第十八話 嘘つき令嬢
――食後
俺は空になった皿をテキパキとサービスワゴンへ戻しているルーレンへ今日は町へ行くと伝える。だが――
「今日は町へ顔を出そうと思っています。ルーレンも付き合ってくださいね。お菓子を購入できますわよ」
「え? ですが、朝食後は勉学の時間では?」
「へ?」
「家庭教師の方がいらっしゃいますので、自室でお昼を挟み夕方までは……」
「そ、そうですの?」
しまった!
俺は貴族の令嬢。ただぼーっと家にいて一日が終わる立場じゃない。
令嬢として必要なものを学ぶ責務がある。
貴族の娘としての教養や礼儀作法や嗜みなど。
ちょっと頭を回せば予想できたことなのに……。
俺は顎に手を置いて少し悩み、ポンっと手を打った。
「今日はお休みにしましょう」
「駄目ですよ、シオンお嬢様! そのようなことできませんから! ダリア様がお怒りになります!」
「母様が? なるほど、ではこう致しましょう。マーシャル先生から許可を戴けば問題ないでしょう」
「マーシャル先生から? それは?」
「ふふ、こういうことです」
――屋敷・診療室
「記憶の回復のために町を見学ですと?」
「はい!」
消毒液の匂いが漂う診療室で、俺は馬面をした老医師へ笑顔で返事をした。
外へ出るための都合を作るために。
話は簡単。
記憶を失ったままだと今後の生活に不都合が出てしまう。
だから回復を促すために、町を見てみたいと。
「う~む、しかしですな」
「あら、悩むことでしょうか? このまま記憶の無い状態で勉強しても意味がありませんわよ。なにせ、覚えていないのですから」
「今まで学んだことをお忘れと?」
「さぁ、どこが抜け落ちているかはわかりませんが、少なくとも地名は忘れてますわ。町のことも、国の歴史も。そして家族のことも、あなたのことも」
「それを取り戻すために町へ?」
「ええ」
「シオン様、こう言っては何ですが……シオン様はあまり町へ顔を出すことがありませんでしたので、記憶の回復に繋がるものは町にないと思われますよ」
「なるほど、わたくしは『このダルホルン』に来てからはあまり屋敷から出ていないのですね」
「はい?」
ここで俺は、日記帳に記載してあったことへ切り込む。
「ですが、ゼルフォビラ家に来る前は外で暮らしていたはず。庶民として、実の母と共にね」
「そ、それはっ!」
この切り込みにマーシャルは白鼻髭を跳ねて、横に控えていたルーレンはびくりと体を震わせた。
俺は二人の様子を窺いながら沈痛な面持ちを見せる。
「部屋に日記がありました。自分の日記でありながら、手に取ることへ躊躇いを覚えつつも読ませていただきました。そこには、すでにわたくしの実の母は亡くなっており、さらに庶民であり、貴族であるダリア母様と血が繋がっていないと書かれてありました」
「そうでしたか……」
「シオンお嬢様……」
自分の悲しい過去に触れて、俺は自分を抱きしめるように包んだ。もちろん演技です。
二人の様子へ視線をチョロッと。
記憶を失くして、辛い過去に直面した俺に同情の想いを宿している様子――よし、行けそう。
「このまま屋敷に籠っていても、わたくしはわたくしを取り戻せそうにありません。この屋敷にわたくしの大切な思い出はありませんから」
「それは……」
「もちろん、町にもないでしょう。ですが、息の詰まるようなこの場所よりもわたくしの記憶に、心に刺激を与える何かがあると思います。わがままだと思いでしょうが、どうか許可を戴けませんか、マーシャル先生」
「いえいえ、わがままとは……わかりました、ダリア様には私から話しておきましょう」
「あの、家庭教師の方へも」
「もちろんです」
「感謝いたします」
俺は席を立ち、一礼して診療室から去ろうとする。
後ろから同情と優しさの籠る声が届いてくる。
「シオン様。幸い無傷でありましたが、あなたは崖から落ちた身。何かありましたらすぐに引き返して、私の元に来てくださいね」
「お気遣いありがとうございます。マーシャル先生」
扉を閉じる。
するとすぐに、ルーレンが俺を支えるようにそっと片手を背中へ置く。
それに対して薄い笑いを漏らし答える。
「シオンお嬢様、大丈夫ですか?」
「フフフフフ、うまくいきましたわね、ルーレン」
「え?」
「これで大手を振るって外へ出かけられますわね。マーシャル先生の優しさには感謝しないと」
「ま、まさか、演技だったんですか、今のっ!?」
「クスッ。ええ、そうわよ」




