第十一話 セルガだけじゃない……
俺はシヤクから意識を外し、こそりと背後にいるドワーフたちへ意識を飛ばす。
先ほどまで賑やかだった若いドワーフたちは、優しかった俺の豹変ぶりを覗いて緊張に身を固めている。
彼ら相手に取っつき易い貴族様を演じても良かったのだが、ドワーフたちのやり取りを見て、それを改めた。敵であるセルガを恐れつつも褒める様子から、彼らは力ある者を好む傾向にある。
そうである以上、あまり取っつき易い貴族を演じられない。
締めるべきところは締める貴族であることは見せておかないと。
俺は土下座をして体中を震わせているシヤクへ瞳を落とす。
(せめてドワーフの前で、俺の言葉を遮る真似さえしなければなぁ。運の悪い奴。諦めて俺の糧となってくれ、南無南無)
心の中で念仏を唱え、アンニュイに警備兵を呼ぶように命じようとした。
すると、そのアンニュイがシヤクの嘆願に回る。
「シオン様、シヤクの罪は明らかでございますが、何卒死罪だけはお許しになっていただけませんか?」
「わたくしとて、できればそのような裁可を下したくはありません。ですが、セルガの名代である以上、わたくし個人の問題ではなく、領主の名誉が掛かっておりますから」
「もちろん、重々承知の上です。それでも、彼は病気の母を養っております。彼を失えば、母は! ですから、その母に免じて何卒何卒!!」
病気の母、と来たか。ドワーフたちへ視線をちらり。
母のことを聞いた彼らは同情する雰囲気を醸している。特に女連中が。
人間から散々な目に遭わされている割りにはお優しいことで。
ドワーフと言うのは見た目の力強さと比べて、情け深い種族なのか?
そうだとすれば、実に素晴らしい種族だが、彼らの恨みつらみを利用したい俺としては都合が悪い。
(ま、そこは負の感情を炊きつければ問題ないか。今、問題となるのはシヤクの扱い……困ったな。この分だと、強く刑を伝えれば、彼らの目には毅然なシオンよりも無慈悲なシオンと映ってしまう。しゃーない、予定を変えるか。セルガを生贄にしよう)
「アンニュイさん、それは領主セルガの名誉よりも重きことですか?」
「そ、それは……」
「ですが……」
俺は一歩前にでて、小刻みに震えるシヤクを見下ろす。
「彼を失えば、病に倒れている母が御心を痛めるでしょう」
俺はすっごく重苦しい雰囲気と深く考える素振りを見せる。
「父は規律を重んじるお方……それでも、残された母の心を思えば、わたくしの心が痛みます。それにわたくしはすでに、同じ痛みを知っている方を身近に知っていますから……」
それはダリアのことだ。
あいつは息子のアズールを失って病んでいた。
俺は自分の母とシヤクの母を重ね合わせた振りをして、とても憂いの帯びる表情を見せる。
この名演技を前にして、誰もが押し黙る。
若いドワーフや炊事のドワーフたちの中には、母を思う俺の優しさに涙ぐんでいる者もいる。
自分の演技の効果を十分に確認してから、シヤクへ刑を伝える
「わかりましたわ。父が赦されるかは難しいところですが、ここはわたくしが独断で裁可を下し、最小刑である棒打ち五回とします。事後になりますが、わたくしが父を説得いたしましょう」
この言葉に、ドワーフたちやアンニュイはほっと胸を撫で下ろし、シヤクは涙ながらに感謝を述べて、それは棒打ち五回を受けている間も続いた。
こうして、無慈悲なセルガから母思いの罪人を守るために、慈悲に心を満たす貴族の少女シオンを演出して幕は閉じる。
――つまらない刑が終わり、報告書をまとめるために屋敷へ戻ろうとすると、傍に立っていたルーレンがこっそり尋ねてきた。
「大丈夫なのですか、独断で判断なされて? セルガ様はお優しい方ですが、シオンお嬢様の仰る通り、規律には厳しいお方でもありますよ。多くの嘆願を受ければ、多少は減刑されるかもしれませんが、さすがに最小刑で済まされるかどうかは……」
