第二十六話 うさぎさんのお店
――万屋
店の屋根下にでかでかとした木製の看板が掲げられた『万屋いなば』。
道にまではみ出て並ぶ野菜や果物などの生鮮食品。子どもが喜びそうな駄菓子に生菓子などのケーキ類。少し店先へ踏み入れば、所狭しと並ぶ日用品や雑貨類。
さらに進むと、剣や槍や弓などの武具。カウンターそばに在るガラスケースには貴金属類。
地球のコンビニを超える商品のバリエーション。
品数豊富なわりには従業員は少なく、店員二名と店主のみ。
店員二名は人間なのだが……。
「おや、ようこそっすね。貴族の娘さんがわーの店に訪れるなんて珍しいこともあるもんだ」
店の奥から出てきた店主らしき存在。
赤いジレ……いや、この存在の雰囲気から昔ながらの呼び方であるチョッキという呼び名の方が合うか?
柔らかな真っ白な体毛に赤いチョッキを纏い、真っ黒な瞳を持ったウサギ。その見た目は雪色の毛を纏った日本野兎。
背中には巨大なそろばんを背負い、体長は1mほど。そんなウサギが二本足で歩きぴょこぴょこと出てきた。
ウサギは俺を見上げながら視線を馬車の紋章へ合わせつつ非常に癖のある訛りで挨拶をしてくる。
「ども、わーはイナバ言うっす。おや、おやおやおや? あの紋章は……まさかのゼルフォビラ家のお嬢様!? こらまたなんだら御領主の娘さんに来ていただけーとは恐悦至極」
彼、でいいのだろうか? 彼は内側がピンク色をした長いうさ耳をピンと跳ねて、三ツ矢ように割れたお鼻をぴくぴくさせている。
名前と姿を見合わせて俺はこう思う。
(イナバに白うさぎって……因幡の白兎じゃあるまいし。それにしてもドワーフに続き、こういう存在もこの世界にはいるのか?)
彼はファンタジー世界に出てくる獣の姿でありながら人のように振舞うことのできる獣人という部類に入るのだろうか?
そのことは後でルーレンに尋ねるとして、まずは挨拶を返す。
「わたくしはゼルフォビラ家の次女シオン=ポリトス=ゼルフォビラ。今日は武装石を見に来たのだけど、取り扱っているかしら?」
「武装石、すか? そちらのドワーフのお嬢さん用に?」
「いえ、わたくしが興味を持ちまして。それで取り扱いは?」
「はぁ? 取り扱ーちょーが……人間の、しかもお嬢様にとなーと。正直、おすすめできんすよ」
「その心配事は実際に手に取ってからにしますわ。では、見せて頂けます?」
「へい、ちいとお待ちを」
そう言葉を残して、一時、彼は店奥へ姿を消す。
その隙間の時間を使い、イナバについてルーレンへ尋ねる。
「彼はうさぎのような姿をしていますが、どういった種族なんですのルーレン?」
「イナバさんはササカ族。見た目はうさぎっぽいですが、どちらかというと人間族に近い種です。人科の麁物属に分類されています」
「よくわかりませんが、人間族の派生というわけですか?」
「はい、そのようなものです」
「他にも彼のように、毛で覆われた種族はいるのでしょうか?」
「はい。ですが、こちらの大陸では麁物属はササカ族くらいしか見かけません」
俺は店の奥へ視線を投げて、ルーレンに戻す。
「うさぎの一族であるササカ族は商売人なんですの?」
「いえ、そういうわけでは。私も詳しくは知りませんが、基本的に自由人だと聞き及んでいます」
「自由人?」
「わーの一族は世界を旅する旅ウサギ。数多の場所に訪れて旅をしてるっす」
店の奥からえっちらほっちらと両手でボックスを抱え上げたイナバが出てきた。
彼は背伸びをして何とかボックスをカウンター席に置くと話を続ける。
「わーは商売をしとるけど、仲間の中にゃあ探偵をやったり、兵士をやったり、先生をやったりと様々なんすわ。共通しとるなぁ旅をしとるってところっすかね」
「旅ですか……」
「わーもすぐにここを離れるつもりじゃったんだけど、思いのほか稼げるんでしばらくはとどまるつもりっすよ」
「そうですか。でしたら、しばらくはお世話になるかもしれませんわね」
「へへ、ごひいきに」
イナバは時代劇に出てきそうなケチな小役人っぽく両手を揉み揉みして、黒い瞳を上目遣いに見せる。
俺と視線がかち合うと、彼は瞳をボックスへとズラす。
目的の物はボックス内にあるようだ。
カウンター席に置かれたボックスを覗き込む。
中には大小様々な色をした半透明の結晶が転がる。これらすべてが武装石のようだ。その中で手に収まる程度の結晶を手に取る。
感触は見た目通り堅い。
「これは、どのように使うのかしら?」
「簡単だよ。ぐっと握り締めて武器をイメージすーだけで使えー。だが、あんまりはっきりとイメージすーと、武具の具現化が精細になりその分体力をごっそり奪われーんで、イメージはぼやけた感じで」
「なるほど、どうやらかなり虚ろで感覚に依存した武具のようですわね。それでは、ぼやけたイメージで剣でも――――っ!?」
武装石を握り締めて剣を思い描いたのだが、その瞬間、体全体に重りでもつけたかのような感覚に襲われる。
すぐさまイメージをかき消して武装石をボックスへ落とした。
俺は激しい息切れを交えながらルーレンとイナバへ声を絞り出す。
「はぁはぁはぁはぁ……凄まじいですわね。少しイメージしただけで気を失いかけましたわ」
「やはり人間の体力だと扱いは難しいと思いますよ、シオンお嬢様」
