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桜吹雪の後に  作者: 片隅シズカ
三章「堅国の花」

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第十九話「桜花爛漫 ーおうからんまんー」 (前編) ②

葉月視点です。

こちらは蛍組と行動を共にしています。

 恐る恐る触れたものは柔らかく、温かかった。


「うわぁ……」


 ふわふわとした毛並み。尖った耳。足元にすりすりしてくる小さな体と長い尻尾。あざといまん丸な目。鋭い爪を持っているとは思えない愛らしい肉球。極めつけは、心の臓を鷲掴みにする鳴き声。


 桜さんを探すはずが、気が付くと、一匹の猫に吸い寄せられていた。


「……かわいい」

「だよねぇ。もふもふの極楽だよぉ」


 隣でしゃがんでいる蛍ちゃんの顔は、今にも(とろ)けそうなほどに緩みきっている。多分、僕も同じような顔をしているだろう。

 蛍ちゃんと違うのは、猫だけじゃなくて、猫と(たわむ)れる彼女にも癒やされている点だ。蛍ちゃんにまでドン引きされたくないので、心の内に留めておくけど。


「揃いも揃って癒やされてますけど、そいつ、餌をたかってるだけですよ。この辺りの住人に愛でられて味を占めてるんです」


 後ろに立つ李々さんが、冷ややかな現実を容赦なく突き付けてきた。

 

 だけど、蛍ちゃんの顔の緩みは止まらない。

 それどころか、猫をだっこして頬ずりし始めた。さすがの猫も困惑した様子を見せたものの、蛍ちゃんの親しみやすさからか抵抗はしていない。


「はぁ……李々さんみたいで癒やされる……」

「何を仰ってるんですか。ていうか、そんな理由で癒やされないでください」

「すみません。あと百数えたら行くので、もうちょっと癒やしを――」

「だから癒やされんなっつってんですよ!」


(顔が赤いですよ、李々さん)


 李々さんがじろりと睨みつけてきた。

 その視線で自分が笑っていることに気付き、慌てて緩んだ頬を戻す。


 猫に夢中な蛍ちゃんは、とうとうお腹に顔面を密着させて吸い始めた。人慣れしているから引っかかれる心配はないだろうけど……衛生的にどうなんだろう。


 猫を前に蕩ける蛍ちゃんと、毒を出し切れず不機嫌な李々さん。


 両極端な二人に挟まれた僕が気まずいので、話題を変えるべく、李々さんに「あの」と話を振った。


「桜さんは、なんで花鶯さんと組もうと思ったんですかね。頻繁に交流があるわけでも、親しいわけでもないのに……」



 桜は間違いなく、花鶯組の下へ向かう。そう教えてくれたのは(こう)さんだ。



 道中に花鶯組を見かけたらしく、その時の位置も教えてもらった。(すで)に移動しているだろうけど、なんの手掛かりもないよりはずっと良い。

 桜さんは花鶯組の居場所を知らないようなので、必ず合流している保証はない。それでも花鶯組と行動を共にすれば、桜さんに会える可能性が高くなる。


 僕にとっては吉報だけど、奇妙な話でもあった。


 土笛を吹かれたら敗北となるこの試合において、最も危険なのは孤立状態だ。一人でいれば、猿や他の組から襲われる確率は嫌でも上がる。今の桜さんには、絶対に裏切らない協力者が必要なのだ。


