表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜吹雪の後に  作者: 片隅シズカ
三章「堅国の花」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/77

第十九話「桜花爛漫 ーおうからんまんー」 (前編) ④

三郎視点、桜視点です。

「……(せん)(えつ)ながら申し上げます。あの者どもは、姫様を散々愚弄してきました。早急に然るべき厳罰を下すべきです」

「必要ないわ。私がそうさせたのだから」

「え?」

「あえて泳がせて、機会を伺っていたの。国事に追われて、私への警戒が疎かになる機会をね。まさか、夜ちゃんがそのきっかけになるとは思わなかったけど」


 姫様の仰るきっかけ。

 おそらく、夜長姫の死だ。



 七年前、月国で起きた『衣瀬村鬼狩り再来事件』。



 あの事件を知らぬ者などいない。

 それほどまでに衝撃的で、けして他人事では済まされない惨事だった。鬼狩りの火種など、月国に限った話ではないのだから。


 そのような惨事は被害者に留まらず、民衆全体の不安を増幅させる。不満の矛先となる。時と共に風化しても、些細なことで再び燃え上がる。


 夜長姫の死が、そうだ。


 鬼狩り再来事件の黒幕として世に知れ渡り、一転して『稀代の鬼女』と呼ばれた巫女の突然死。当然、大臣たちは『国事』として火を鎮める必要がある。


「不謹慎だけど、夜ちゃんにはね、本当に感謝しているの。おかげで、あの人たちの面白い顔を見ることができたのだから」


 姫様が、ゆっくりと口角を上げた。

 愚か者たちを(あざけ)るその笑みに、巫女としての品性はない。薄く細められた目元まで、最高に楽しそうだ。


 姫様があえて花鶯姫に負けた理由が、今、ようやく分かった。


 大臣たちはこれまで、姫様の目を通して試合を見物してきた。

 先ほどの勝負も見ていたはずだし、当然、姫様の勝ちを望んでいたはずだ。葉月組を優勝に導く道化として、生き残ってもらうために。


 だからこそ、負けた。

 悪事を暴露する前に、大臣たちの鼻をあかしてやりたかったのだ。この人は。




 私は、お前たちの人形ではない――と。




(嗚呼……本当に、お美しい)


 僕は知っている。

 国のために御身を粉にされようとも、大臣たちに利用されようとも、絶対にただでは起きない『我』を持っておられることを。


 ()()()()()()()()()()()、僕だけは知っている。

 静かな我を秘める御方だからこそ、どんな作り笑顔も尊く、お美しいのだと。


「さてと。邪魔者もいなくなったことだし、ここからは存分に楽しみましょう」


 姫様が、至高の笑顔を見せてくださった。

 今度こそ、頭が冷えた。くだらない豚どもへの憤りなど、もうどうでもいい。


「――――はい」


 この御方の傍に仕え、内に秘めざるを得ない美しい我をお守りする。

 それこそが僕の揺るぎない存在意義であり、僕の我なのだから。






   ***






 勝敗は、あっさりと決まった。


「……なんなの、あいつ」


 花鶯姫が(うつむ)いたまま、拳を強く握りしめた。


 勝者は花鶯姫だ。

 しかし、その屈辱で歪んだ表情は、勝者のそれではなかった。



 十一匹の猿は、最初の一振りで均等に分けられた。あぶれた一匹を除いて。



 花鶯姫、五匹。

 黄林姫、五匹。


 残り一匹を捕らえれば、勝負がつく。

 その状況で、思いも寄らないことが起こった。


『この勝負――あなたの勝ちよ』


 黄林姫がそう言って、唐突に刀を納めた。わざと負けたのだ。


 当然、花鶯姫は激昂した。

 しかし黄林姫は、その逆鱗を意に介することなく、いつもの笑みで『ごめんなさいね』とほざいて早々に立ち去ったのだ。


(何もかも計画通りってわけね)


 勝負に至るまでの経緯が、あまりにも出来すぎていた。勝負の放棄も、始めから予定に入れていたと考えるのが自然だ。

 ただ、勝負の放棄は三郎も驚いていたから、彼も知らされていなかったのだろう。そこで難なく合わせられる辺り、さすがは古株の従者だ。


 私が推測できるのは、あの敗北は、黄林姫の目的の一環ということだけだ。その目的までは分からないし、知りたいとも思わない。


「横取りしておいていらないって、どれだけこけにしたら気が済むのよ……!」


 もちろん、頭に血が上った花鶯姫に、黄林姫の思惑を考える余裕などない。ただただ、与えられた屈辱に身を震わせるだけだ。


「姫様、御手に傷が付いてしまいます」


 菜飯の(かん)(げん)で、花鶯姫がようやく手を緩めた。指先まで赤くなっており、血が滲み出そうなほどに強く握りしめていたことが見て取れる。


(つくづく不便な生き物ね、巫女は)