「扱えなれら使用体力の調整もできーが人間には……そーでも使いてえってんなら、相当体力をつけないけんっすよ」
「そのようですわね。ボックス内には小さな石もあるようですが? イナバさん、大きさに違いが?」
「へい、小さえほど使用体力が少なえっすね」
「そうですか。では、この小さい欠片で試してみましょう」
「シオンお嬢様、まだお続けに?」
「もちろんですわよ。こんな面白そうな道具、扱えたら楽しそうですから」
この返しにルーレンは眉をひそめた。
彼女は俺がやっていることを道楽程度に感じ取っているのだろう。
しかし、これは道楽ではない。
手のひらサイズに収まる石が剣や槍に変化するならば、暗器としては最高だ。
自分の身を守るのに、これほど適した道具はない。
今後、ゼルフォビラ家に喧嘩を売るとなると、その攻略前に貴族や富豪ともやり合う場面が出てくるだろう。
そうなれば命を狙われる危険性が増す。
ルーレンが護衛をしてくれているが、それだけを頼りにするわけにはいかない。
それに、俺は彼女を友人と呼んだが、その実は信用していない。
だからこそ、最低限、自分の命を守る術を得なければ。
小さな欠片である武装石を指先で挟み、次は剣ではなくナイフをイメージする。
すると、武装石は人差し指サイズのナイフへと変化した。
「はぁはぁはぁ、こんな小さなナイフでもきついですわね。でも、ちゃんと変化できましたわ」
「シオンお嬢様、凄いです。慣れないとイメージがあやふやで出てくる武具も変形したものになるのですが。初めてで、しっかりとした武具を生むなんて」
「はぁ~、ちゃんとナイフになっちょーな。想像力が豊かであーね、シオン様は」
「ふふ、お褒めに預かり嬉しいですわ。ですけど、切れ味と強度は如何ほどのものでしょうか? イナバさん、固めの果実を一ついただけます?」
「どうぞどうぞ」
イナバから果実を受け取り、武装石で産み出した小型ナイフで切りつける。
皮に切り傷が生まれ、力を入れると果実に深く刺さり、実を切り落とす。
切れ味は果物ナイフと遜色ない。
「フフフ、ナイフとして機能していますわね。あとは的があると……」
「ほんならば、あっちに的当てゲーム用の的があーけん使ーっすか?」
キュートなウサギの手がひょこっと店内の右側にあるおもちゃコーナーを差した。
そこの壁際には的がぶら下がっている……この店は何でもあるな。
「まぁ、ちょうどよかったですわ。それでは使わせていただきましょうか」
「では、移動して……」
「その必要はありませんわ、えい!」
「へ?」
俺はカウンター席から離れた場所にある的にめがけてナイフを投げる。
そいつは店内の客たちを縫うように飛び、右壁に掛かっている的の真ん中を斜めから射抜くと、すぐさま武装石に戻って床に落ちた。
「ふん、悪くありませんわね。手から離れてもしばらくは形状を保つようですし」
「す、すごい、シオンお嬢様……」
「ええ、そうっすね……って、シオン様! 危なえっすけん! 他のお客さんに当たりでもしたら!!」
「ふふ、それはごめんあっさーせ。でも、自信がありましたから大丈夫ですわよ」
「自信とかそげな問題じゃ……もう、勘弁してごしなぃっすよ」
そう言ってイナバは両うさ耳をしんなりと下げて、店内にいた客に頭を下げに行った。
「あら、悪いことをしてしまいましたわね。つい……」
「シオンお嬢様。ナイフの扱いがお上手なんですね」
「……ええ、そうみたいですわね。記憶を失う前の私はどうだったのでしょう?」
「少なくとも私が知る範囲では刃物を扱うシオン様のお姿を見たことがありません。ですので、かなり驚いています」
「そうですか、もしかしたら庶民だった頃に扱えていたのかもしれませんわね」
「扱えたとしても、あのようにナイフを投げたりすることがあったのでしょうか?」
「え~……大道芸人をやっていた経験があるのかも?」
「そう、でしょうか……」
いかん、庶民であった理由を前に置いて言い訳するにも無理がありすぎる。ルーレンの疑念の視線がナイフ並みに皮膚に突き刺さって痛い。
と、とりあえず話を逸らそう
「その話はさておき、イナバさんには大変申し訳ないことをしてしまいましたわね」
ひたすら客に頭を下げ続けるイナバへ視線を振り、ルーレンの視線を誘導する。
「え? はい、そうですね」
彼女の意識がイナバに向かったことにほっと胸を撫で下ろす。
そして、己の軽率さを呪いつつも、懐かしさに心を満たす。
(つい、やっちまった。まったく、馬鹿な真似を。元はナイフ使いだったからな。十代のころ、天才とまで謳われたナイフ使いの小僧。そんな小僧は調子をこいて腕を故障。そこから転がり落ちるように二流の殺し屋に)
そう、俺は超一流と言えるほどのナイフの使い手だった。
だが、その期間は短く、十六から十七歳の間のみ。
ガキだった俺はナイフ技術に天狗になり、それに頼り切り、手を痛め、スキルを失った。
俺はそっと、今の俺の手を見る。
(細い女の腕。しかし、骨と筋肉が柔軟で可動域も広い。これは若さかシオンの肉体の持つ才能か? ナイフを手にした瞬間、若い頃の感覚が蘇り、当たり前のように投げちまった)
貧弱な貴族の娘の身体と思っていたが、動体視力に指先の感覚。そして柔軟な体。しっかりと鍛え上げれば、若い頃の俺よりも戦いの才能がありそうだ。




