第十八話「花狩り ーはながりー」 (後編) ④
落葉視点、花鶯視点です。
そして、再び『彼女』が姿を現します。
蝉の鳴き声が、激しく鼓膜を揺らす。
一段と主張の強くなった鳴き声に、俺は思わず眉をひそめた。
「え、蝉の鳴き声!?」
鹿男が、耳元で大声を出してきた。
「落葉様、聞こえますか!? まだ春なのに蝉が鳴いてますよ!!」
「さっきからずっと聞こえてるよ」
鹿男のはしゃぐ声で、やかましさにいっそう拍車がかかった。止まっていても落ち着きのない鹿男は、鳴き声が強くなってようやく気付いたらしい。
「あれは春蝉ですね」
向かい側に座っている炭が、茶をすすりながら淡々と語り出した。
「春から初夏に鳴くことからそう呼ばれています。小さい上に数が減っているので、近くで鳴き声を聞けるのは珍しいですよ」
「おぉー!」
鹿男が阿呆みたいな顔で興奮した。単純な鹿男は、珍しいという言葉に弱い。
「俺は蝉の鳴き声より、女の子の可愛い声が聞きたいですねぇ。もちろん人間の」
小春がちまきを頬張りながら、己の主人を横目で見た。言葉の無駄遣いでしかない戯言だ。案の定、炭は無視してちまきに手を伸ばした。
ちなみに、ちまきは西で主流の団子入りと、東で主流のおこわ入りの二種類ある。この場にいる俺たちが全員西出身かつ、鹿男が甘党なので、団子入りの減りが圧倒的に早い。唯一、辛党の炭がおこわ入りを積極的に食べている。
「春といえば、小春さんも名前に『春』って入ってるよね。由来とかあるの?」
鹿男の屈託のない笑顔が、小春へと向けられる。
小春は、いかにも考えてますみたいな顔で「んー」と声を漏らした。
「俺が女の子みたいに可愛かったから」
「え、そうなんだ!」
「うっそー。すげーどうでもいい由来だったから忘れたわ。女の子みたいに可愛かったのは事実だけど」
(……なんなんだ、この時間)
俺と鹿男は今、炭組と共に一服している。
試合が終わるまで動けない上に、やることがない。ござの上に並べられた茶や菓子は、暇を潰せるように用意されたものだ。
気付いたら、俺たちは本陣にいた。
炭組が連れてきた猿と戦っていたはずが、揃いも揃って棄権させられたという。身に覚えがない話だ。
(棄権させられたってことは、誰かに土笛を吹かれたわけだけど……)
その誰かは、前後の状況から察しがつく。
虹が気まぐれに何かしたか、桜に毒を盛られたか、あるいは両方か……試合から離脱した今となっては、考えても仕方がないことだ。
(分かってるけど――――悔しい!)
今年こそ勝ちたかった。
鹿男の馬鹿みたいな笑顔を見ながら、一緒に温泉卵を食べたかった。
それなのに、あんな呆気ない幕引き――――
「落葉様」
小春に声をかけられ、我に返った。
そこでようやく、自分が歯ぎしりをしていたことに気付いた。
「落葉様はどう思われますか?」
「何が」
「優勝候補」
唐突に話を振られた。
その口ぶりから察するに、三人で既にあれこれ話していたのだろう。考え事に没入しすぎて周りが見えなくなるのは、昔からの悪癖だ。
普段はそれで無駄話を回避できるのでさほど困らないが、今は四人で茶を飲んでいる最中だ。付き合うほかないだろう。
手にしていた湯呑みを、盆の上に置いた。
「……この試合は、運の要素が強い。そもそも猿を見つけられなければ意味がないからだ。それを踏まえた上で、虹、葉月、花鶯の三人」
「花鶯様、ですか?」
予想通り、鹿男が意外そうに目を丸めた。炭の表情は変わらない。
俺にとって意外だったのは、小春が驚いていないことだった。表面上は鹿男と同様に目を丸めているけど、臭いは誤魔化せない。
(まぁ、別にここで追及することでもないか)
この疑問はいったん置いておいて、とりあえず話を続けることにした。
「虹は言わずもがな。葉月は力こそ不明だが、月国の巫女だ。自分の力を把握して経験を積めば、猿はもちろん、他の組にとっても脅威になる。実際、去年までは虹と夜長が優勝の常連だったし。だけど――」
俺たちが敗退したのも、おそらく虹の力が原因だ。あの人は簡単に勝ってもつまらないからと、試合では己の力を極力使わない。
その分、葉月への警戒に偏りすぎて、虹への対策が疎かになっていた。
それが、今回の試合における敗因だ。毎年力を使わないからといって、次も絶対に使わない保障なんてどこにもない。
だからこそ、今になって気付いた。
脅威となるのは、あの二人だけじゃない。
「力を最大限に活かすなら、優勝するのは――運の要素を塗り潰せる花鶯だ」
***
刀から生じた旋風で、己の髪が舞い踊る。
目の前の猿たちが、成す術もなく旋風に巻き上げられて姿を消した。
