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桜吹雪の後に  作者: 片隅シズカ
三章「堅国の花」

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第十九話「桜花爛漫 ーおうからんまんー」 (前編) ①

桜視点です。

花鶯組の前に現れた桜は、彼らに何を求めるのか。


※人によっては、少々グロ注意かもしれません。

 (どう)(こく)の巫女、()(おう)()

 私が彼女について知っているのは、周囲も認知していることくらいだ。


 気が強く、真面目で気難しいこと。

 誰よりも、(くろ)()様への信仰心が篤いこと。

 誰よりも、巫女の使命に愚直であること。



 そして、頑なに力を使おうとしないこと。



「私の力で、()(づき)を見つけてほしい……?」

「えぇ」


 美しく華やかな顔から血の気が引いていく。気位の高い彼女らしからぬ表情だ。力について、よほど触れられたくないのだろう。


「……本気で言っているの? 下々の分際で、私に力を使わせたいと?」

「仰る通りでございます」

「だったら、お断りよ」


 花鶯姫が、私を真っ直ぐに睨み付けてきた。


「私はね、必要に迫られない限り、絶対に力を使わないって決めてるの。だから私に近づいたところで、何一つ得しないわよ」

「そうですか」


 私は、花鶯姫の力をこの目で見たことない。

 ()()()の気まぐれで、与太話を聞かされただけだ。()(なが)(ひめ)の従者の代役として参加した、去年の試合で。



『もったいないと思わない? 猿探しで存分に発揮できる力なのに、意地張って()()()()なんて。一体、何を楽しみに生きているのかしらね』



 悪気の欠片もない笑みが、脳裏で鮮明に蘇る。

 花鶯姫が聞いていたら、十中八九逆上していただろう。それほどまでに的を射た発言だったのだと、実際に花鶯姫と言葉を交えてよく分かった。


 猿探しで、存分に発揮できる力。

 つまり、人探しにも使えるということだ。


 葉月を見つけたい今の私にとって、喉から手が出るほど欲しい力なのだが、こうも頑なに拒まれてはどうしようもない。


「では、一時的に御側に置いていただくだけで構いません。私としては、孤立状態から抜け出すことが最優先事項なので」

「信用できないわ」

「もちろん、あなたには損をさせません。それどころか、私と組まなければ後悔することになるでしょう」

「鵜呑みにすると思っているの? 巫女を殺めた人間の言葉など」

「まさか」


 花鶯姫が目を丸め、敵意を()き出しに唇を噛んだ。頬がみるみるうちに赤くなっていく。思い通りにいかなくて()ねる子供のような表情だ。


(もしかして、嫌味のつもりだった?)


 本来なら、とっくに地獄で焼かれている身だ。そんな私が、今さら巫女殺しを突きつけられた程度で動揺するわけがない。私のつまらない反応を見て、勝手に恥をかいているわけだ。この人は。


 根本的に素直で人が良いからだろう。人の(おとし)め方が極めて幼稚で下手すぎる。


(……この人を頼って正解ね)


