第三十八話 見間違いかしら?
中庭から響く、突然の怒声。
――貴様ら、どういうつもりだ!?――
この声は――ザディラ?
俺はすぐさま席を立ち窓に寄った。
イバンナが目尻を鋭く上げているが、手のひらを向けてどぅどぅと落ち着かせる…………全然落ち着かないが無視して窓の外を見よう。
――窓から見える中庭
ザディラが東屋から離れ、中庭の隅に立っている。
その前には二人のメイド。
ルーレンとマギーの姿。
二人はザディラから荒げた声をぶつけられている。
恐怖に固まるルーレン。
マギーはルーレンの前に立ち、アズールの相手をするかのように飄々とした態度を見せつつ、ザディラに何やら説明をしている様子。
あいつはどんな相手だろうと態度を変える気はないらしい。
俺はルーレンへ視線を移す。
ルーレンは大きな青色のゴミ箱を手にしている。
マギーの傍にもゴミ箱。こちらは粗大ごみの類。
ルーレンが持っているゴミ箱は以前調理室で見たもの……ここでピンときた。
(ははぁん、マギーのせいだな)
おそらくだが、料理長からゴミを出すように二人は言われた。
ルーレンは当然、中庭を通らず遠回りをしようとしたはず。
しかしマギーがそれを嫌がり、近道である中庭を横切ろうと無理を通した。
このことは料理長とルーレンの会話から推測できる。それはこの場面だ。
――調理室・ルーレンがゴミを出しに行こうとした場面。(※第十二話より)
「ルーレン! 右回りだぞ!!」
「はい、マギーさんがいませんから大丈夫です!」
――その後の料理長からの説明。
「ゴミ捨て場は中庭を挟み、さらに蔵を挟んだ先にあるんですよ。厨房から出て左に向かい、すぐまた左へ曲がれば中庭に出ます。そこを横切るとゴミ捨て場への近道となりますが、中庭はお屋敷の方々が使用することが多いので。また、来客の方がいらっしゃったりするので、使用人はなるべく通らないようにしているんです」
「だから遠回りになろうとも右側から?」
「ええ、屋敷をぐるりと回る形になりますので、かなり遠回りになりますが」
「なるほど、その中庭は主に誰が利用しているんですの?」
「早朝は旦那様が。昼前はザディラ様。昼から午後に掛けてはアズール様ですね」
「時間帯は違えど、現在屋敷にいる家族の半数が利用しているわけですか」
「今は誰もいませんが時間帯によってはお屋敷の方々の邪魔をしてしまいますので、普段から習慣づけさせております。それでも遠回りを嫌がり、つい中庭を横切る者もいまして……主にマギーですが」
――――――
この時の会話を思い出して、マギーがルーレンの言うことを聞かずに中庭を通ったのだろうと推測したのだ。
で、この時間帯はザディラいたので見つかり不興を買った。
いくら惚けていたザディラでも、メイドが中庭を不躾に横切る姿を見逃さなかったわけだ。
マギーが一頻り説明を終えると、ザディラは不満を露わとしながらも如何にも鬱陶しそうに手のひらを振って二人を解放した。
思いのほか物分かりが良い。
アズールにしてやられた腹いせにもっと長時間ねちねちと二人をいじめるかと思ったが……意外とマギーは説得がうまかったりするのだろうか?
俺は立ち去る二人に視線を振ってから、次に肩を震わしながら歩くザディラを見つめる。
遠目からはよくわからないが…………笑っている?
そんな馬鹿な! と、もっとよく見つめようとしたとき、家庭教師イバンナの雷が落ちた。
「シオンさん、シオンさんっ、シオンさん! シオン!!」
「ええっ、呼び捨てですか?」
「早く座りなさい! まったく、すぐにさぼろうとする」
「さぼってるわけではありませんわよ。気になりませんか? 突然の怒鳴り声って?」
「なりません! あなたにはやるべきことがあるでしょう。早く座りなさい!」
「うへ~」
「なんですか、その態度は? 貴族の令嬢ならば不満も華麗に表しなさい」
「あら、華麗ならよいのかしら?」
「駄目です。座りなさい」
「ぐぬ……」
この人、ちょっと苦手なタイプだ。
こちらが言葉尻を捉えようとも、そんなもの無視して容赦なく自分の意図を通すタイプ。
正しい対応だけどな……。
仕方なく、彼女に従い席に着く。
(ま、今の状況下でザディラが笑うなんてないから見間違いだろうな)
こうして俺はお勉強の時間に戻ったのだが……この出来事を軽視したことがとんでもない事へと繋がっていく。




