第四十五話 四人の証言
俺は今回の事件について、自分の足を使い調べていた。
まずはマギーから。
メニセルについて彼女に尋ねる。
「あなたがメニセルを潰していた時、熟していなかったのですわね?」
「ええ、もちろんっす。そこはしっかりと確認していましたから。メニセルを受け取るときに、料理長も確認してますし。潰してるとき一緒にいたルーレンも確認しています」
「そうですか。あなたとルーレンはずっと一緒にいたのですか?」
「はい。あ、いえ、一度、ルーレンだけを残して俺は使用人の給湯室に行きました」
「どのようなご用向きで?」
「お茶を入れるための火が無くてお湯を焚きに。固形燃料を持ち出すのを忘れてたんで、それで」
「それならば、調理室からお借りすれば良かったのではないかしら?」
「いや、その時には俺もルーレンもメニセルの匂い塗れで、調理室に入れなかったんです」
「なるほど、それで給湯室に。その間はルーレンだけに?」
「はいっす」
この会話で得た情報は二点。
マギーが磨り潰しているときのメニセルは熟していない。ルーレンと料理長も確認しているのでこれは確かのようだ。
そして、マギーは一度離れ、ルーレンだけになった。
次に、中庭でザディラから怒鳴られていた出来事を尋ねる。
「そういえば、催事の数日前に中庭でザディラお兄様からお怒りを買っていましたけど、あれは一体?」
「あ、見てたんですね。ルーレンと一緒に調理室から出たゴミを捨てに行くとき、俺が中庭を通ってショートカットしようとしたせいです」
「ルーレンは反対しなかったのですか?」
「しました。だけど、俺が無理やり」
「そう。結果、それがお兄様に見つかり、お怒りを買った?」
「はい」
これはあの時も予想していたこと。問題はその後だ。ものすごい剣幕だったザディラは急に矛を収めて、二人が通り抜けることを許可する。さらには笑っていたようにも見えた。
「質問を重ねますが、お怒りの内容はそれだけ? 他にお兄様とどのようなお話を?」
「横切ろうとしていたことも怒ってましたけど、それにも増して、メニセルを捨てようとしていたことにも怒ってました。だから、メニセルが余ってることと、大量摂取するとお腹を下すことがあるので置いていても仕方ないことを伝えたんです」
「説明したのはあなた? それともルーレン?」
「俺っす」
「そう……説明をしたということは、お兄様はメニセルについて詳しくなかったのですね?」
「ええ、そうなると思います」
マギーとの会話で得られた情報。
ルーレンと一緒にメニセルを捨てに行く。
その際、マギーが中庭を通ることを提案。ルーレンは反対するもマギーが押し切る。
しかしザディラに見つかる。
ザディラはメニセルの効果を知らず、マギーの説明によって知る。
ここからは俺の主観となるが、説明を聞いたザディラは二人が去った後、笑っていたように見えた。
いや、笑っていたのだろう。
あの時の彼は、催事の日にメニセルのお茶をアズールに大量摂取させて、恥をかかせてやろうと企んだ。
これについてはザディラも同じ証言をしている。
恥をかかせてやるつもりで殺す気はなかったと……。
――次に料理長から話を聞く
まずはマギーから聞いたゴミ捨てについて尋ねる。
「ゴミ捨てはどういったもので?」
「生ゴミや先日の備品点検でいらなくなった古い調理器具などの粗大ゴミの処分です。それをルーレンとマギーに捨てさせました」
「ルーレンとマギーの二人が捨てる準備を?」
「いえ、マギーは遅れてきましたので……いや、違ったか。あれはルーレンの勘違いだったはず」
「勘違い?」
「どうも、ルーレンが約束の時間を間違えていたようで、マギーは遅刻をせずに来たのですが、それを遅刻したと勘違いしていたんですよ」
「なるほど。では、結局のところゴミをまとめていたのはルーレンだけでして?」
「はい。それでその時にルーレンが余っていたメニセルを見つけてこれをどうするのかと尋ねられ、ついでに捨てさせました」
「そう……その後は?」
「ルーレンがまとめたゴミを外に運び出します。それで本当の約束の時間よりも早くやってきたマギーと一緒に、ゴミ捨てに行ったみたいですね」