 感情的で、人が良くて、生真面目。

 そういう人間は、得てして情が深い。どんなに取り繕っても、けして自分の良心を裏切れない。懐に入る上で、これほどやりやすい相手はいないだろう。


「しかし、あなたが損をしないのは確かです」


 花鶯姫から目を離さず、帯に手を差し込んだ。彼女の傍らに控える()(めし)の眼が鋭く、冷ややかになる。


 帯から取り出したものを見て、二人の警戒が明らかに緩んだ。

 当然だろう。私が取り出したのは武器でも毒でもなく、一冊の本なのだから。



 だが、この場においては重要な鍵となる。


 情が深く()()()()な花鶯姫が、この本を無視できるはずがない。



「なによ、それ」

(けい)様が書いておられる小説です」

「はぁっ!?」


 困惑の声に、はっきりと憤りが混じった。


「何してんのよあんた!?」

「蛍様には後ほど謝罪致します。無論、葉月様にお仕えする上で支障がない限り、どんな罰でも受けます」

「そういう問題じゃないから!!」


 花鶯姫から悲鳴じみた声が上がった。堅物かつ信仰心の篤い人だ。巫女の私物を勝手に持ち出すなど、とても信じられないのだろう。


()()から聞きましたが、蛍様は近頃、淑女小説を好んでおられるそうですね」

「それが何よ」

「好きが高じてとは、まさにこのことかと」

「だから何を言っ――」


 花鶯姫が黙り込んだ。


 (けい)()の名前と淑女小説が出てきて、私の意図を察したのだろう。震える唇の隙間から「まさか……」と小さな声が漏れる。


「ご安心を。見たのは最初だけでございます。文面から『春の息吹と共に』の二次創作だろうと察しはつきましたが」

「――――っ!!」


 花鶯姫が目を見開いた。唇だけだった震えが、一瞬で全身へと行き渡る。


「……あ、あんた……私が協力を拒んだら、蛍の小説を晒すつもり?」

「御名答。従者の李々に限定致しますが」

「一番見せたら駄目な奴よそいつ!!」


(でしょうね)