 だからこそ、不思議だった。

 それなら幼馴染みの()(はる)さんか、ここにいる李々さんを頼る方が確実だし、何より自然だ。あえて花鶯さんを選ぶ理由が分からない。


 李々さんは「単純な話ですよ」と答えた。


「花鶯さまの弱みを握っているんです」

「あぁ……」


 確かに単純な話だ。桜さんなら、巫女を脅すくらい平然とやってのけるだろう。


「さすが桜ちゃんですよね。いざという時のための情報収集も、情報の使いどころも抜かりがない。もっと私を頼ってくれてもいいくらいですよ」

「え? 桜さんと情報を共有してるんじゃ……」

「いいえ。私は一切関与していませんし、何も聞いていません」


 だったら何で知っているんだろう。そう疑問を口にする前に、李々さんが口角を上げた。なぜか勝ち誇ったような表情で。


「愛する桜ちゃんのことなら、なんでも知ってるんですよ。朝から晩まで、時間が許す限り、しっかり見守っていますから」

「それストーカーですよ!?」

「は?」

「あ、いや、えっと……なんでもないです」

「下手くそな誤魔化しは結構です。どうせ変態云々とでも仰りたいのでしょう? その通りですから」

「えぇ……」

「桜ちゃんに告げ口をしても無駄ですよ。とっくに知ってますから」

「あ、はい……」


 まさかの桜さんが認知済みである。

 堂々と開き直る李々さんにドン引きしつつ、下手なことを言わないよう口を(つぐ)んだ。二人の密な関係に、これ以上踏み込むのは危険すぎる。


 とはいえ、李々さんの変態行為のおかげで、虹さんの情報に確信を持てたのだ。それに関しては素直に感謝するほかない。


「それでは周囲を偵察してきますので、お二人はここで待機してください」


 言うや否や、李々さんは僕らに背中を向けた。


「え、ここで別行動ですか?」

「猫に(もてあそ)ばれるお二人を眺めていても、時間の無駄ですからね」

「でも……」

「試合では猫も含み、部外者を巻き込んではならない決まりがあります。そいつを相手にしている限り、他の組に襲われる心配はございません。万が一猿が来たとしても、姫さまがいれば問題ないでしょう」


 まくし立てるように話を進め、李々さんは僕たちから離れていった。従者の役割は巫女の護衛のはずだけど……いいんだろうか。


(まぁ、ここから動かなければ大丈夫か)


「懐かしいなぁ」


 蛍ちゃんが猫を撫でながら呟いた。


「昔、猫を拾って連れて帰ったら、花鶯さんに見つかって怒られちゃったんだ。そんな汚い猫を敷地内に入れるなって」

「花鶯さんなら言いそうだね」

「うん。でも花鶯さん、そう言いながらすっごく触りたそうで……結局、体を清めて屋敷で飼うことになったんだよね」

「それも花鶯さんっぽい」


 思わず、笑いが零れた。


「あ……っ」


 蛍ちゃんにだっこされていた猫が、するりとその腕から抜け出した。後を追う間もなく、茂みの中へと消えていく。


「……行っちゃったね」

「……うん。ありがとう」


 蛍ちゃんが感謝の言葉を添えて、猫の消えていった方向に手を振る。僕も同様に手を振った。束の間の癒やしをありがとう。


 再び、蛍ちゃんの昔話に戻った。

 まだ蛍ちゃんが幼く、花鶯さんの実家の下女だった頃の話になって、花鶯さんの家が『花の御三家』の一つである『()()』だと知った。



 この世界には『花の御三家』と呼ばれる三大貴族が存在する。



 東の(どう)(こく)に『緋家』。

 西の静国(しずかなるくに)に『(おお)(しま)()』。

 そして(なか)(こく)に『枝垂(しだれ)()』。


 基準はよく分からないけど、数多くの巫女を輩出した一族が『花の御三家』に選ばれ、称号として名前、すなわち姓を巫女から(たまわ)るそうだ。


 桜さんが僕の名前を『珍しい』と言っていたけど、本で御三家のことを知って合点がいった。姓を名乗るのは、花の御三家を名乗るに等しいのだ。

 最初に出会ったのが桜さんじゃなかったら、不敬だと引っ立てられてもおかしくなかっただろう。知らないというのは怖い。


 御三家に生まれた子は、巫女になる前から『姫』もしくは『お館様』と呼ばれ、『巫女の候補』として大切に育てられるらしい。


 巫女に選ばれる基準として身分は問われないと教わったけど、逆に言えば、巫女に選ばれることで身分が決まってしまうのだ。得体の知れない異邦人から一転して、敬われる貴人となった僕が良い例だろう。


「姫様はね、緋家の姫君として完璧な人だった。美しくて、堂々としていて、いつも周囲から羨望の目を向けられていたの」


 いつの間にか、花鶯さんへの呼称が『姫様』になっていた。思い出話に浸っているのだろう。その変化に、蛍ちゃん自身は気付いていない。


「私は姫様と正反対だった。鈍くさくて、周りに迷惑ばかりかけて、何より……自分の力が嫌いだった」

「え?」

「ほら、私っていろんなものに『味』を感じるでしょう? 小さい頃はそれが面白くて、手当たり次第に舐めたり、感じたことをそのまま言ったりして……みんなに気持ち悪いって、言われたから」