「花鶯様、こちらも終わりました」
菜飯がにこやかに告げる。
傍らには、数匹の猿が転がっていた。全て一様に、縄で手足を拘束されている。
「念のために、痺れ薬を飲ませてあります」
「えっ?」
言われてみれば確かに、転がっている猿たちの動きが不自然なほどに無い。
「ご安心を。対彩雲君用の薬なので、後遺症の心配はありません。専門家である桜さん特製ですから、効果の方も折り紙付きです」
「そ、それならいいけど……」
私の従者は品行方正で温厚だけど、こういう時は抜かりないというか……意外と容赦がない。無残に転がる猿たちに、少し同情した。
菜飯に縄を解かせてから、刀の旋風で猿たちを捕らえた。薬の効果のおかげか、猿たちは抵抗せず、静かに宙に浮いて消えていった。
菜飯が無力化し、私が捕らえる。
試合において、私たちは毎回、この戦法で地道に数を稼いでいる。
相手にできるのは少数に限られるが、派手に動かない分、他の組にも目を付けられにくいし、何より体力を消耗せずに済む。
そう……巫女として、正しいやり方だ。
「いかがされましたか?」
「え?」
「浮かない御顔……いえ、物足りないという御顔をされておりますが」
「うっ……!」
内心をものの見事に言い当てられ、私としたことが狼狽してしまった。
この従者は時折、人の心を見透かしたような言動をする。他者への気遣いに余念がない所以だろう。
だけど、その細やかな気遣いは、この場では余計というほかなかった。
「べ、別に……いつも通りじゃない?」
「そんなことはございません。失礼ながら、花鶯様は感情が表によく現れます。去年も一昨年も、試合の時のあなたはいつも物足りなさそうです」
「な、なんのことやら……」
「私にできることがございましたら、微力ながらお力添え致しますが」
「ないわよ」
きっぱりと断言した。
傍から見たら、絶対に冷たく見える口調で。
「この試合は息抜きと言いつつ、人里を荒らす猿への牽制が目的。つまり巫女のお務めよ。私の都合で好き勝手するわけにいかないわ」
「……出過ぎた真似を致しました」
菜飯は呆気ないほど、あっさりと引き下がった。巫女としての事情を出されては、ただの従者である菜飯にはどうしようもできないのだ。
分かっていて、あえて出した。
巫女の使命を言い訳にした自分に嫌気が差したが、実際、私が好き勝手に動き回るわけにはいかない。
だって、私の力は――――
「花鶯様」
菜飯ではない声が、後ろからした。
振り返ると意外な人物がいた。どういうわけか、たった一人で。
「桜……? 葉月はどうしたのよ?」
「諸事情によりはぐれてしまいました」
「あぁ、そういうこと……」
気分屋かつ自信家の虹ならともかく、桜が単独行動を取るとは考えにくい。
だが、桜は賢い。そして豪胆だ。
その賢さと豪胆さで周囲を欺き続け、一国の巫女を殺めておいて平然としている女だ。葉月が傍にいない彼女は、何をするか分からない。
事実、私を見る彼女の目は――狩人のそれだ。
そんな感じで警戒していたから、彼女の口から出た言葉に度肝を抜かれた。
「この試合では命が保障されているとはいえ、葉月様は戦闘のご経験が皆無です。一刻も早く合流する必要がありますが、無力な私一人ではどうにもできず……僭越ながら、あなた様にご助力いただきたく探しておりました」
「えっ、私を?」
桜が、拱手をした。
獲物を射抜くような視線を、私に向けたまま。
「葉月様を見つけていただきたいのです。あなた様の御力で」
周りの音が、一瞬にしてなくなった。
そう錯覚するほどに、胸の内がざわついた。
次回。第十九話「桜花爛漫 ーおうからんまんー」(前編)
落葉組&炭組、脱落です。
脱落者は本陣にてお茶トークとなります。
果たして、温泉卵を手にするのはどの組か!?
<各話タイトル解説(第十七、十八話)>
【花狩り(はながり)……山野に入って花の美しさを感じること。桜狩り】
今回の花は、読者の皆様から見た「試合の参加者全員」を表しています。
バトルロイヤル方式のチーム戦にすることで、葉月と桜以外の「花」にも光を当て、「花たちの魅力」を感じてもらえるようにしました。
この試合において、ある人物は「巫女のお務め」だと言いました。
だけど周囲との交流を深め、自分を知る「息抜き」でもあります。社に縛られた彼らが自分を解放できる、数少ない機会なのです。
果たして「彼女」は、自分を解放できるのか。
葉月と桜は、試合を通して何を得るのか。
最後まで見届けていただけたら嬉しいです。
余談ですが「桜狩り」という言葉の方が一般的なのだと、後から知りました(汗)




