第二十七話 慣習
失態はあったが、万屋で目的だった武装石を見つけることができた。
今のところ、俺には剣や槍といった大型の武装は生み出せないが、小型ナイフ程度なら産み出せる。
試しに使ってみたが、殺傷能力は十分。
小さい武装石から変化する小型のナイフ。暗器としては最適だろう。
だが、ここで一つ問題が……それは武装石を購入したことがダリアに筒抜けということ。
ルーレンのために、という名目で誤魔化してもいいが武装石の購入自体を言及されるのは具合が悪い。
秘密の武器というのは秘密であるからこそ役に立つ。
だから――
俺は店内をざっと見回す。
そこで目についたのが二つの扇子だった。
一つは装飾品コーナーにあり、黒い羽根に包まれたもの。持ち手の近くには赤い宝石があり華美な装飾が施され、大仰に飾られてあった。
もう一つの扇子は銀色の金属製で武具のコーナーにあり、こちらもまた大仰に飾られてある。
そこからかなり価値のある武具だということが見て取れる。
腕を伸ばして手に取ると、ずしりと重い。
手をさっと振り、扇子を広げる。
光沢のある銀色にうっすらとした青色の膜。光にかざすと青の膜は水が流れるような文様を表す。
「イナバさん、これは武器ですか?」
「ええ、そうっす。玉鋼で作られちょって先端や刃になっちょー。表面はアポイタカラとミスリルの合金でコーティングされちょって、広げて盾に使えば剣や槍や弓を防ぐことも可能。それ相応の腕力は必要っすが」
どこかで聞いたことのある材料。玉鋼はともかく、残り二つは物語なんかで聞き覚えが……。
「フフ、伝説の金属のオンパレードですわね」
「おや、お分かりに? こちらでは珍しいらしゅう、知らん人が多いんですが」
「そうなんですの? ルーレンも?」
「ミスリルは知ってます。加工しやすく魔力を帯びた貴重な金属ですし。玉鋼に関しては別の大陸で使われているというのを。あぽいたから? というのは聞いたことがありません」
「ルーレンも知らない材料ですか。本当にいろいろな物がありますね、このお店は」
この言葉にイナバは背中をのけ反り胸を張る。
「わーのお店は世界中の道具を扱うちょるけぇ。そうだ、化粧品や貴金属類にご興味は? こちらの大陸にないモノばっかりっすよ」
「化粧品に貴金属ですか? 惹かれますがそれはまたの機会に。なんにせよ、こちらの武器はかなりの貴重品というわけですわね。となると、結構なお値段が……」
ちらりとイナバへ視線を送り、値段によっては購入の意思があると訴えてみる。
すると彼は、長い耳の片耳を折って、鼻をひくひくさせながらしばしの沈黙。
「う~ん」
「どうされました、イナバさん?」
「結構な品なんすが、売れ残り品じゃけぇなぁ……よし、お安うしとくよ。ゼルフォビラ家のお嬢様とつながりをできる言うのも悪うねえし」
「ふふ、正直な方ですわね。では、おいくらで?」
イナバは背負っていたそろばんを降ろして、珠を弾き始める。そして、こちらに値段を提示した。
「これでどうでしょ?」
どうでしょ? と言われても俺には適正価格がわからないのでルーレンに振る。
「ルーレン?」
「かなりお安いですよ。ミスリルのコーティングのみの価格でも、こんなに安くは……」
「購入しても価格についてお母様から何か言われたりしません?」
「そうですね……この価格でしたら、貴金属類の方が高くつくと思いますからそこまでは」
「なるほど。イナバさん、因みにあちらに飾られてある黒い羽根の扇子は如何ほどで」
「え、あっちすか。あれは~ぱしぱし、ぱしっと。まけてもこんなもんで」
そろばんを見せてくるイナバ。それを見て小さくルーレンが声を上げる。
「うわ」
「お高いようね」
「はい、先程の扇子の二十倍ですから。これはさすがにお咎めを受けるかと。せめて、この半額程度ならまだ」
「そうですか。わかりましたわ。イナバさん、この金属製の扇子を頂けますか」
「へい、毎度あり」
「ただし、このままだとお洒落とは言えませんので、見目をあちらに飾られてある黒羽の扇子のようにしていただけません? 材料は安物で構いませんので。それならば装飾を施しても、さほどお高くならないでしょうし」
「え? 装飾っすか……どうしてまた?」
「ゼルフォビラ家の次女として、そして貴族として無粋な扇子を持つわけには行けませんので」