 蛍ちゃんの口から出た言葉に、絶句した。


 彼女が感じる『味』のことを知った時、僕は面白いなと思った。

 だけどそれは、蛍ちゃんが話す内容を配慮したからこそだったのだ。




 自分の失敗から。


 自分の苦い経験から。


 口にしてもいい言葉を、取捨選択したから。




「それでも、私はどうしても『味わう』ことを止められなかった。周りに嫌な思いをさせてきたし、姫様も私のことなんか気持ち悪いだろうと思ってたけど……違った。姫様は、()()()()()()()()()に、憤慨してくださっていたの」


 蛍ちゃんが、微笑んだ。


 いつもの純粋な笑顔とは違う。

 まるで、大切なものを仕舞った宝箱を、ゆっくりと開くような――――。


「あの日、一人で泣いていた時に、姫様に声をかけられて、屋敷の近くにある山に連れていかれたの。そこで、姫様が力で見せてくださった光景が綺麗で、すごく……あ、力のことは口止めされているから、詳しくは話せないんだけど」


 そういえば、花鶯さんの力に関しては、初対面の時に耳にした『色』という言葉しか聞いたことがない。

  

 全く気にならないと言ったら嘘になるけど、この世界において『人ならざる力』は諸刃の剣だ。蛍ちゃんに言われずとも、下手に突っ込むつもりはない。


「それで仰ったんだ。『己の力を、己が卑下してどうするの。他の誰がなんと言おうと関係ない。ちゃんと大切になさい』って」



 蛍ちゃんの笑顔が、明るく(きら)めいた。



「嬉しかった。自分の力を大切にしろなんて言われたことなかったから。誰かに受け入れてもらえるなんて、初めてだったから……」


 初めてだったから。

 その言葉が、僕の頭の中で心地よく反響した。


「私は、姫様のことが大好き。一歩間違えたら『鬼』と呼ばれる力であっても、自分のものとして大切にして、堂々としている姫様が」

「……そっか」

「まぁ、あの日以来、姫様の力は見せてもらえないんだけどね。また見たいってお願いしたら、むやみに使うことはできないって」


 蛍ちゃんが困ったように笑う。

 本人は笑顔のつもりだろうけど、少しも隠せていない。素直すぎるが故に、自分の気持ちに嘘をつくのが苦手なのだろう。


(僕と、同じだ)


 後ろめたくて、嫌いで嫌いで仕方なかった自分の作り笑顔を、桜さんに『生きるための手段』だと肯定してもらえた僕と。


 だからこそ、分かるのだ。


 己の力を卑下するなと言われた時の、驚きも。

 ちゃんと大切にしろと言われた時の、感動も。




 花鶯さんが見せてくれた美しい光景を、もう一度見たいという渇望も。




「もう気は済みましたか?」


 後ろからかかった声に、僕たちは「うわ!!」と大声を上げた。


「花鶯さまの呼び方が『姫様』に戻っていますよ」

「あ……っ!」


 蛍ちゃんが慌てて口を押さえた。


「口を押さえたところで遅いですし、花鶯さまがいないので無意味ですけどね」


 蛍ちゃんの小さな顔が真っ赤に染まる。

 さっき毒を吐ききれなかった仕返しか、李々さんがしたり顔でにやにやしていた。やっぱり性格が悪い。


 性格の悪い李々さんは鬼畜にも、羞恥で(もだ)える主人を放置したまま「それはそうと」と話を進め出した。


「向こうに桜ちゃんの足跡がありました。桜ちゃんの残り香もあったので、あそこを通ってから、それほど時間は経っていないかと」

「じゃあ、桜さんは近くに……!」

「えぇ。これで葉月さまとおさらばですね」

「あはは……」


 さり気ない毒舌に、思わず苦笑が漏れる。


「でも、それまで楽しくお喋りできるね!」


 蛍ちゃんが弾けるように笑った。頬にまだ、羞恥で染まった林檎色の名残があるからだろう。いつも以上に幼く見える。

 

「――うん」


 その笑顔につられて、僕の心も弾けた。

 蛍ちゃんと顔を合わせ、心のままに笑う。



(桜さん、今頃どうしてるかな)



 笑い合いながら、もうすぐ会える彼女へと想いを馳せる。したたかで(たくま)しい桜さんのことだ。きっと上手くやっているだろう。


 桜さんとの再会を想像して、さらに心が弾む。

 胸の高鳴りを感じながら、僕は立ち上がった。

③に続きます。

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