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殺し屋令嬢の伯爵家乗っ取り計画~殺し屋は令嬢に転生するも言葉遣いがわからない~  作者: 雪野湯
第二幕

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第五話 ブラック企業

――倉庫内



 扉を開けるとすぐに香辛料の香りが鼻についた。

 それはとても刺激的で、俺は反射的に扇子で鼻を隠す。


「匂いが籠ってますわね」

「そうですか? まぁ、貴族であるシオン様にはちょいときついでしょうが、私たちは慣れっこですよ」


 シヤクは俺のことが気に食わないのか、微妙な棘を含む言葉を吐く。

 傍に控えるルーレンは表情を変えず、こめかみに血管を浮かせる。

 彼女は一言二言、シヤクに言いたかっただろうがぐっと口を閉じた。


 それは、俺が小さく左手を振って制止したためだ。

 まだ会って数分程度だが、この手の人間は言葉で言った程度ではまったく理解できないタイプだとわかる。

 もし、理解させようとすると思いっきり痛い目に遭わせる必要がある。


 しかし、のちのち必要になる人材ならともかく、今日限りの付き合いのためにそんな労力は使いたくない。



 俺はシヤクの言葉を無視して、倉庫内をさっと見渡す。

 長机がずらりと並び、その机の横にドワーフの女たち並んで作業を行っている。

 年は子どもから年寄りまでと幅広い。


 全員、背はルーレンと同じく低く、身長は140cm程度。だが、ルーレンのように耳は尖っていない。

 彼女は自分が猫族のドワーフであり、かつて猫耳があったがそれを失い、今は尖った耳がその名残としてあると言っていた。

 他のドワーフの丸耳を見るかぎり、その通りのようだ。



 その普通のドワーフの女たちは、木箱に入った香辛料を運び、取り出す役目。

 それを仕分ける役目。そして、仕分けられた香辛料を袋詰めや瓶詰にする役目に分かれて作業を行っている。

 仕分け役と梱包役たちは、長机の前で一言も発することなく黙々と作業を行う。

 彼女たちは一様に生気がなく、非常に疲れているように見えた。


 実際に、痩せた者が多く、指先が疲労に震える者や、眠気で虚ろ虚ろとしている者などがいる。中には死人のような雰囲気を醸す者も……。

 それを監視役と思われる男が、背中を棒で小突いたり、怒鳴り声を上げて叩き起こし、作業に戻していた。


 多少、生気のある者すら見知らぬ俺たちがやって来てもほとんどがこちらを見ることもなく、ただただ作業に従事している。

 まるで亡霊のように……。



 ルーレンは同胞の過酷な労働環境にそっと目を背けた。

 そんな彼女を横目に、俺は心の中でほくそ笑む。

(こりゃ、思ったより楽な仕事になりそうだ)


 俺はシヤクへ声をかける。

「ドワーフたちの待遇を尋ねたいのですが、一日どれほど働かせているのですか? 休みはどの程度で? 休憩時間は? 食事は日に何度でして?」

「えっと――あ、工員長!」



 シヤクは俺の問いかけを無視して、前からやってくる青色の作業着を着た五十代の男性に小走りで駆け寄った。

 どうやら彼にとって、貴族の小娘よりも工員長とやらの方が大事のようだ。


 工員長のおっさんはシヤクから話を聞くと、慌てた素振りを見せてこちらへやってきた。

「シオン様、申し訳ございません! お出迎えも満足にできなかったようでして!!」

「いえ、気にしておりませんわ。どうやら、お忙しいようですわね」

「恥かしながら不備があり、早急に解決しなければならない案件がありましたので。シオン様への非礼なんと詫びをすればよいのか……?」


 そう言って、工員長は深々と頭を下げた。

 この男、シヤクとは違い、最低限の礼儀を弁えている。

 彼は頭を戻すと、さらに謝罪を交えながら自己紹介を行った。


「失礼、名を名乗っていませんでしたね。私はこの倉庫街の管理を任されています、工員長のキルデと申します」

「キルデさんね。よろしくお願いいたしますわ」

「こちらこそ……あの、アズール様のことをお悔やみ申し上げます。才あるお方だったというのに残念でなりません」

「お心遣い、痛み入ります、キルデさん」


 沈痛さを表すためにしばしの間を置き、俺は先程シヤクに尋ねたことをキルデに尋ねようとしたのだが……。


 

