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第二幕・最終話・蠢く者たち

――キール村



 ここはセルガが預かる領地の最北端に位置する小さな村。

 ゼルフォビラ家の次兄であるザディラはここで林業開拓を行っている。

 もっとも、その事業は名ばかりで意味のないもの。


 彼もそれを理解しており、まともに働くことなく自室で酒に溺れる毎日。

 狭い執務室には空瓶がうず高く積まれ、壁や床にはアルコールの匂いが染みつき、それは閉じられた扉の向こう側にまで漂う。

 彼は度の強い酒瓶を握り締めて、貴族の優雅さの欠片もなくラッパ飲みをする。


「ごくごくごくごく、ぷはぁ! あああああああ、くそがっ!!」


 彼は不意に襲われるイラつきに流され、酒瓶を部屋の壁にぶち当てた。

 酒瓶は派手な音を立てて粉々になる。


 砕け散ったガラス片に映る、背が高く痩せこけた男。

 その男の釣り目で茶色の瞳には、ガラス片に反射する緋色でぼさぼさ髪の自分の姿が宿る。

「何故だ、どうしてだ? 私はなぜこんなところにいる…………ふ、ふふ、ふふふふふ、あははははは、決まっているではないか!! 私が負け犬だからだ!! ぎゃはははは!!」


 彼は空瓶をあちらこちらへ投げつけて、鋭く尖ったガラスの園を広げていく。

 だが、途中で手は止まり、酒瓶を放り捨てて、代わりに足元に落ちていたガラス片を手に取った。



「私は……終わった。これ以上、生き恥を晒しても意味がない。フッ、このようなことで自害など負け犬もいいところ。だが、似合いだ」


 ガラス片を握り締める。手からは血が滴り落ちるが、絶望が痛みを覆い隠し、ガラス片を手放すことはない。

 彼は最後に笑い、短く単純な言葉で世を呪った


「ふふふふ、くそったれ」 

 そして、喉元をガラス片で引き裂こうとする。



――はいはいはい、そこで死んだら駄目でしょう――



 その時、執務室の扉の向こうから女の声が聞こえた。

 彼は扉へ声をぶつける。


「誰だ!?」

「もう、誰だはないでしょう。あなたの屋敷で雇われているメイドなのに」



 扉は開かれ、ゼルフォビラ本家に従属するメイド姿と同様のクラシカルなメイド姿をした二十代前半と思われる女性が入ってきた。

 その女性を見たザディラは眉をひそめる。

 それは、姿が虚ろで定まらぬからだ。

 しかし彼は、定まらぬ姿に何故か見知ったメイドの姿を重ねる。


「メイド? ああ、たしかにお前のような奴がいたな。一体、何の用だ? この部屋には入るなと言っていたはずだが」

「だって、あなたの許可なんて必要ないし」

「なんだと?」

「ふふ、忘れた。あの日の約束を?」

「あの日の……………………あ、ああ、そうだ、思い出したぞ。私はあなたと……」



 これは、アズールの死について、シオンから尋問を受けた時のこと。<※第一幕 四十五話>

 シオンは尋問を終えて、立ち去ろうとする。


『そうですか、参考になりました。失礼します、お兄様』

『ま、待て、シオン! 私はアズールに恥をかかせたいだけで殺す気はなかった。それはわかってくれるな?』

『ええ、もちろんですわよ。これは悲しい事故のようなもの。お父様もそれは理解していると思いますわよ』

『そ、そうだよな。そうだ、これは事故だ! 私まだ終わっていない。終わってなんか……そう……終わるはずが……私はゼルフォビラ家の……それに……』



 この(あと)、ザディラはシオンには届かぬ呟き声であることを唱えていた。

 その声の形は――


「それに……私は『魔女』と契約している。だから、このまま終わるわけがない」



 ザディラはこの時の記憶を思い出して頭を押さえる。


「ああああああ、なぜ今まで忘れてたんだ? そうだ、私はあなたと契約を結んだ。ゼルフォビラ家の(おさ)としての椅子を戴く代わりに、あなたには一族の全て差し出すことを」

