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殺し屋令嬢の伯爵家乗っ取り計画~殺し屋は令嬢に転生するも言葉遣いがわからない~  作者: 雪野湯
第二幕

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第十四話 何か企んでそう、裏切りそう

――――次の日、早朝



 屋敷の中庭……ここは中央に噴水があり、その周りを花壇が囲むというオーソドックスな金持ちの中庭の光景が広がる場所。

 その隅っこで、俺は元傭兵であるメイドのマギーに稽古をつけてもらっていた。

 

 上は白いジャージ、下はめちゃダサなかぼちゃパンツみたいな履き物。その姿で木刀を持ち、黒のワンピースに白いエプロンというクラシカルなメイド姿のマギーに飛び掛かる。

 

 右肩から左腹部へ抜ける袈裟(けさ)切り――それをマギーは一歩引いて避け、こちらへ突きを放つ。

 そいつを左足で蹴飛ばし、その勢いで体を回転させつつも右手に持った木刀で地面に転がっていた小石をマギーの顔へぶつけたが、彼女はそれを軽々とかわして、スッと俺の肩に木刀を置いた。


 炎のように真っ赤な長い髪を持つマギーは、輝く太陽のようなオレンジ色の瞳に俺の姿を映して、貴族に仕えるメイドらしからぬヤンキー風味の笑顔を見せる。

 


「へへ、俺の勝ちっすね」

「ええ、そのようで。わたくしではあなたの足元にも及ばないようですわね」

「そんなことないっすよ。稽古を始めてひと月ほどなのに、ぐんぐん腕を伸ばしてますし」

「メイド姿のままで相手にしてらっしゃるあなたから言われましても、説得力に欠けますわ」



 セルガと相対したときは赤い軽装鎧を纏っていたマギー。しかし、俺を相手にするマギーはメイド姿。

 つまり、その程度で十分と言えるほどの実力差があるわけだ。

 マギーはポリッと頬を掻いて申し訳なさそうな態度を取る。


「さーせん、朝の仕事のことを考えると着替えが面倒なんで」

「ふふ、いつか万全の姿で相手させてあげますからね」

「あはは、意外と負けず嫌いですね、シオン様は。でも、稽古だからこんな感じですけど、実践なら油断できなさそうな雰囲気はありますけどね」

「あら、どうしてそうお思いに?」


「以前、棒切れを使ってシオン様から指導を受けた時もそうでしたが、シオン様って相当実践レベル高いんですよ。今も攻撃の最中(さなか)、地面の小石を確認してぶつけてきましたし。周囲をよく見ていて、それをすぐさま活かせるとか」

「自分ではあまりピンときませんが、世界一の剣士であるお父様の血でしょうかねぇ?」


 もちろん、セルガの血ではなく、俺の殺し屋時代としての経験だ。

 マギーは世界一の剣士という単語を耳にして、僅かに眉を曲げる。

 正式な決闘といえ、彼女の父親はセルガに殺されている。

 そのため、セルガに向けられる世界一の剣士という言葉に何か思うところがあるようだ。



 稽古は終わり、俺は木刀をマギーへ返す。

 そのマギーは俺の(から)となった手を見て、鋭い質問をしてきた。

 それに俺は冷静に対処する。

「いつも手にしている扇子……あれ、羽根扇に見えて、実は鉄扇。武具ですよね?」

「……ええ、そうわよ。良く気づきましたね」

「軽い羽根扇ように扱っているみたいですが、それにしては手首にかかっている力が強いように見えましたから、それで……」

「なるほど、戦士の目は誤魔化せませんか」

 


 この分だと、セルガにもバレバレのようだ。

 彼女は問いを重ねてくる。

「どうして、暗器のようなものを? まさかと思いますが……何か不安なことでも?」


 この問いの意味――これは、アズールの死と直結している。

 俺が何らかを感じ取る、もしくは知っている。

 つまり、自分もしくは家族の誰かの命が狙われていることを知っていて、自分の身を守るために羽根扇にみせかけた鉄扇を用意したのではないのかと、彼女は勘繰っている。

 

 そして、この問いをするということは、アズールの死をザディラのミスではなく、何者かによる殺害と見ているということ。

 こいつ、猪武者かと思っていたが、なかなかの洞察力の持ち主のようだ。



 彼女の問いに答える。

「記憶を失い、この屋敷で得た情報は後継者争い。その中には自分が含まれる可能性があります。また、周りにいる人たちは見知らぬ人ばかり。頼れるのは自分だけ。そのために、こっそりと身を守る方法を確保したんですのよ」


