第二十九話 いがみ合う兄弟
その後、夕食へ。
食卓は昨日と同様に緊張を交えた報告会。
ザディラが意気揚々と商売が好調であることを語り、アズールはそれに茶々を入れつつもどこか苦虫を潰したような顔を表す。
二人はゼルフォビラ家の跡取り候補にしてライバル関係。
アズールにとって次兄ザディラの活躍は苦々しいもののようだ。
その様子に気づいたザディラは追い打ちを掛けるようにアズールの感情を逆撫でする。
「おやぁ、どうしたアズール? なんだか気分でも悪そうだが?」
「……気のせいだよ、兄さん」
「そうかぁ? あははは、まぁ、焦る気持ちはわからないでもない。だが、お前はまだ子どもだ。ゆっくり学び、ゆっくり歩むが良い。あははははは!」
馬鹿笑いを上げるザディラの姿にアズールは小さく舌打ちをして、か細い声を漏らす。
「チッ、調子に乗って。だけど僕だってすでに兄さん以上の後ろだ――っ!!」
彼は途中でぐっと口を閉じて言葉を押さえ込む。
そして、すぐさまザディラの顔を見た。
彼は相変わらず馬鹿笑いを上げている。
それに安堵した様子を見せて、次に両隣に座る母と妹をちらりちらりと見る。
母は少々呆れた様子でザディラを見ている。
妹の方は、彼の視線に気づいたが反応を見せない。
今の言葉、母には聞こえていないが妹には聞こえていたようだ。
しかし、妹のライラは関知する気はないという態度を取っている。
さらに彼はこちらにも視線を振ったが、俺は先程の言葉が聞こえていない振りをした。
アズールは軽く鼻から息を抜いて、すぐに腹立たしさを表しつつも食事へ戻る……彼が思わず漏らしてしまった言葉。
途中で切れてしまったが、おそらく『後ろ盾』だろう。
つまり、こいつはこいつでこっそり世継ぎレースの準備をしているということだ。
感情的になってこんな大事なことをぽろりと口から漏らすようでは甘々だが、くだらない自慢話に酔うザディラよりかはマシだな。
報告会を終えて、食事も終わりを迎える。
その間際に、セルガがこうザディラに伝えた。
「今年も私が行おうと思っていたが、七日後の商工会の催事の準備はザディラに引き継がせるとしよう」
「え!? は、はい、父上!!」
催事? 何かあるのだろうか?
それについて後ろに控えるルーレンへ尋ねようとしたところでアズールが声を荒げて席を立ち、それにザディラが大声をぶつけた
「お待ちください、父上! 何故、ザディラ兄さんが!? 催事の準備ならば僕が!!」
「黙れ、アズール!! 父上がお決めになったことだぞ!!」
「クッ! ですが、父上!!」
「ザディラは商工会とも親交が深い。そして、港町ダルホルンの顔役として育ってきているようだからな」
この褒め言葉に、ザディラは口角をこれでもかと上げたドヤ顔を見せて、アズールへ笑い声を贈る。
「ククク、そういうことだ。子どもは大人しく勉学に励むがいい。ゆっくりな、ククククク」
「ぬ~~、父上!」
「アズール、お前はまだ若い。機会は別にある。だから焦る必要はない」
「しかし!!」
「くどいぞ」
「ぐ……わかりました、父上……」
セルガに一睨みされたアズールは言葉を降ろした。
沈黙が、ザディラのニヤけ顔とアズールの悔し顔を包む中、俺は催事についてこっそりルーレンに尋ねる。
「ルーレン、催事とは何ですの?」
「一年に一度、商工会の皆様との交流会があります。そのことです」
「その準備に選ばれることは名誉でして?」
「小規模な交流会ですが、準備役。いわゆる主宰に選ばれるということはセルガ様に認められたことを意味します。長男であらせられるルガリー様も三男であらせられるトリューズ様も、過去に催事の主宰を務められたことがあります」
なるほど、主宰に抜擢されるということは跡取り候補としての登竜門のようだ。
だからザディラは浮かれ、ザディラを見下して優秀だと自負していたアズールは納得がいかない。
俺はルーレンへ礼を述べて、口元を押さえる。
歪む唇を隠すために……。
(クク、これはまた好都合。今日掴んだザディラの尻尾を最大限に生かせそうだ)
そう心の中で冷笑を生み、悔しさに拳を強く握り締め続けるアズールの姿を黝の瞳に映した……。
――自室
食事を終えて自室に戻り、今後の行動計画を簡素にまとめる。
明日、今日掴んだザディラの尻尾を利用して、失脚させる。
その場は夕食会となるだろう。
ただし、失脚させるために行動するのは俺じゃない。アズールだ。
今、アズールはザディラに対する嫉妬と悔しさに苛まれている。
この悪感情を利用しない手はない。
失脚ネタを与えれば、アズールは嬉々としてザディラを吊るし上げる。
それによりザディラはアズールを憎む。
華麗に矛先をかわした俺は、アズールを憎む堕ちたザディラを支え、今後は盾役兼神輿として担ぎ上げる。
ザディラを前に置き、ゼルフォビラ家の乗っ取り・崩壊の階段を昇っていくわけだ。
もし、途中で失敗したとしてもザディラを生贄に捧げればいいだけ。
うまく成功が続けば、タイミングを見てザディラを捨てるだけ。
俺は窓辺に立ち、暗闇に閉ざされた夜の中庭に光る小さな魔石を見つめる。
「まだまだ大雑把な仕掛けだがこんなもんだろ。ことが失敗しても、常に代役を用意しておけば問題ない。俺が無事である限り、何度でも仕掛けを産み出すことができるからな。フフフ」
笑いの中にアズールの姿が浮かぶ。
「フフフ、優秀なアズール。お前の才と愚かな驕りに期待してるぞ」
才ある無能者、アズール。
自らの才をひけらかせ、無用な敵を生む。
本当に賢い人物は才を秘めて、ここぞというところで見せつけるもの。
「まぁ、典型的な驕り高ぶる天才ちゃんだな。わかりやすく、利用しやすい。もし、少しでも、妹のライラのように兄を立てるだけの謙虚さあれば手強かっただろうが」