「そう、思い出したの?」


「ああ、思い出した。私は、私は、ゼルフォビラの役目を忘れ、このような穢れた存在相手になんて愚かな契約を!!」

「あらら、意外な反応。ふふ、腐っても守り手の末裔であるゼルフォビラの子息。まだ、人の心という奴が残ってるんだ。だけど駄目よ~、もう(のが)れられないし。だから、余計な感情は捨てちゃいなさい」


「え? あ、あがが、ぐぎぎぎぎが、なんだ、急に頭が!! ああああああああっがががっが!!」



 ザディラは突如苦しみ始めて、両手で頭を押さえ、床に転がりもんどりを打つ。

 ガラスの園で転がる彼は体中をガラス片に引き裂かれ、全身を血に(まみ)れさせる。

 だが、脳髄の奥を突き刺す痛みが皮膚を引き裂く痛みを上回り、彼は頭を抱えたまま、ひたすらガラスの園を転がり続ける。

 

 メイドは血塗れになる彼を横目に、執務机の上に載るゴミや空瓶をざっと床に落として、何もなくなった場所にお尻を置いた。

 そして、封をされているワインのコルクを歯で引っ張り抜き、ごくりと蕩けるような赤を喉へ流し込む。


「ごく、はぁ~、やっぱ私は白の方が好きだなぁ……あ~あ、長男さんや三男さんは心に隙が無くて思考を奪えないから、私はザディラちゃんを駒にするしかないっぽい。頼りないけどね」


 メイドは港町ダルホルンがある方角へ顔を向けて、次にフォートラム学院があるネヴィスへ顔を向けた。

「まったく、マギーの守りが固くてライラちゃんには近づけないし、フィアちゃんにはルーレンと今のシオンが邪魔で手を出せそうにないし……クス、あがくねぇ、セルガ」


 彼女は飲み干した瓶を無造作にポイっと投げ捨てる

「はぁ、ホントは天才だけど心が未熟なアズールちゃんが欲しかったんだけどなぁ。やるじゃん、ルーレンに――――ダリア」



――ダリア


 ダリアは自室で化粧台に映る自身の姿を見つめていた。

 彼女は涙を流しているが、鏡に映る自分は涙を流していない。


「こうして、鏡を見ている間だけは、自分が犯した罪と自分が何者であるのかが理解できる。あの日、ルーレンに唆され、私は人を止めた。いえ、違う。心弱く愚かであったために私は……」


 彼女は鏡に映るもう一人の自分から目を離し、慚愧の念を唱える。

「アズール、ごめんなさい。ゼルフォビラ家ではない私はゼルフォビラの一員であろうと躍起だった。その心に付け込まれて、なんて恐ろしい真似を。セルガの言葉通り、ただの人間であった私は傍観者であるべきだった」


 頬を伝う、罪に汚辱された涙を人差し指でそっと拭う。

「だけどもう、後ろへ下がることは許されない。私がゼルフォビラ家を守る。セルガが制約に縛られているから、私がゼルフォビラ家を守るしかない。ええ、守るわ。守り抜いて見せます。それがアズールへのせめてもの手向(たむ)け。私の心に寄生する『悪魔の力』を利用して、ゼルフォビラ家を守って見せる……」


 

――――ザディラのメイドとダリア


 ザディラのメイドとダリアはゆっくりと天井を見上げた。

 二人はその先に視線をぶつけて、呟く


「シオン、大人しい子だと思ってたけど、やってくれる。おかげで勝ち確が無くなったじゃない。この『大魔女』を出し抜くなんてね。ま、裏切り者のせいもあるけど」

「シオン、あの子の勇気には驚かされました。その勇気が最悪な結果を招いたと思いましたが、訪れたもう一人のシオンで変わった。あの者が何者かは知りませんが、鏡から離れた私は人間であるダリアを演じましょう」




――――フクロウは飛ぶ


 翼を広げ、大空を舞い、滑空し、ばさりばさりと翼をはためかせて、深い森の奥に佇む巨木へと降りていく。


 フクロウはその巨木の(たもと)に立つ、背の低い若い女性の肩に止まった。


「ほ~ほ~」

「なるほど、なかなか興味深い人物のようだね。異世界から訪れた魂は……」


 彼女は深緑(しんりょく)の瞳をフクロウへ向けた。

 フクロウもまた見つめ返し、瞳の中に女性を映す。

 映るは、儚くも白磁のように艶やかな肌。その肌を真っ白なローブで包む。

 長い深緑(しんりょく)の髪を持ち、その両サイドは白く変化しており、それはまるで鳥の羽のよう。

 そして、耳は横に長く、尖っている。

 