「料理長は二人がゴミ捨ての途中で、ザディラお兄様からお怒りを戴いたことは?」
「ええ、マギーとルーレンから聞きました。マギーが誘ったみたいですが……はぁ、あんときルーレンにしっかり釘を刺しておけば、ルーレンも気をつけたかもしれないのに」
「ん、それは?」
「いえ、大したことじゃないんですが、ルーレンが外に出る際に中庭を通るなよと注意しようとしたんです。ですが、それが届く前に出て行ってしまったんで。おそらくですが、さぼっていると思い込んだ私とマギーの鉢合わせを避けるためでしょうね。今思えば、ルーレンは少し急ぎ足だったように感じますから」
「なるほど、そういった事情で注意が届かなかったわけですわね」
これらに加え、催事当日、メニセルの匂いが他の食材に移ることを嫌いマギーを調理室の外へ追い出す。
その際、メニセルを確認。もちろん熟していない。つまり、毒性のないメニセルだ。
これは他の料理人も確認しているので嘘はない。
料理長も確認していたというマギーの証言とも合致している。これで料理長による手違いの可能性は潰れた。
――次にメイドのシニャから話を聞く
彼女はルーレンに頼まれて足りない椅子を屋敷から持ち出そうとして、たまたまザディラを見かけ、彼がメニセルの匂いを纏っていたことに気づいた女。
彼女はこう話す。
「備品点検のチェックミスで、私がルーレンの後始末をすることになったんです」
「チェックミスとは頻繁にあるものなの?」
「いえ、そんなことは。ただ、あの日ルーレンは、アズール様からお叱りを受けて、おまけに茶器を壊してしまい、その罰でチェックが遅れて杜撰になったみたいですね」
備品点検の日。
俺はルーレンに会計監査院から持ち出した書類を戻す振りをして、アズールに手渡すことを頼んだ。
それはうまくいき、その後ルーレンは、アズールが残していった茶器の片付けを始めたのだが、その茶器を落として割っている。
そのことが尾を引いてチェックが遅れ、杜撰になったようだ。
――最後にザディラと話す
彼はメニセルの副作用を知り、公衆の面前でアズールにお漏らしをさせようという下らないことを企んだ。
だが、彼が使用したメニセルは熟しており、毒性を持っていた。
それにより、アズールは死亡。
ザディラはメニセルの効果について詳しくない。
知っているのはマギーから聞いた腹を下すという話だけ。
つまり、彼の証言に偽りはない。殺意はなく、ただ恥をかかせたかっただけ。
毒を盛るときの話について、彼に尋ねる。
「お兄様はどうやってメニセルを入れるつもりだったんですの?」
「マギーとルーレンがずっといたからな。だから何とか隙を見つけて入れるつもりだった」
「その隙はどうやってお作りになるつもりで?」
「それは悩んだ。しかし、悩むまでもなく、その機会が訪れてな」
「その機会とは?」
「マギーが離れてルーレンだけになった。そのルーレンも猫を追い払うために離れた」
「なるほど……その猫はどんな猫でした?」
「いや、わからない。私のいた場所から猫は見えなかったからな」
「そうですか。その後、お兄様は屋敷を通って着替えに戻ろうとした。どうして、屋敷の中へ?」
「ちょうどメニセルを入れた頃にルーレンが戻ってきたんでな。慌てて離れようとしたがルーレンがいる方角には逃げられない。だから、屋敷を通って自室に戻り、メニセルの匂いがついた服を処分して、新しい服に着替えようと考えた。あの日は、屋敷内に人はいないはずだったからな」
「そうですか、参考になりましたわ。失礼します、お兄様」
「ま、待て、シオン! 私はアズールに恥をかかせたいだけで殺す気はなかった。それはわかってくれるな?」
「ええ、もちろんですわよ。これは悲しい事故のようなもの。お父様もそれは理解していると思いますわよ」
「そ、そうだよな。そうだ、これは事故だ! 私まだ終わっていない。終わってなんか……そう……終わるはずが……私はゼルフォビラ家の……それに……」
ぶつぶつと下らぬ言い訳を行うザディラに背を向けて離れる。
さて、気持ちを入れ替えて、今回の騒動をまとめ、それをルーレンへ繋げよう。




