第二十八話 どうして扇子なのですか?
――屋敷・夕刻
空と海が赤く染まり、薄らと星々が姿を現し始めた頃に帰宅。
すると早速ダリアが俺のことを咎めてきた。
俺とルーレンは彼女の私室に呼ばれ、勉強をさぼり外出したことへのお説教に耳を痛めることに……。
マーシャルから外出の意図は聞いているだろうが、そんなことなどお構いなしに彼女は責め立ててくる。
それをさらりと受け流す俺に彼女はますますご立腹。
しかし途中でこれ以上俺に説教しても無意味と考えたのか、矛先をルーレンへ向けた。
「ルーレン! あなたはどうして止めなかったの!?」
「も、申し訳ございません、奥様……」
「まったく、これだからドワーフを雇うなど反対だったんですのよ。そうだというのにあの人は……マギーの時といい、遊びが過ぎます!」
あの人とはもちろんセルガのことだが……つまり、異種族のルーレンや態度の悪いマギーを雇ったのはセルガというわけか?
いや、それは当然か。家長に当たるわけだし。
謎なのは、なぜ二人を雇ったのか、だ?
ドワーフへの差別意識が高いというのにルーレンを雇い、メイドとしての心構えの無いマギーを雇う。
マギーに関してはアズールを扱えるのは彼女しかいないという点もあるが、それでも意識が高そうなゼルフォビラ家が雇うような人材だろうか?
ルーレンに至っては敷居すら跨がせてもらえなさそうだが。
ガミガミと変わり映えの無いエンドレスな説教を繰り返すダリアを横目にそんなことを考えていた。
その説教もようやく勢いが衰え始めて、彼女は大きく息を吐く。そしてこちらへ顔を向けて、疲れた様子で再度同じ質問を漏らした。
「はぁ~……シオン、一体何のために町へ行ったのですか?」
「何度も申し上げていますが、屋敷に籠っているだけでは記憶の回復が滞ると思いまして。ですから、外へ出て脳に刺激を与え、少しでも早く回復に努めようと」
「記憶を失って一日目で籠るも何もないでしょう」
「……ふむ、言われてみればごもっともですわね」
「はぁ、なんておバカの子。頭痛がします」
「お薬を用意させましょうか?」
「結構よ!」
ダリアは大声を張り上げて、次はルーレンへ顔を向ける。
「ルーレン、日が落ちるまでシオンは外で何をしていたの?」
「それは……」
ルーレンは瞳を泳がせつつこちらを見た。
だけど俺は、その視線に瞳を合わせることなく、まっすぐとダリアを見つめる。
ここはルーレンの判断を見てみるとしよう。ダリアにどこまで情報を渡すのかを。
ダリアは声を荒げてルーレンに詰め寄る。
「ルーレン! 早く答えなさい!」
「も、申し訳ございません! シオンお嬢様は……お買い物をされていました」
「買い物?」
「こちらに領収書が」
ルーレンは領収書を白いエプロンのポケットから取り出して、そろりとダリアへ見せた。
ダリアはそれをぱしりと取り上げて、目を大きく開き領収書の但し書きを舐めるように見る。
「……扇子? なんのために?」
彼女はルーレンをちらりと見て、すぐに俺へ視線を動かした。
何やら惚けているようだが、理由はわからない。
とりあえず、質問に答えてやろう。
「お洒落のためですわ」
正直、この言い分だと妾の子の分際でと思われて咎められる可能性は高いが、他に言いようがない。
次のダリアの詰問を見て適切な言葉を返そう。と、思ったのだが……
「扇子が? お洒落? なぜ?」
「何故と仰られましても、社交界などでは女性たちがお持ちになっていませんか?」
「……ルーレン?」
「も、申し訳ございません。シオンお嬢様は扇子を大変お気に召した様子でしたので……」
何故か縮こまるルーレンに、頭を抱えているダリア。
こちらは訳がわからない。
ダリアは何度か頷くような様子を見せて、こちらへ言葉を返してきた。
「おそらく、貴族らしさを形から取り入れようとしているのでしょうね……恥だからやめなさいと言いたいですが、まぁ、良いでしょう。あなたの存在自体がゼルフォビラ家の恥そのもの。いまさらね」
ひどい言われよう。何故、扇子を一つ購入しただけでここまで言われなければならないのだろうか?
ダリアは再び領収書へ目を通す。
「大した品物ではなさそうね。わかりました、屋敷内で使う分は良しとしましょう。ですが、人前、特に他の貴族方の前で使うことは許しませんよ」
「え、はい……」
(なぜ、人前じゃダメなんだ?)
「もう、結構です。二人ともお行きなさい」
何故かダリアは呆れた様子で俺たちを追い払うように手を振る。
俺は何故に塗れながら、彼女へ会釈をして部屋を後にした。
パタリと扉を閉じて、ルーレンに尋ねる。
「扇子に何か問題でもありますの?」
「それは、えっと、慣習として、既婚者がお持ちになることが多いので」
「既婚……ああ、それで」
どうりでダリアが戸惑うはずだ。
十四歳の少女が既婚者のようなファッションをしようとしているわけだからな。
だが、問題ない。扇子を持つことで余計な虫が近づかないというなら悪くない。
見た目は少女だが中身は四十のおっさん。虫に寄られても困る。
しかしだ――
「ルーレン、できれば購入の際に教えて欲しかったですわ」
「申し訳ございません、シオンお嬢様。お嬢様のご機嫌がすこぶる良いようでしたので、言い出しづらく……」
「そうでしたか。たしかにあの時は少々舞い上がっていましたしね」
ザディラの尻尾。武装石。扇子を隠れ蓑にした武器の調達。
浮かれていたのは確かだ。ルーレンはそんな俺の心を冷ますのに躊躇したようだ。
「お気遣い痛み入ります、ルーレン」
「そ、そんな、ただただ申し訳ないかぎりですから」