「そうだったんですか。あの、その鉄扇はルーレンをお供にして購入したんですよね? ってことは、ルーレンもこのことは?」

「ええ、存じていますわ」

「そうですか。フフ、信頼されているんですね、ルーレンは……あの、いえ……」



 彼女は悲し気な笑いを見せて、こちらに口を開こうとしたがすぐに閉じた。

 そして、眉をひそめて難しい顔を見せている。


「どうされました、マギー?」

「いえ、こうやって稽古をつけてるんで、少しはシオン様の信頼を得てるかなと思ってたんですけど、やっぱルーレンとは違うんだなと思ったら、ちょっと寂しくて」

「……そう?」

「あはは、嫉妬なんてみっともないですよね。あの、それじゃ、仕事があるんで、お先に失礼します!」


 彼女は木刀を二本持って、足早に中庭から立ち去る。

 その後ろ姿を見つめ、俺は思う。

(嫉妬ねぇ。実のところは、何か言いたいことがあって、それを誤魔化したように見えたが……)



――――セルガ執務室


 朝食後、セルガから魔法使いのスファレを紹介される予定なので、ルーレンを伴い、三階の南西に位置する彼の執務室へ訪れる。

 てっきりルーレンも一緒に執務室へ入るのかと思いきや、彼女は仕事があるからと言って、俺を置いて立ち去った。


 メイドはあまり執務室へ入ることがないと聞いているが、彼女の様子から、掃除以外での出入りは許されていないということだろうか?

 俺はノックをして返事を待つ。

 セルガの声が返り、中へ。

 広々とした室内。来客用の漆黒のソファには誰かが座っている。

 そいつはソファから立ち上がり、少々のんびり口調で挨拶をしてきた。



「やぁ、久しぶりだね、シオン様。おっと、記憶を失って僕のことは覚えてないんだっけ? じゃあ、改めまして、僕は氷蝕(ひょうしょく)の魔法使いスファレ。よろしくね」


 漆黒の外套を纏い、両肩には白と黒が混ざり合う羽根を付けた、ぼさぼさ青髪の男がシオンの名を呼ぶ。

 セルガと比べると身長はさほど高くなく、160cm半ばだろうか。その彼の瞳へ顔を向ける。


 糸目の狐顔。そのため、瞳の色はわからない。

 軽薄そうな言葉遣い。そして、糸目の狐顔をまじまじと見る。そこから男の印象を思い描こうとしたところで、スファレの早口声(はやくちごえ)が飛ぶ。



「今、何か企んでそう! 裏切りそう! と思ったね!!」

「いえいえいえいえ思ってませんわよ! ぎりぎり」

「ぎりぎり!? ま~ったこれだよ!! 糸目に対する偏見はほんとう~に悲しい! この五百年間、初めて会う人みんな! あ、何か企んでそう。って感じの顔を見せるんだよ。幼い頃も実の親から、あんたなんか企んでいない? とか言われるし!!」


「で、ですから、思ってませんから。ぎりぎりで」

「その、ぎりぎりでって何? 思うとしてたんでしょ。つまり思ったんでしょ!?」

「えっと、なんでしょうか? とりあえず、謝った方がよろしいのかしら?」



 初対面の男相手に妙な話で盛り上がりを見せている。

 そこに、執務椅子に座るセルガが小さな嘆息を挟み声をかけてきた。


「ふぅ、スファレ。毎回同じことを行い、飽きないのか?」

「持ちネタみたいに言うのやめて、セルガ様!!」

「ネタでも何でもいいが、話が進まない。ともかく、シオン、彼が魔法使いのスファレだ」


 奇妙な勢いに呆気にとられた俺は、軽い咳き込みをして気持ちを入れ替える。

「ごほん、記憶を失う前のわたくしとは面識があるようですが、こちらも改めてご挨拶を申し上げますわ。わたくしはシオン=ポリトス=ゼルフォビラと申します。よろしくお願いしますわね、スファレ様」

「うわ~、話には聞いてたけど、本当に性格も口調も変わってるんだね。あ、僕のことはスーちゃんでいいよ。以前のシオン様も僕のことをそう呼んでいたから」

「え、そうなんですか?」


「スファレ、くだらない冗談を言うな」

「チッ――」


 セルガに注意されて舌打ちを見せるスファレ。こいつ、どうにも軽い人物のようだ。

 彼は祈るように両手を握り締めながら、こちらへ懇願の声を上げてくる。

「シオン様、お願い! スーちゃんが駄目ならせめてスファレで。(さま)とか堅苦しくてやってられないんだよ~」

「はぁ、それではスファレさんで……」

「さん、かぁ……まぁ、そこが落としどころかなぁ」



 そう言いながら、彼はソファの表面を人差し指でグニグニと押していじけた様子を見せる。

 とりあえず、彼をそっとしておいて、俺はセルガへと顔を向けた。

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ふふ、殺し屋令嬢と併せて、現在連載中の作品ですのよ。
コミカルでありながらダークさを交える物語

牛と旅する魔王と少女~魔王は少女を王にするために楽しく旅をします~

お手隙であれば、こちらの作品を手に取ってお読みなってくださるとありがたいですわ。
それでは皆様、ごめんあっさーせ!
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