第三十九話 ゴミ捨てと小物
――少し前・調理室
ルーレンは数日前に行われた備品点検の延長で、調理室の備品を確認し、そのついでに古くなった調理器具や使われない箱などのゴミをまとめていた。
すると、狸腹が目立つぽっちゃりな料理長がちっちゃなルーレンへ声を掛けてくる。
「かなりの量だな」
「え? あ、はい。でも、今日はマギーさんにもお手伝いを頼んでますから」
「頼んだわりには来てねぇようだが? あいつ、またさぼってんのか?」
「えっと、あはは」
肯定も否定もしにくく、ルーレンは笑って誤魔化し、話題を変えようと瞳を振る。
そこで、とあるものが目に入り、それを指差す。
「あれ、まだたくさんありますね」
あれと言われたのは小さな粒のような黒い果実・メニセルと呼ばれる香辛料。
磨り潰し、お茶として楽しみことができるのだが、独特の味と香りが人を選び、この屋敷ではアズール以外嗜まない。
また、大量に摂取するとお腹を下し、さらに放置して熟してしまうと毒性を持つ。その状態で大量に摂取するとお腹を壊すどころか死に至る厄介な香辛料。
料理長は大量に余っているメニセルの箱を見つめ大きな息を吐く。
「はぁ、数日前に廃棄したがそれでも残っていてな。まだまだお茶にするには問題ないくらい新鮮なんだが……アズール様だけじゃこんなには消費できねぇしなぁ」
「では、ついでに持って行きましょうか?」
「ああ、頼むわ。そこにある木箱の分だけでいいから」
「はい、わかりました」
ルーレンはメニセルが入った木箱を円柱状の青いゴミ箱の蓋の上に置いた。
ゴミ箱の中はゴミでぎっしり。
しかし、力持ちであるドワーフルーレンはその重みをものともせずに持ち上げて、調理室の出口へ向かい外へ置いた。
そこでルーレンはちらりと遠くへ視線を振るったかと思うと、早足に調理室へ戻り、残った使わない調理器具や木箱など重ねて手早く持ち出し、料理長に挨拶を返す。
「では、ゴミを出してきます」
「おう、頼んだ。それと言わなくてもわかっているだろうが――」
料理長は何かを言わんとしたがそれは最後まで届かず、ぱたんと扉は閉じられてルーレンの姿が消える。
彼は軽く肩をすくめる。
「中庭を通るなよっと……はぁ、ま、いいか。マギーと違いルーレンはしっかりしてるからな。まったく、ドワーフなのがもったいない」
――調理室、外
ルーレンは扉を閉じてほっと一息。そして、顔を振った。
振った先にはマギーの姿。
ルーレンはマギーに対して、小声で非難交じりの声を上げる。
「マギーさん、遅いですよ」
「あれ、約束の時間よりも早く来たつもりだけど?」
「え、そうでしたっけ? ごめんなさい、私、勘違いしてたみたいで」
「あはは、まぁいいよ。おかげで料理長に顔を合わせずに済んで、口うるさいことを言われなかったからな」
「料理長さんはマギーさんを見ると必ずお小言を口にしますからね。それに私が時間を間違ってマギーさんが遅刻してると言ってしまいましたし。このままだと料理長さんの雷が落ちると思って、慌てて扉を閉めちゃいました」
「あははは、それはしゃーねぇよ。俺は遅刻の常連だしな」
ルーレンは一つ目のゴミを外へ出した時に、マギーの姿を目にしていた。
そこで慌てて二つ目のゴミを回収し、料理長の言葉を最後まで聞くことなく扉を閉じた。
それは、マギーと料理長が顔を合わせないようにするため…………。
マギーはすでに表に出されたゴミたちを見る。
「ゴミは全部外に出したのか?」
「はい」
「そうか、悪いな」
「いえ、私が時間を間違っていただけですし」
「ふふ、良い子だな、ルーレンは。ほれほれ」
「ちょ、ちょっと、なんでほっぺたをつつくんですか?」
マギーはルーレンの健康そうな褐色肌の柔らかほっぺを人差し指でぷにぷにと押す。
それに口で嫌がる素振りを見せるルーレンだが、どこか嬉しげでもあった。
「まぁ、なんにせよゴミ出しの準備をルーレンにさせちまったから、代わりに重い方を俺が持つよ」
「いいんですか? じゃあ、私がゴミ箱を持ちますから、マギーさんは古くなった調理器具を、使わない木箱に詰めて持ってください」
「おう、わかったぜ。ん? ルーレンのゴミ箱の上に載ってんのは……メニセルか」
「はい」
「あ~、また余ってんのか? いい加減購入量を調節しねぇとなぁ。アズール様以外飲まないんだし」
「ですね」
「なんであんな臭くてまずい飲み物を好むかなぁ。アズール様は舌馬鹿で鼻が腐ってんじゃないのか?」
「マギーさん、言い過ぎです」
「へいへい、気をつけますって。じゃ、よいせと」
マギーは軽い掛け声とともに古い調理器具で満たされた木箱を持ち上げた。