 李々は度々、私絡みで常軌を逸した行動を取る。この前も私に唾を飛ばしたという馬鹿な理由で、食堂を掃除中の(さい)(うん)を襲撃して縛り上げる凶行に及んだ。

 おかげで鹿(しか)()に助けを求められ、目覚めたばかりの葉月を放置する羽目になってしまった。説教して拳骨を食らわせたが、もちろん反省などしていない。


 私のためと判断すれば、喜んで何でもする。


 そんな狂人が、蛍姫の嗜好を知ったが最後。何に使うか分かったものではない。ある意味、普通に公開するより質が悪いだろう。



 加えて花鶯姫は、蛍姫を気にかけている。



 私のような関わりの少ない従者が、傍目でも分かるくらいだ。過保護と言われてもおかしくないだろう。他国の巫女への接し方としては正直――異様だ。


 当然、黙っていられるはずがない。

 それほどまでに気にかける後輩が、偏愛の狂人に弱みを握られるなど。


「単刀直入に申し上げます。私と組まなければ、蛍様の秘め事がつま――」

「あぁ、もう! 分かったわよ!! 協力すればいいんでしょ!?」








 そして現在。

 私は、花鶯組と行動を共にしている。


「言っておくけど、あなたを信用したわけじゃないわよ。あくまで(やしろ)の秩序を守るため、未来ある後輩を守るためだから」

「承知しております」


 よほど不本意な同盟だったのだろう。花鶯姫は私を睨みながら、負け惜しみたっぷりの憎まれ口を叩いた。夜長姫とは別の意味で子供のような人だ。


「姫様、(さくら)さん。こちらをご覧ください」


 菜飯が己の足下を指し示す。近づいてみると、そこには足跡があった。この人間に近い形状は、猿の足跡で間違いない。


「近くにいるのかしら」

「既に離れた可能性もあるかと。この辺りにいたことだけは確かですが」


 菜飯の言うとおりだ。足跡だけでは、猿の現在地を特定する材料になり得ない。


「まだ近くにいます」


 だから、ここで恩を売っておく。

 私にしか得られない情報を対価に。


「この辺りで、猿の糞を複数見つけました。証拠はこちらです」


 話しながら、(たもと)から小袋を取り出す。

 花鶯組と合流してから、ここまでの道中に集めた糞を入れたものだ。


「……まさか、ずっとそれを拾っていたの?」

「はい。何かの役に立つかと思いまして」


 糞を拾う度に、育ちの良い花鶯姫からは侮蔑の眼差しを向けられたが、念のために集めて正解だった。おかげで、花鶯姫に恩を売ることができる。


「どれも真新しいものばかりです。猪の糞の可能性もありましたが、菜飯の見つけた足跡で、猿の糞だと確信が持てました」


 花鶯姫が、心底不快そうに顔をしかめた。その傍らで、菜飯が苦笑を浮かべる。

 袋の中を見せた方が証拠としては確実だが、さすがに貴人を相手にそのような無礼は働けないし、何より花鶯姫自身が本気で拒絶するだろう。


「あなた……糞の知識まであるのね」

「調薬の際に、便の状態を確認することはよくあります。それに、薬として使えるものもございますから」

「はっ!?」


 花鶯姫が、上擦った声を出した。


「じゃあ、私が常用している薬も……?」

「可能性は否定できませんね」

「そ、そう……」


 花鶯姫の顔が真っ青になった。眩暈(めまい)でも起こしたのか、今にも倒れそうな表情で額を押さえている。


(やんごとなき姫君には刺激が強すぎたか)


 この様子だと、視察後に帰国したら、即座に常用薬の見直しを行うだろう。

 在庫の整理は、地味だけど時間を食う作業だ。そして、最終確認には従者も立ち会う必要がある。巫女の健康を管理することも、従者の役目だからだ。


 菜飯が苦笑したのは、己の仕事が増える未来が見えてしまったからだろう。頭の回転が速すぎるが故の察しの良さだ。ご愁傷様。


「ひとまず、今は猿を追いましょう」

「えぇ……そうね」


 花鶯姫が額から手を退ける。

 顔こそまだ青いが、その目には日頃から見せる威厳が戻っていた。


「菜飯。『影』に足跡を追わせて」

「御意」


 菜飯が、いつもの見事な(きょう)(しゅ)で応える。




 瞬間、その背中が()()()()()




 背中の割れ目から、黒いものが姿を露わにしていく。羽化する蝶のように、もぞもぞと(うごめ)きながら。

 黒いものは地に足を付けると同時に、人の形と色を成した。菜飯と瓜二つの『何か』が、素知らぬ顔で私たちの前に立っている。


 割れた菜飯の背中が、何事もなかったかのように塞がっていく。


『それでは、失礼致します』


 菜飯の影が拱手をし、足跡を追い始めた。

 あっという間に影が遠ざかっていく


(……何度見ても、気味の悪い力ね)


 職業柄、多くの人が拒絶するような異形や光景には耐性がある。

 その私を(もっ)てしても、菜飯の力は怪奇的というほかない。もっとも、存在するだけで奇跡を殺す私が言えた話ではないけど。


「たった今、影が猿を十一匹捕獲しました。ご案内致します。こちらへ」


 程なくして菜飯が口を開き、情報を手短に告げて歩き出した。猿を見つけるのみならず、捕獲までしてしまう手腕はさすがというほかない。


 菜飯の後に続いて、私と花鶯姫も歩き出す。


「相変わらず、便利な力ですね」

「私の従者だもの。当然よ」


 花鶯姫が自慢げに胸を張る。非の打ち所がない菜飯を、たいそう気に入っているのだろう。初めて力を目にした時は、恐怖のあまり気を失ったそうだが。


 あの影は、菜飯と五感が繋がっている。


 そのため、巫女の傍から離れずに他の仕事をこなすことが可能だ。力の奇怪さはともかく、本人の優秀さも相まって、非常に有用であることは間違いない。



 ただ、最善手とは思えない。


 有用な力だけど、今はもっと――――



(……考えても仕方ないわね)


 菜飯の言うとおり、そう遠くないところに猿の集団を見つけた。


 だが、あと一歩が遅かった。

 猿たちが、一匹残らず昏倒していたのだ。


 その中には、菜飯の影の姿もあった。倒れた影の横で、(さぶ)(ろう)が軽く手を払う。傍らでにこやかに(たたず)むのは、当然――()(りん)(ひめ)だ。


「あら、奇遇ね。かおちゃん」


 黄林姫が、私たちを見るなり目を細めた。

 優美という言葉がよく似合う笑みを絶やさず、瞳の奥に鋭利な刃を隠して。

②に続きます。


ちなみに桜は試合中、着物の収納をこんな感じで使い分けています。


帯:蛍姫の本など、大きいもの。

懐:土笛など、小さいもの。

袂:毒針、小袋(猿の糞)。

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