第八話 馬鹿な夫さん
倉庫から離れ、ドワーフの男たちが船の修繕に精を出している港へ。
倉庫からそこまで離れていないので、馬車を使用せず徒歩で向かう。
向かうメンバーは、案内人のシヤク。俺とルーレン。そして、ドワーフの女たちを仕切っているラテライと炊事担当のドワーフ数名。
彼女たちは男のドワーフに昼食を届けるために、飯盒のようなボックスを抱えて同行をしている。
その飯盒の大きさと量はかなりのもので重たそうだが、彼女たちはドワーフ。
ルーレン同様、女性でも力持ちで疲れを覚える様子はない。それどころか、何やら会話が弾んでいる様子。
それはいつもの不味い食事とは違い、今日は美味しい料理を男たちへ振舞うことができるからだ。
――街の東岸に位置する波止場
別大陸からの船を迎えるだけあって、船着き場は大規模。
俺が見ている場所だけでも五本もの波止場があり、さらに離れた場所にも波止場が設けられている。
そのうちの一本は修繕が必要な船たちの寄り場となっており、海から地上へと伸びるスロープの先には船を収容する倉庫がいくつも並ぶ。
波止場はコンクリート製と思われる。
コンクリートと言えば近代的なイメージが先行するが、実は九千年前からある代物。
もっとも、五世紀にその製法は失われ、復活したのはそれから千年以上経った西暦千七百年頃と最近になってしまうが。
灰白色のコンクリートから瞳を船へ移す。
大型中型小型の木造船の中に、大型の真っ黒な鉄船が三隻ほど混ざっている。
この様子から、馬車を走らせている世界の割に技術水準は高く、明治か大正並みはあるようだが……もしくは造船技術だけが進んでいるとか?
この疑問は波止場を仕切っている者へぶつけよう。
そう考えたところで、その仕切り主である、ちょび髭のちょい太めで毛髪が五月雨な親父がこちらやってきた。
「あらあら、初めましてシオン様。私は修繕課の工員長アンニュイと申します。この度は査察ということセルガ様から伺っており、私が詳細をお渡しするために赴いた次第です」
彼は見た目に反し、なよっちい感じの声を出してぺこりと頭を下げてくる。
これに挨拶を返す。
「これはご丁寧に。わたくしはシオンですわ。早速ですが、木造の船に混ざり、全て鉄でできた船があるようですが、あれは特別製でして?」
「ええ、あの三隻は外洋専用船なんです。別大陸に渡る途中に厳しい海路がありまして、そこは木造船では難しく、そのため専用の船をドワーフの技術を基にし、我ら人間の魔導技術を組み合わせて造船したのです」
「ドワーフの?」
「はい、残念ながら鉱石の扱いや金属製品の扱いと、それに魔石を組み合わせた技術は今をもってしても人間の技術を上回っていますから」
「そうですか」
「ですが、機関部分は人間の技術です。魔石が生み出す熱によりタービンを回しております」
「なるほど……石炭の代わりに魔石を使った蒸気エンジンと言ったところか」
「はい?」
「いえ、なんでもありません。それよりも、修繕に従事するドワーフたちの仕事ぶりを拝見させていただきますわ。と言っても、今からお昼でしょうけどね。ふふ」
俺はラテライの持つ飯盒に視線を飛ばして笑う。
これにアンニュイの方はどう反応を見せていいのか戸惑っている様子。
俺はもう一度、アンニュイに言葉を掛けようとするが……。
「アンニュイさん、休憩中でも構いませんから、お話を聞きた――」
「アンニュイさん、シオン様はお話を聞くだけでも構わないそうですよ」
三度目――シヤクが俺の声を遮る。
これに、ルーレンのこめかみに血管が浮き出るが、俺は手のひらを見せて制し、再度、アンニュイに頼む。
「はぁ、まったく。お話を聞きたいだけですから、お構いなく」
俺のため息交じりの声にアンニュイは瞳を泳がせつつも、ちらりとシヤクに視線を振った。
その視線の中身は『貴族の言葉を邪魔するなんて何考えているんだこいつ?』のようだが、彼は余計なことは口に出さず、俺たちをドワーフの男たちが休憩を取っている場所へと案内することにしたようだ。
――修繕中の船の前・ドワーフ男たち
波止場のスロープ近くに木造船が置かれ、スロープの先にある広場には修繕用の資材が積まれてあった。
その資材の上に男のドワーフたちが腰を掛けて、喫煙用のパイプを片手に紫煙を上げている。
彼らの姿を見たアンニュイは慌てた様子でドワーフたちに声をかけた。
「ほらほら、あなたたち! シオン様がいらっしゃってるのよ! 立ちなさい!!」
アンニュイはなよっちい声にさらに輪をかけたようななよっちい声を張り上げる。
その声に気づいたドワーフたちは慌てた様子で立ち上がり、パイプから火種を手のひらに落として消そうとした。
それを俺は止める。
「楽にしてください。これからお昼なんでしょう? その食事の合間に少しだけお話を聞きたいだけですから」
この言葉に非礼はあってはならないとアンニュイは何かを口しようとしたが、先んじて俺はラテライに言葉を掛ける。
「ラテライさん、お昼を」
「え?」
「そのためにあなたは来たのでしょう?」
「ええ、そうですが……よろしいので?」
「構いません。ほら、お昼が冷めてしまいますわよ」
「そ、それでは……ほらほら、みんな、男どもに食事を配ってあげな!」
貴族のシオン相手に敬語を使っていたラテライは、炊事仲間の女たちに威勢の良い声を飛ばす。
これが彼女の本来の姿なのだろう。
その声に、一人のドワーフの男が声をかけてきた。
「うん、今日のかーちゃんは随分と元気がいいじゃねぇか?」
「あんた! シオン様の前だよ!! ちゃんとおし!!」
鼻から顎に掛けて白髭を生やし、身長は低いながらも筋肉の塊のようなおっさんがラテライから怒られている。その丈夫そうな肉体から、奴隷とはいえ肉体労働者にはそれなりの食事量を与えているようだ。
また、掛け合いの様子から二人は夫婦と思われる。
怒られたおっさんドワーフはオレンジ色の薄手のターバンを頭から取って、サイドと後頭部だけに髪が残る、Uの字のハゲ頭を見せて頭を下げた。
「あ、こいつは申し訳ねぇ。シオン様、罰するなら俺だけでかーちゃんは見逃してやってください」
「そのようなつもりはありませんわ。お二人は夫婦なんですの?」
「まぁ、そんな感じでさぁ」
「ふふふ、仲がよろしいのですね」
「そんなわけねぇですよ、余りもんを俺が貰ってやっただけで、がははは!」
「あんた!!」
「ごふっ!!」
ラテライの右拳が夫のみぞおちへと決まり、彼は体をくの字に曲げた。
さらにラテライは、両膝をどさりと地につけた彼の数少ない白い頭髪を握り締め、額を地面へ叩きつけて謝罪をしてくる。
「本当に申し訳ございません!! 馬鹿な夫でして!! ほんとに、ほんとに、ほんとに、ほんとに! このダメ男は!!」
「が、ぐ、ぎゃ、ぐげ、ごが、のご!」
コンクリの地面に額を打ち据えるたびに、馬鹿な夫さんの短い悲鳴が響く。
「ラ、ラテライさん、謝罪は十分ですわ。落ち着きなさって。このままだと旦那様がお亡くなりになりますわよ」