 微笑みはとても柔らかく、その小さな背丈には見合わぬ落ち着いた大人の女性としての魅力を醸し出す。

 その女性へ子どもたちの声が届く。


「とりのおばちゃ~ん」

「いっしょにあそぼうよ」



 二人とも幼く、若草色の髪をしていて、女性と同じく耳は横長であり尖っている。

 女性は小さく肩を落として、子どもたちへ言葉を返す。

「何度も言っているけど、おばちゃんじゃなくてお姉ちゃんと呼びなさい」

「だって、おばちゃんはおばちゃんだし」

「若く見えてもパパやママよりずっと年上なんでしょう?」


「ふふ、子どもにはかなわないね。遊んであげるから、森の奥で待ってなさい。ここだと危険だから」

「うん、わかった。ここだと人間たちにエルフがいるってバレちゃかもだしね」

「とりのおばちゃん、待ってるから早く来てね」


 手を振って立ち去る子どもたちへ女性は手を振り返す。

 そして、二人の姿が森の奥へと溶け込んだところで、広い空を見上げた。


「ふふ、まさか猫族のドワーフが守り手を裏切るとはね。これは私も動かざるを得ないかな? ゼルフォビラの一族と同じ、異世界の侵入者から世界を守護する守り手であり、人間の魔法使いに唯一対抗できる鳥族のエルフとして……」



――忽然(こつぜん)と動き出す者たち。


 地球より訪れた殺し屋は真実からは遠くに立ち、敵とも味方とも知れぬ彼らの存在をいまだ知らず。

 また、シオンの復讐もわからず、闇夜を彷徨い続ける。



 だが、彼はついに、闇夜を照らすランプを手に入れようとしていた。

 そのランプの名は――――ルーレン。


 これより先、令嬢の姿を纏う殺し屋は、真実に触れ、復讐の相手を見つけ出すことができるのだろうか?


 情欲と憎悪と愛情と遊心(ゆうしん)が解け合う、おぞましくも美しい感情を前に、殺し屋の令嬢は自らの心を殺し、先へと歩み続ける。

※現在、ルーレンの話を別の物語として書いてます。(2024/4/10)

タイトルは『奴隷だったドワーフの少女が伯爵家のメイドになるまで』です。


――ここからあとがき――

次は第三幕となりますが、これから年末年始に向けて忙しくなり、次のお話までかなりの間が空くことになります。

連載中のまま置いていても良かったのですが、再開の目途が立っていませんので雑な絞め方ですが一旦完結とさせていただきます。



また、元々この作品は、第一幕の終了時点(当時は章はなかった)で一度完結した作品です。

四十六話で完結させようと決めた時点で、先に続く伏線を入れる必要はないかと思い、仕上げていたもの。

そのため、続く話に必要な伏線がほとんど入っておらず、第二幕の前半にぎゅうぎゅう詰めにしてしまいました。


特に第二幕二十話『ガラスの中のダリア』は第一幕で絶対に入れて置かないといけない伏線だったのですが……。

今回は続く話に必要な伏線を入れて、完結済みとしながらも第三幕へと繋げられる形に相成りました。


雑な完結をお渡してしまい、楽しんで頂いていた読者様には大変申し訳なく思っております。

同時にここまでお読み頂いたことに、深く感謝を申し上げます。



最後に、活動報告にて、ルーレンとダリアに関係について軽く触れておきます。これは続きを書いた際に、冒頭で出す予定の内容です。

ご興味がございましたら、是非ともお立ち寄りください。

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ふふ、殺し屋令嬢と併せて、現在連載中の作品ですのよ。
コミカルでありながらダークさを交える物語

牛と旅する魔王と少女~魔王は少女を王にするために楽しく旅をします~

お手隙であれば、こちらの作品を手に取ってお読みなってくださるとありがたいですわ。
それでは皆様、ごめんあっさーせ!
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