 神に等しいとされる巫女に傷が付けば、真っ先に責任を問われるのは従者だ。だからこそ彼女は、菜飯の諫言を大人しく受け入れた。


 巫女というのは、自分のかすり傷一つで、誰かの人生を狂わせる。


 情の深いこの少女にとって、本来なら息苦しい環境のはずだ。それでも毅然としていられるのは、巫女としての使命感と強い自尊心があるからだろう。


 だけど、それだけでは、巫女として生き続けることは難しい。

 権威を持つ者には、時に情を捨て、国のために犠牲を強いる覚悟が必要だ。その結果、誰かを地獄に突き落とすことになろうとも。



 この人にとって、力を使うことが、過去の傷を抉る行為であったとしても。



「花鶯様」


 花鶯姫の視線が、私へと注がれる。

 気の強さと(かたくな)な情に溢れた眼だ。巫女としては極めて幼稚だが、人間味があって、私は嫌いじゃない。


「非礼を承知で申し上げますが、花鶯様の御力であれば、あのような隙をつかれることもなかったのではないでしょうか」


 菜飯の力は、確かに有用だ。

 しかし最善手ではなかった。もっと効率的に猿を捕まえる『力』を、この人は持っているのだから。


「だから……使うわけにはいかないのよ。あなたも『鬼』なら分かるでしょう。力を使うというのが、どういうことなのか」


 そう言って、再び堅く口を閉ざした。

 その瞳と同様に、頑な意思を以て。


(……私にできるのは、ここまでね)


 彼女の人生は彼女のものだ。どうするかは、彼女自身が決めること――――




 小枝を踏む音がした。




 反射的に、音がした方を振り返る。

 花鶯姫と菜飯も、音がした方を見据えた。


 菜飯はともかく、貴人である花鶯姫までもが同様の反応をするとは……さすがは、戦乱の時代に数多の猛将を傑出した緋家の人間だ。


 敵か、味方か。


 全身を研ぎ澄まし、警戒を高める。

 足音がさらに近づいてきて、人影が微かに見えてきた。三人だ。



 次の瞬間、笛の音が高らかに響いた。



「え、笛……?」


 参加者が持つ土笛の音ではない。だからこそ、花鶯姫は分かりやすく動揺した。平静な菜飯も、珍しくその顔に困惑の色を浮かべている。


 私の警戒だけが解けた。

 合流する時、先に気付いた方が慣らすよう、事前に決めておいた合図だから。


「ご安心を。味方です」

「何よそれ、どういう……」

「桜ちゃーん!!」


 人影の一つが、馬鹿みたいな奇声を上げながら猛烈な勢いで飛び出してきた。

 すかさず体を(ひるが)し、足を掛けて転ばせる。お馬鹿な人影は体勢を崩しながらも、器用に体を回転させてこちらに向き返った。


 人目も気にせず抱きつこうとした馬鹿、もとい李々は、不満げに眉尻を下げた。


「えぇー、なんで避けるのぉ」

「巫女様の御前よ。頑張ってくれた分、後で頭を撫でてあげるから我慢して」

「はぁーい」


 そして、このちょろさだ。

 花鶯姫が、若干後ずさりながら異常者を見る目を向けてきた。まともな人間の常識的な反応に、ある種の安堵を覚える。


 少し遅れて、残りの人影が姿を現した。


 一人は蛍姫。

 私と李々のおかしな会話を前に、微笑ましいと言わんばかりの笑顔を見せた。


 従者に放置されたというのにこの反応だ。なるほど、見かけ以上に図太い。李々が常々『脳みそ花畑すぎる』と愚痴を零すだけある。




「あ、桜さん!」




 それから、もう一人。

 蛍姫の横にいた葉月が、弾けんばかりの笑顔で駆け寄ってきた。


「よかった、無事だったんだね」

「はい。葉月様もご無事で何よりです」


 他の目があるので従者の面を被る。

 それでも、頬の緩みは止められなかった。急に一人で放り出されたにも関わらず、葉月の笑顔に疲労も陰りもなくて、ほっとしたから。


 私に向けてくれるその笑顔が、どうしようもなく愛おしいから。

次回。第二十話「桜花爛漫 ーおうからんまんー」(後編)



ようやく葉月と桜が合流できました!


葉月と桜は、優勝を手にできるのか。

力を使わない花鶯姫は、どう立ち回るのか。

そして、蛍姫は――――


引き続き、巫女たちの余暇をお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