第二十四話 ザディラの尻尾
コギリと世間話を交えつつ、そこからザディラの経営の様子を探る。
「そうですか、お茶はいろいろな方面に需要があるのですね。需要と言えば、ザディラ兄様は香辛料の事業が好調だそうですわね」
「ええ、そのようですね」
「お茶の需要で少し思ったのですが、香辛料の需要はどれほどのものなのでしょうか?」
「さて、私はそこまで細かくは……そう言えば、ザディラ様の香辛料の取引を一手に受けている企業が二つほどあります。この二つの企業は港町ダルホルン以外の別の町に顔が効くようですから、主にそちらで売り上げがあるようですね」
「なるほど、そのような企業が。企業自体はこのダルホルンに?」
「はい」
「となると、監査院の手が入ってるわけですわよね?」
「もちろんです。二つとも好調のようですよ。港に大きな倉庫をいくつも抱えてますから」
「倉庫、ですか……」
「どうされました?」
「いえ、何でもありません。それよりも先程の言葉。『ようですよ』、というのは? 院長ならしっかり把握しているのでは?」
「私は基本的に監査人たちの報告をまとめている立場に過ぎませんから、子細は存じていないのですよ」
「その監査人たちは普段、どのように監査を?」
「基本は複数のチームに分かれて監査します」
「分かれる理由は?」
「無闇に情報を共有しないためです。なぜ共有しないかというと――」
「いえ、わかりますから大丈夫です」
所謂、縦割り組織というわけだ。
この組織体系には大きなデメリットがある。
チーム間の対立・組織内同調圧力・情報の共有不足・生産性の低下などなど。
だが、今回はこれらデメリットに目を瞑り、縦割りのメリットを生かすことにしたようだ。
そのメリットとは、役割が明確になるため行動がとりやすく、単一機能としての成果が出しやすい点。
そして、情報の共有がなされないため、横とのつながりができにくく、他のチーム間で癒着が生まれにくい点。
つまり、チームが分かれている理由とは、情報を共有しにくい環境を生んで、数字の書き換えなどの不正を起こしにくくするためだ。
俺はこれらを理解して、言葉を返す。
「兄の経営する会社と関係のある企業はなるべく分散して監査しているわけですね。そうすれば、監査人を抱き込んで仲の良い企業間同士て数字のやり取りを行うことができない」
「そのとおりです……いやはや、驚きました」
コギリは眼鏡をくいっと上げて、甘いお菓子により蕩けてしまった唇で余計な言葉を漏らす。
「見ると聞くとでは大違いで、シオン様がこれほど、っと! ごほんごほん」
途中で自分の失言に気づき、彼は言葉を無理やり飲み込む。その勢いでむせている。
そんな彼に対して、俺は口の端をにやりと上げて不敵な笑みを生む。
「フフフフフ、わたくしはゼルフォビラ家の落ち零れとして有名ですものね」
「いえ、決してそのようなっ」
「いいんですのよ。たしかにお兄様方やお姉様。そして弟と妹よりも不出来ですからね。ですが、面と向かってそれを口にされると……傷ついてしまいますわ」
俺は瞳から光を消して、ただただ微笑む。
部屋の空気が変わったことを察したルーレンはティーカップをそっと置いて席から立つ。
このルーレンの動きがより一層の緊張感を生み、コギリは俺の不気味な表情を目にしつつ唾をゴクリと飲んだ。
そこですかさず口調を軽くして優しく声を掛けてあげる。
「フフフ、そんなに緊張なさらないで。別にとって食べたりはしませんから」
「は、はい……」
「今日の会話は全て忘れるとしましょう。コギリさん、全てを忘れてください。そうじゃないと不敬罪で吊るしちゃいますよ」
「え? あ、はい。忘れます。全部忘れます」
「ええ、お願い。あ、そうそう、ついでに先程の話に出ました二つの企業の書類を見たいのですが可能ですか?」
「もちろん可能です」
「そうですか。ではすぐに用意を。書類を置いたら、この場から離れてくださいます」
「か、畏まりました。本当に申し訳ございません」
「何のことですか? わたくしは忘れましたよ」
「あ、あ、はい、私も忘れました。では、書類をすぐにお持ちします!」
彼はそう言葉を残して、飛び去るように部屋から出て行った。
ルーレンはそろりそろりと足を運び、俺の背後で静かに佇む。
それに俺は眉を折りつつ振り返る。
「どうしてルーレンまで緊張を?」
「ゼルフォビラ家のご息女であらせられるシオンお嬢様が瞋恚をお見せになった中でお仕えする私が悠然と構えているわけには……」
「もう~、あれは演技ですわよ」
「え?」
「たしかに私を軽んじているコギリさんに釘を刺した面はあります。ですが、大元はゆっくりと書類を読むために追い出しただけですわ。ずーっと見つめられていても困りますし」
「そうでしたか。はぁ、よかった。吊るすのは冗談だったんですね」
「…………そうわよ」
「シオンお嬢様、その間は一体?」
「ふふふふふふふ」
「お願いですから、その笑いはやめてください。本当に怖いですから!」
――その後
しばらくして、コギリが香辛料の取引を行っている二つの関連企業の書類を持ってきた。
そして、早々と彼は退出。
そそくさと出ていく様があまりにもおかしく、それにクスリと笑い声を立てて、さっそく書類に目を通す。
(どれどれ……うん、やはり問題ない。二つの企業とも数字に偽りはない。不正の様子はなし……ふふ、なんてな! ザディラ兄様よ、甘すぎる)
ザディラの会社と二つの企業の書類を見比べる。
(縦割り組織での監査。そいつを逆手に取るとなると、この方法になるよな)
このアルガルノでは当たり前かどうか知らないが、地球では古くからある手法……。
(ザディラ兄様、尻尾は掴んだぞ!)