「病気の母を出されては強く推せませんよ。ふと、ダリアお母様のことを重ねてしまいましたし。わたくしは嫌われていますが、それでも、愛する息子を失った母の姿を思い描きますと、心に疼くものがあります。もう、お母様のような御姿を増やしたくはありませんから……」
「シオンお嬢様……」
血の繋がりはなく、厳しく当たってくる義理の母。
だが、今は弱く、息子を失ったショックに臥せっている。
そんな母を思う心にルーレンは深い優しさを見たのか、暖かな笑みを見せる。
しかし、すぐに顔を引き締めて、言葉を続ける。
「シオンお嬢様、懸念はもう一つございます」
「あら、なんですの?」
「ドワーフの待遇改善のことです。いくら全権を委任されたとしても、難しいと思います」
「それはどうして?」
「奴隷に優しくする貴族など、あってはならないからです」
「……なるほど」
これは序列の話。
今の地球では考えられないだろうが、一部の場所とはいえ、過去にはあったこと。
貴族が家畜の如き奴隷に慈悲を掛けるなど、不名誉極まりない行為。
高潔なる一族は下々を見ずに、眸子を高く遠くへ向けるもの。
「ですので、シオンお嬢様。失礼ながら、このままでは双方ともに成し難いと思います。何か策をお考えになさった方がよろしいかと」
「フフフフフ、お気遣いありがとう、ルーレン。ですが、心配無用ですわよ」
「シオンお嬢様?」
彼女の懸念に対して、思わず笑いが零れる。
何故ならば、こんな説得、朝飯を食うよりも簡単なことだからだ。
訝しがるルーレンへ言葉を渡す。
「わたくし、お父様が返す言葉もなく、納得しちゃう魔法の言葉を知ってますから」
――場を立ち去るシオン・残されたドワーフたち。
ラテライとゲンテンは棒打ちを受けたシヤクを見ている。
彼は背中を打ち据えられ立てずにいたが、寝転ばず座り込んでいるため、思いのほか傷は重くないようだ。
これに安堵した様子を見せるラテライ。
「あの様子だと大したことなさそうだね。嫌な奴だけど、病気のお母さんを残してってのはちょっとね。いやはや、シオン様がお優しい方で良かった」
「優しいもんか……」
「え?」
「なんでもねぇ」
「そうかい? だけど、セルガ様にはどう報告するのかね? あのお方はザディラ様みたいに無体な真似をするお方じゃないけど、規律には厳しいからねぇ」
「あのお嬢ちゃんなら……いや、シオン様なら説得できるだろ」
「おや、珍しいねぇ。あんたが誰かを認めるなんて。セルガ様以来じゃないかい?」
ラテライの声にゲンテンは答えず、すでに影もないシオンの姿を思い浮かべる。
――猫族のドワーフルーレンを見た時のゲンテンの言葉。
『そうか、戦士の一族が女中の真似ご――っ!!』
(この時、俺を見つめたお嬢ちゃんの瞳……冷たく淀んだ瞳。あれはガキが見せる瞳じゃなかった)
――ドワーフの若者たちが口を滑らした後。
『お父様さえいなければ……と言ったところでしょうか』
『わたくしもそう思いますわ』
(わざと若い連中から本音を漏らさせた話術。それに気づきながら、言及するどころか同ずるような言葉。さらに、その後の会話。暗に示すだけのやり取り…………後継者争い、か。妾の子と聞いちゃいたが、それに参加しようってのか?)
彼はここで眉を折る。
(それに、俺たちの協力を得るつもりなのか? まさか、力尽くでセルガを追い落とすってわけじゃねぇだろうな? わからねぇ。ただ言えるのは――)
ここで再び、この言葉が頭に響く
――お父様さえいなければ……――
(セルガだけじゃねぇ! シオン=ポリトス=ゼルフォビラもいる! あいつも稀代の傑物だ! さすがはあのセルガのガキだぜ。長男・三男と当たりを引いて、次女までかよ!)




