼ぶ声が聞こえた。

「あの、シオン様」

 この声はマギーのもの。音調は戸惑いと躊躇い。実に彼女らしくない声質だ。

 振り返り、答える。


「どうされたの、マギー?」

「え~っと……」


 彼女は頭をぼりぼりと掻いて、いかにも言いにくそうな様子を演出する。

 さらに、表情には苦悶を交える。

 一体なんだろうか?


「マギー、何か仰りたいならはっきりしなさい。時間はあまり残されてませんし」

「時間……そっすね。ルーレンと一緒にフォートラム学院へいくんすよね。寮ではどうなるんですか? 別々に?」


「わたくしに(あて)がわれる部屋は個人部屋だそうです。使用人はまた別に部屋があるそうで、そこで待機することになるようですわ」

「そうっすか……それでも、今よりもルーレンと一緒にいる時間や距離が近くなるわけですね?」

「おそらく、そうなるかと」

「そう……」


 マギーはルーレンに姿を見られたくないのか、壁に寄り添い体を隠して、哀しみを帯びる瞳でルーレンが懸命に荷物を詰める姿を見つめる。

 そして、振り絞るように、俺へこう訴えてきた。



「き、気をつけてください……」


 それはまさに喉奥から絞り出したと言っても過言ではない、痛みと苦しみの交わる声。

 言葉を漏らした途端、彼女は自身のエプロンの両端を強く握り締めた。

 そして、瞳をルーレンから外して、自身の言葉を恥じるかのように顔を歪める。

 俺は、このマギーの言葉と態度で悟った。



(こいつ、至ったのか!? アズール殺しの犯人に!?)


 以前も少し思ったが、猪武者のような性格に見えて、こいつは想像以上に(さと)い。

 時間はかかったが、マギーは正解を導き出した。

 アズールを殺害したのはザディラの手違いのせいではなく、ルーレンの手によるものだと。


 だが、そうだと知っても信じたくない思いが彼女の心を苦しめて、それが苦悶の表情として表れる。友達を疑う自分の姿に恥じた様子を見せる。

 それでも、シオン()のことを心配して何とか言葉を渡そうとした。

 しかし、その言葉はあまりにも(つたな)く、理解が及びにくいもの……普通ならば。

 

 だが、俺はすでに知っている。ルーレンがアズールを殺害したことを。

 だから、わかる。



 マギーは言葉の中に含まれた意図が伝わらなかっただろうと思い、強く目を閉じて謝罪を口にした。

「すみません、変なことを言って。俺の勘違いということもありますし。でも……くそっ!」


 真相に気づき、友を犯人と知る。

 それでも信じたくない。ましてや、友は自分を犯人に仕立て上げようとしていた可能性もある。

 だから信じたくない。

 だけど、ルーレンが誰かの命を奪う可能性があるならそれを伝えたい。

 葛藤が、マギーの心を引き裂く。


 俺は彼女の純白の心に敬意を払いつつも、大いに利用できると判断した。

(剣の腕前はルーレン以上。なかなか(さと)く、誠実。是非とも俺の手に置きたい。ならば、どうする? どう答えを返す? 決まっている。誠実な相手には誠実で返す……俺なりの誠実でな)



「マギー、わかっています」

「――――っ!?」


 マギーをまっすぐ見据え、ただ一言返した。

 だが、その一言で十分すぎる答えだった。

 この一言で、マギーの信じたくない真実がはっきりとした形で姿を現したのだ。

 これが俺の誠実。

 優しさで彼女を包むのではなく、現実を突きつけることで彼女の当惑を断つこと。

 しかし、そこにはまだ迷いが残る。そいつをここで取り除く。


「ですが、相手が一人とは限りません」

「それって……」

「ライラを頼みましたよ、マギー」

「――はい!!」


 これでマギーから迷いが消えた。彼女にはアズールを守り切れなかった後悔の念が残っている。

 それをライラを守ることで晴らさせてやる。さらには、目的を与えることで迷いを忘れさせてやれる。



――シオンお嬢様、準備が整いました――


 玄関先に待たせてある馬車のそばからルーレンの声が響いてきた。

 俺は去り際に、マギーへ問い掛ける。

「今のわたくしの腕前で、勝てる思いますか?」

「え? ま、まさか、シオン様が腕を磨いていたのって?」

「そういうわけではありませんが、結果的にそうなりそうですわね。それで、あなたの見立てでは?」

「……無理です」

「そう。でしたら、あなたの前だけでは、今のわたくしの本当の姿をお見せしましょう」


 俺は扇子をパチリと閉じると、マギーへ襲い掛かった。

 不意の攻撃であっても彼女は突き出された扇子を躱すが――。


「――っ!? これは……武装石のナイフ?」



 武装石――自分の体力を武具へ変化させることのできる魔石。

 隠し持っていた武装石をナイフに変化させて、彼女のつま先そばに突き刺し、動きを縫い留めた。

 彼女へ短く言葉を渡す。

「今の、見えまして?」

「い、いえ、全く。なるほど、稽古の時とは別物ですね。これがシオン様の本当の実力」

「ふふ、あくまで不意を突いてですが」

「だけど、それでも、ルーレンには……」

「ナイフの動きは見えなかったのでしょう?」


「それはまぁ。でも、刺す気(●●●)なら気配でわかりましたよ」

「その気配、消すのは得意なんですのよ」

「得意って……殺意や敵意を消すってのは、かなり特殊な訓練をしないと無理ですよ。それなのに」

「生まれつき影の薄い人もいますから。わたくしはその部類なんでしょう」



 マギーは手を振って『いやいやいやいや』という態度を見せる。

 もちろん、影が薄いから気配を消せるわけじゃない。これは殺し屋時代に磨いたスキル。

 俺はナイフに変化させた武装石を靴であらよっと(すく)い上げて、石に戻った武装石を懐へ戻す。

 

「単純な戦闘力はルーレンの方が上。ですが、今の動きをあなたにも見切れなかったというなら、ある限定条件下であれば十分に機能します。それがわかれば十分」


「その限定条件下ってのは?」

「ふふふ、秘密です。あまりルーレンを待たせるわけにはまいりません。では、ライラのことを頼みましたわよ、マギー」

「はい、任せてください。次は必ず守り抜きます。シオン様もお気をつけて」

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ふふ、殺し屋令嬢と併せて、現在連載中の作品ですのよ。
コミカルでありながらダークさを交える物語

牛と旅する魔王と少女~魔王は少女を王にするために楽しく旅をします~

お手隙であれば、こちらの作品を手に取ってお読みなってくださるとありがたいですわ。
それでは皆様、ごめんあっさーせ!
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