そして、左側を向いて歩きだそうとする。
それをルーレンが止める。
「ちょっと、マギーさん」
「いいじゃねぇか。中庭を通った方が近いんだし」
「だからって」
「とやかく言われたら俺がうまく誤魔化してやるから、ほら行くぞ」
「もう、マギーさんったら」
ルーレンはがくりと頭を落とし、渋々とマギーの後について行った。
――中庭
二人はゴミを抱えて中庭を横切る。
しかしそこには、東屋で惚けているザディラがいた。
ザディラはぼやけた視界に映る二つの影に気づく。
目をこすり、彼はしっかりと影を見た。
そこに居たのは二人のメイド。
それもただのメイドではない。
一人は下賤なドワーフ。もう一人は傭兵上がりの下品な女。二人とも何故か父セルガが直接雇用してきたメイドたち。
彼は二人の姿を見て、自分の大切な時間と場所を奪われたような錯覚に見舞われた。
そう感じた理由の中には、マギーがアズールのお付きメイドであったこともあるだろう。
アズールの関係者が自分の時間と場所を奪った。
本来ならば、自分に話しかけることも関わることも許されない下賤なドワーフと下品な傭兵が自分の邪魔をした。
彼は、全身の血液が一気に沸騰したかのような感覚を覚え、感情的な声を上げる。
「貴様ら、どういうつもりだ!?」
突然の大声にルーレンは体を凍りつかせて、歯からカチカチと不規則な音を奏で始める。
その様子を見てマギーは眉を曇らせ、いかにも『しまった』という表情を見せた。
彼女はルーレンを庇うように前に立ち、ザディラに挨拶を交わす。
「これはザディラ様。何か御用ですか?」
「御用じゃない! メイド風情が中庭を横切るんじゃない! ここは家族の者たちの憩いの場であり、客人の目と心を休ませる場だぞ。それを――」
「今は客人はいないし、ご家族がいるときに通ってはいけないなんていうルールもないでしょうよ。それに、お館からは通ってもいいという言葉は貰ってるし」
「――なっ!? こ、この、父上に拾われたからと言って調子に乗って」
「別にそんなつもりじゃ……」
「いいや、貴様は調子に乗っている。だからこそ、いつまで経ってもそんな不遜な――って、ちょっと待て、貴様ら、こ、これはどういうことだ!?」
彼は怒りに顔を真っ赤にし、そして震える指先でルーレンのゴミ箱に載るメニセルを指差した。
「こ、これは、私が取引している香辛料じゃないのか? 何故それをゴミと一緒に運んでいる。ま、まさか、貴様たちも私を馬鹿にして――!!」
「何を言ってんのかさっぱりなんですが? こいつはあれですよ。アズール様が良く飲んでるお茶のメニセル」
「メニセル? メニセルというとあの臭い茶か? なぜか、アズールがよく飲んでるな。それをどうして廃棄しようとしているんだ?」
「このお茶ってアズール様しか飲まないでしょ。それなのにアズール様が無駄に購入するんですよ。だからダダ余りでして、たまにこうやって廃棄するしかないんですよ」
「無駄に購入して私の大切な香辛料をゴミにしているのか? どこまでも忌々しいアズールめ! ならば、ここにあるメニセルを全部あいつに飲ませろ! それで解決だ!」
「飲ませろって、そんなことしたらアズール様、トイレの住人になっちゃいますよ?」
「は、どういうことだ?」
「え、知らないんすか? このメニセルって一度に大量摂取するとお腹を下すんですよ。だから、あんまり飲ませられないんです」
「腹を、下す?」
「ええ、こっちとしては何とか控えさせたいんですよね。今でもトイレの住人になるほどじゃないですが、よくお腹を下してますし。でも飲むのやめないんですよ」
「…………なるほど」
「ザディラ様、どうしたんすか?」
「いや、そういった事情があるなら仕方がない。今後は購入量を考えろとアズールに伝えておけ。それと、貴様たちも無闇に中庭を通るんじゃない。今回は特別に見逃してやるから、行け!」
「え、そっすか、ありがとうございます。やったな、ルーレン。行こうぜ」
「は、はい。で、ではザディラ様、失礼いたします」
ルーレンはよほどこの場から離れたかったのか、挨拶もそこそこで足早に中庭を去っていく。
その後ろを追いかけるようにマギーが着いて行く。
ザディラは二人が消えていく姿を――見ていなかった。
彼は振り返り、東屋へと戻っていく。
肩を揺らしながら……。
(フフフ、まさか、あいつが飲んでいるお茶にそんな効果があったとは。クク、アズールめ。晴れの大舞台で恥をかかせてやるぞ。この私が味わった屈辱を超える恥辱をな! ふふふふ、はははは、あははははは)




