第十三話 老獪
セルガは下準備について触れる。
「今回の件はあくまで下準備。つまり、まだ正式に参加するつもりはない。これは参加するための準備という訳か」
「ええ、だって、わたくしにはレースで戦える後ろ盾がございませんから」
「その後ろ盾はどうするつもりだ? まさか、ドワーフたちというわけではあるまい」
「もちろんです。ですが、ドワーフの皆様は現在、誰の手もついていない貴重な人材とみています。ですので、今のうちに丸ごと頂こうかと思いまして」
「上を見ずに、下を見て、その力を得るか。悪くない着眼点だ。ふふふ」
いつもの能面顔の男の姿は消え失せ、セルガは俺との会話が楽しくてしょうがないという態度を見せる。
その姿に俺は、こいつってこんなに感情豊かな奴だったのか、と驚かされる。
彼は人差し指で机をトトンッと素早く叩き、後ろ盾について言及してきた。
「問題は支える力だ。後ろ盾の当ては?」
「ありません」
「それはそれは面白い。つまりだ、私がお前のレースの邪魔をしないために意見を汲んで、奴隷たちに甘い顔を見せたとしても、後ろ盾が見つけられなかった場合、私が汚名を着るだけとなるわけだ。いや、むしろ着させたいのか」
「あら、まさか、そんなつもりはございませんわよ」
「フンッ、小賢しいことを。さらにそれだけではない。続く、ドワーフへの助力。これは良い柱石だ。仮に、お前の後ろ盾ができず、私が汚名を着ただけとなった時に大きな意味を持つ」
彼はにやりとした笑みを見せる。
それに俺もまた笑顔で答える。
まぁ、なんというか、セルガじゃないがこのやり取りを俺も楽しんでいる。これは中身の年が近いせいかもしれない。
彼はこう言葉を続ける。
「自分で口にするのもなんだが、私の壁は厚い。だが、この汚名で綻びが生まれる。その綻びに穴穿ち、切り崩すためにドワーフに力を蓄えさせて、その力を借りるというわけか」
「さぁ、どうでしょうか? 力尽くではまだまだお父様には届きませんし」
「まだまだ、か。だが、きっかけの一つになる。シオン、お前はレースの参加表明の下準備と言ったが、これらは少し違うな」
セルガは笑いを収め、瞳に殺気――いや、殺意を籠めて睨みつけてきた。
「お前は、この私から椅子を奪うつもりだな?」
「――――っ!?」
不意の殺意を前にして、恥ずかしくもお漏らしそうになった。
次の答えいかんによっては、この場で手打ちにされてもおかしくない空気が辺りに漂う。
相手は世界一の剣士であり、それに見合うだけの気配を纏う。
だがな、こちとらただの十四歳のガキじゃねぇ!
中身は四十過ぎのおっさんで、正気を失うくらい血と臓腑に塗れた道を歩んできた裏の世界の人間。
だから次は、俺がお前の器を試す!
「レースに参加できるなら、それで良し。ですが、できなければ別の方策が必要になりますわ。フフ、何か問題ありまして、お父様?」
この返し刃に、彼は殺意を降ろして椅子へ深く腰を掛けた。
「ふふ、椅子を譲られなければ、奪うというわけか。ならば、問題はない。ゼルフォビラの一族を束ねるとなれば、それほどの我欲がなければ務まらぬ。ただし、それは己の才と釣り合えばだが?」
「重々承知の上です」
「良いだろう。私はレースを舞台下で見つめる者。レースに参加する者の邪魔をするわけにはいかない。他の兄妹たちにも自由にさせてきたわけだしな。ドワーフの待遇については報告書通りに。あとは、シヤクだったか? この者のことも今回は不問としよう」
「感謝いたしますわ、お父様」
俺は多様なフリルのついた青いスカートの端を掴んで頭を下げつつ、心の中で声を産む。
(理由はわからないが、やはりレースとなると何もできないようだな。さらには、そのために汚名を着る器もある。才気さえあれば、自分の椅子を奪おうとしても問題ないと言える器もある。さて、問題は口出ししない理由なんだが……ここで聞いていいものやら)
はっきり言えば、さっさと聞きたい事柄。
だが、息子が殺されても動かないセルガの意図が読めないため、そこに言い知れぬ恐怖が付きまとう。
なぜ、ルーレンがアズールを殺害していると気づいているのに動かない?
ルーレンはレースに関係ない存在のはず。
まさか、ルーレンもまたセルガの子で、ゼルフォビラ家の血を引いているからとかじゃないよな?
それとも、シオンがレースで有利になるために行ったこととして、不問にしているのか?
そうなると、俺はルーレンと組んで弟殺しを行った身になるんだが……今後、影を落とさない人生を送りたい俺としては嫌な誤解だ。
なんにせよ、安全確保もできていない以上、深く食い込むには材料が少ない。それでも……俺は表層を撫でる程度の質問を口にした。
下げていた頭を上げて、セルガを見つめる。
「お父様は、どうしてそこまで傍観者を演じるのですか? 最悪、わたくしのせいで汚名を着るかもしれませんのに?」
「それがルールだからだ。いや、私自身ルールを理解していないというのが正解か」
「ん、仰っている意味がわかりません?」
「何が正解で、何がルール違反なのかはわからない。そういうことだ」
「……え?」
まったくもって要領を得ない返答。
セルガは何かのルールに縛られている……のか?
そして、そのルールの内容がわからないために行動ができない?
では、そのルールは何のためにあるんだ? 誰が制定したんだ?
(くそ、やんわり質問したが、余計にわけわからんことになっただけだな。ただ、わかったことは、このゼルフォビラ家では、何かしらの事象が起こっていることを補強したくらいか)
これ以上、質問を重ねても無駄と思い、俺はもう一度だけ頭を下げて、部屋の扉へ向かおうとした。
そこに、セルガの声が背中に当たる。
「十四歳の娘にしては老獪。そう感じさせるやり取りだったぞ、シオン」
――――こいつっ!?
彼の言葉に、体中の産毛が逆立ち鳥肌を生む。
それでも俺は笑顔を生んで、答えを返す。
「もう、老獪はあんまりですわ。お父様」
「ふふふ、娘にそれは褒め言葉にならぬか。そうだ、シオン」
「はい、なんでしょうか?」
「明日の早朝、魔法使いのスファレが来る」
「ああ、三日前に話されていた方ですわね」
「紹介するので、明日は朝食を取り次第、執務室へ来なさい」
「わかりましたわ、お父様」
軽い会釈を見せて、部屋から出る。
出たところで、扉へ背中を預けて、大きく息を吐いた。
(老獪、だと? まさかと思うが、俺の中身に気づいてるんじゃ? さすがにそんなわけは……仮に様子がおかしいと感じても、中身が四十のおっさんなんて、そんな馬鹿な発想はしないはず)
俺は頭を軽く横に振って、あり得ない想像を振り落とす。
そして、明日のことを考える。
(魔法使い……スファレと言ったか。一つの町を消す飛ばせる魔法使い様が一体何用で? それに何故、俺に紹介しようとする? 駄目だな、わけのわからないことばかりだ。わからないうちは動けない。できるのは逃げ道の確保だけ)
命を助けてもらったシオンには悪いと思いつつも、俺は身の安全の確保を第一に考えて、今後の方策を練ようと誓った。