と、答えを返したが、イナバは首を傾げている。ルーレンも同様に。
ルーレンが小さく手を上げて質問をしてくる。
「あのシオンお嬢様、どうしてこうまでして武具をお求めに?」
「わたくしは守られるだけの女というのは嫌なんですの。最低限の自衛ができるくらいの女性でありたいと願っています」
「そのことは何度か伺っていますが……やはり、私の護衛だけでは不安なのでしょうか?」
「そうは言っていませんよ。ルーレンのことは頼りにしています。先程も言いましたが、守られるだけ、というのは嫌なだけです」
「……わかりました」
ルーレンはとても悲し気かつ不満を籠めて言葉を返した。
これまでも傷つけないように言葉を選んでいたつもりなのだが、なかなか難しい。
彼女は小さく首を左右に振って、さらに質問を重ねてくる。
「武具を購入する理由はわかりましたが、どうして扇子なのですか? それもわざわざ装飾までするとは?」
「一応、貴族の娘ですから。ドレス姿に剣をぶら下げるのは無粋かと思いまして。ですが、扇子ならこの姿に違和感を与えないでしょう。しっかり飾りを施した扇子型の武具なら」
「まぁ、そうですが」
「それに、貴族の女性に扇子って付き物じゃありません?」
俺のイメージでは、貴族の女性は社交界なんかでなんかふわふわした扇子を持って優雅に佇んでいるイメージ。
しかし、ルーレンとイナバの様子がおかしい。
沈黙を保ったまま俺を見ている。
(決まりがあるわけじゃありませんが、扇子を持つ女性は既婚の女性が多いんですが……)
(たしか皇国サーディアの慣習じゃ、結婚したおなごしが持つ物じゃなかったか?)
「どうされました、二人とも?」
「いえ、なんでもありません。まぁ、別に決まりというわけじゃありませんし」
「慣習に過ぎんけんね。お好きなら構わんだらーし」
二人の様子が少々妙だが、特に何が悪いという様子もなさそうだ。
俺は手にしてた扇子を閉じて、武装石の入ったボックスを差す。
「あ、ついでに武装石の欠片を五つほど。イナバさん、こちらはお高いのかしら?」
「いえ、欠片だけんさほどは。おまけしとけーか? 装飾の方はまけられないっすが」
「あら、ありがとうですわ。領収書の但し書きは扇子のみでお願いしますね」
そう伝えると、一瞬、ルーレンの眉がピクリと動いた。
但し書きを扇子のみとした理由がわかったようだ。
イナバの方も何となく察したようだが、特段気にする素振りもなく答えを返してくる。
「へい、装飾が終え次第、お届けに上がー。武装石の欠片の方はお持ち往にっすね」
「ええ、そうわよ」
これでダリアの目を誤魔化せる。
購入品目は扇子のみであるため、武装石を購入したことがわからない。
扇子は武具なのだが、華美に装飾されて届けられるので武具だとはわからない。
屋敷の誰にも知られることなく身を守るための道具を揃えられた。
職業柄、なんの武器もなくウロチョロするのは今まで不安でたまらなかったからな。
今日は町に出てよかった。
ザディラの尻尾を掴み、面白そうな武装石とやらが購入できて、武器まで手に入った。
さらには、ルーレンの忠誠を試すこともできる。
俺は買い物の内容がダリアにバレたくないというメッセージを送り、彼女はそれに気づいた。
なかなか、聡い。まずは合格だ。
ぼんくらが付き人だと苦労するからな。
あとは、彼女がダリアに告げ口するかどうか……。
もし、ダリアに告げ口しようものなら彼女は信頼の置けない人物となる。
しなければ、一定の信頼の置ける人物となる。
さてさて、彼女は主をシオンである俺と見ているのか、ゼルフォビラ家と見ているのか……。
願わくば、シオンに虐待を受けながらも、彼女の苦しみを知り、痛みを受け止めたルーレンが味方であることを祈る……味方? 味方という表現はお笑い草だ。
あくまでも、味方と呼べる存在。で留めておくべきか……。
ま、何にせよ、実りある一日となった。
俺は今日という日に満足してほくほく顔を見せているのだが、イナバとルーレンは怪訝な表情を見せながらこそこそ会話を行っている。
「あの、メイドのお嬢さん。やっぱり貴族のおなごしが扇子を持つ意味を教えた方が……」
「そう、仰いましても、あのような笑顔を見せられては伝えにくいですし」
「ん? どうされました、二人とも?」
「「な、なんでもありません!」」
「はぁ?」