「キルデさん、早速ですが尋ねたいことがありまし――」

「工員長! シオン様はドワーフたちの待遇を尋ねたいようですよ!」

「あの、シヤクさ――」

「労働時間、休み、休憩時間、食事の回数を知りたいそうです!」


 俺の声を遮って、シヤクはハキハキと工員長キルデへ説明を行った。

 本人はできる男のつもりのようだが――馬鹿じゃないだろうか。

 一度だけ注意をしてやる。


「シヤクさん、わたくしが話しますから」

「あ、すいません。でも、俺はシオン様の手を煩わせたくなくて」


 謝るだけにすれば良いのに、つまらない言い訳を一摘まみ……こいつ、アホすぎる。

「シヤクさん、わたくしはセルガの名代。わたくしの言葉はセルガの言葉。それを遮った意味を理解していますの?」

「え、え、え?」

 理解できず戸惑うシヤク。そこにキルデは慌てて話に割り込む。


「も、申し訳ございません! これは私の教育が至らないためです。誠に申し訳ございません!」

 彼は無能な部下を庇うために懇願を籠めて何度も頭を下げる。

 この様子だと普段から彼がシヤクを庇っているのだろう。


 キルデは身分差をよく理解して、さらに部下思いで良い奴のようだが……彼の優しさのせいでシヤクは機会を失った。

 学ぶという機会を……。


 俺は謝罪はもう結構と、閉じた扇子を横に振る。

 そして改めて、ドワーフの待遇について尋ねた。



 尋ねた内容は以下の通り。

・一日の労働時間。

・休憩時間。

・休日。

・食事の回数。


 因みに、この世界アルガルノもまた地球と同じ時間と日付に十二進法を利用していて、一日の長さは同じ二十四時間。

 自転周期は同じのようだが、一年は358日で7日短い。また、一年は12か月と同じだが、二月だけが28日間で残りは全て30日間。

 一週間は六日で地球よりも一日短い。



 運よく地球と同じ時間である十二進法が採用されていたので、多少の差異があっても受け入れやすい。

 何故、異世界でありながら地球と同じ十二進法を採用しているのか疑問だが、おそらく、公転周期に微妙な違いはあっても自転周期が地球と同じであるため、時間の数え方は十二進法に落ち着き、それに日付も合わせたのだろう……ということにしておこう。こちとら、専門家ではないので。



 工員長キルデはドワーフの待遇についてこう答えを返す。

・朝7時から22時までの15時間労働。

・休憩は正午に30分。17時に15分。

・休みは週一日。祝日なし。年末と年始の三日は休み

・食事は朝昼晩の三回。


 これらを地球……主に日本基準で考えてみる。

 15時間労働で休憩は計45分――日本だと6時間労働の場合、休憩は45分。8時間超えると1時間。

 休憩時間は足りてない。


 さらに、8時間超えた時間を残業とした場合、ひと月で156時間程度の残業。

 日本は原則として月の残業時間は45時間まで。過労死ラインと言われる残業時間は80時間……ブラックにもほどがある。



 休みは週に一日。しかし、週は六日しかないので、地球に合わせると週五日勤務で普通っぽいが、ひと月で見ると休日は五日しかない。しかも祝日は無し。


 食事は一日三回とこれは普通。食事内容はわからないが……。


 全体的に見て、殺し屋をやっていた俺よりも待遇が悪い。裏切り防止のためか、福利厚生は手厚い組織だったので。

 もちろん、仕事柄、二十四時間フル稼働連続勤務五日間なんてこともちょくちょくあったが、その分休日も多かった。



 ドワーフの待遇を聞き終えて、もう一度、倉庫内を見回す。

 過酷な労働環境下。そこには若者だけではなく、老人や幼さの残る少女までもが多く混ざっている。


「キルデさん、子どもや老人も同じ条件で働かせているのですか?」

「いえ、体力だけが取り柄のドワーフでもさすがに老人と子どもは耐えられない様子で、すぐに死んでしまうので仕事量は半分程度にしております」

「そうですか……ですが、若者や大人であっても、これほど厳しい待遇では死者も出るでしょう」

「ええ、でますが、替えは利きますし」



 頓着もなく答えるキルデ。

 ドワーフの命を備品の摩耗程度にしか考えていない。

 工員のシヤクも何を当たり前なことを、といった態度を取る。

 二人の様子から、これがドワーフに対する人間の態度のようだ。

 キルデの心無い言葉に、ルーレンは悲痛な面持ちを見せて黙っている。


 そんな彼女には悪いが、俺としては大収穫とも言える情報。

 これほどの無体な待遇、態度を取っているならばドワーフたちの不満は(おり)のように溜まっているはず。

 ドワーフ――元戦士であり、人より強く、現状に不満を持つ存在。大いに役に立つ。

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ふふ、殺し屋令嬢と併せて、現在連載中の作品ですのよ。
コミカルでありながらダークさを交える物語

牛と旅する魔王と少女~魔王は少女を王にするために楽しく旅をします~

お手隙であれば、こちらの作品を手に取ってお読みなってくださるとありがたいですわ。
それでは皆様、ごめんあっさーせ!
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