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桜吹雪の後に  作者: 片隅シズカ
三章「堅国の花」

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第十八話「花狩り ーはながりー」 (後編) ②

彩雲視点です。

18話は彩雲メイン回となります。

 どうしてこうなった。

 そう叫びたいのに、口を開けないせいで(うめ)き声しか出せない。しかも体まで動かせないときた。ムカツク状況でしかない。


 ショアクのコンゲンである怪力女、虹が立ち止まってオレの顔を見下ろしてきた。上から目線が気に食わなくて、思わず顔をしかめる。



 最悪なことに、オレは今、コイツに抱きかかえられている。それも女みたいに。



「それにしても、似合ってるな。その格好。案外様になって――」

「んんんん!!」

「分かった分かった。もう下ろしてやるよ」


 そう言って、虹はオレを放り投げた。

 そのまま背中から落ちるかと思いきや、体が浮くような気持ち悪さと共に、足からゆっくりと着地した。口も体も動くようになっている。


 オレに分かるのは、虹……ていうか『巫女』という連中は全員、こういう妙な力を持っているということだけだ。


 訳分かんねぇけど、どうでもいい。

 そんなことより、この怒りの方が重要だ。


「――テメェ、なにやってんだよ!!」

「あ?」

「『あ?』じゃねえよ! 葉月たちに見られたじゃねぇか!! あ、あんな……」

「『お姫様だっこ』されてる姿を?」

「がああぁぁああ!!」


 あの時の屈辱が蘇って、思わず頭を抱えた。いくら怪力とはいえ、女にお姫様だっこされる姿を見られるとか……マジでありえねぇ!


 本当に、どうしてこうなった!!








 虹と合流する前、オレは()(りん)組といた。

 ていうか、黄林組と会ったら、虹がいきなり消えやがった。子守りの息抜きに、ちょっとその辺散歩してくるわとか言って。


「誰が子守りだふざけんな死ね!!」


 ありったけの怒りを込めて叫ぶが、あの女が聞く耳を持つわけがなかった。


「アイツ何考えてんだ……二人一組ってテメーが言ったんだろーが!!」

「虹さんったら、楽しそうね」


 何がおかしいのか、黄林が笑い出した。


「テメー何笑ってんだよ!! よその組のヤツを押し付けられたんだぞ!?」

「一人増えたところで、大したことないわ。うちには優秀な(さぶ)(ろう)もいるしね」

「身に余る御言葉ですが……お任せください」


 その三郎はというと、分かりやすく怒っていた。外面が落ち着いているだけで、ふざけんなこの野郎って目をしている。


(コイツと一緒なんて冗談じゃねぇぞ!!)


 授業をサボろうとしたら背後に立たれ、昼まで二度寝を決め込んだら布団を()がされ、摘まみ食いしようとしたら拳骨を食らわされ……一日中見張ってんのかってレベルでどこからともなく()いてくるコイツに、何度しばかれたか分からない。


(どうする? いっそ……逃げちまうか?)


 考えてみれば、ここは外だ。

 いつもみたいに見張りはいないし、人目もコイツら以外にない。この胡散臭い連中とおさらばするなら、今しか――――


「妙な動きをしたら絞める」


 それとなく周囲に目をやっていたら、三郎がジロリと(にら)んできた。(すで)に絞める気満々の目してんじゃねぇかコイツ!


「まだ動いてねーよ!!」

「動くつもりだったことは認めるか」

「しま……っ」


 ハメられたと気付いても、もう遅い。

 今までの経験からして、警戒している三郎の目をかいくぐるのはまず不可能だ。黄林は黄林で、妙な力で何かしてくるかもしれないし。


(せっかくチャンスだったのに、クソッ!)


「彩雲君。この辺りの猿は群れで襲ってくるから、下手に動き回ると危ないわよ。それに、はぐれて迷子になったら困るでしょう?」

「誰が迷子だ、誰が!!」


 怒鳴りつけても黄林の笑顔は崩れない。それどころか、どっかの誰かみたいに面白がってやがる。どいつもこいつも馬鹿にしやがって!


(でもまぁ……間違ったことは言ってねぇ)


 黄林の言葉で思い出した。

 まだ見てないから実感が湧かないけど、オレたちは猿の縄張りにいるらしい。


 馬鹿なオレでも、一人で猿に囲まれて無傷で済まないことくらい分かる。それだけなら別に構いやしない。ジゴージトクってやつだ。



 だけど、オレを追いかけてきたヤツが巻き添えを食らうのは嫌だ。



 クソみたいな人生を歩もうが、救いようのないクズに成り下がろうが、自分の尻を他人に拭わせるのだけは駄目だ。他人に恩を売ってもロクなことにならないし、何よりオレの気分が悪い。そうなったらホンマツテントウだ。


(……今逃げんのは、無しだな)


 もう逃げないということを示すために、オレの方から三郎に歩み寄ってやった。


 それなのに三郎は、いつの間にか黄林の方を見ていた。オレのことなんか見ていなくても問題ないって面だ。舐めやがって……死ね!!


「じゃあ、始めるわね」


 黄林がいきなりそう言って、目を閉じた。

 なぜか全然動かない。始めるとか言っといて、ぼさっと立っているだけだ。


「おい、何し――でっ!」

「黙ってろ」


 三郎に背中をつねられた。


 声を出せない代わりに睨み付けるが、三郎は相変わらず、オレに見向きもせずに黄林を見つめている。

 それでいて、少しでも声を出したらつねると言わんばかりに、オレの背中に手を添えてやがる。なんなんだよ一体!!


 そんな訳の分からない状態は、思っていたより長く続かなかった。


「もういいぞ」


 背中から、三郎の手が離れる。

 クソうざい拘束がなくなったところで、黄林に「おい」と声をかけた。


「とりあえず何やってたか教えろ」


 三郎が、額に手を当てて大きな溜め息を吐き出した。その目は、うるさい説教をする直前の教師と同じだ。マジでうぜぇなおい。


「お前というやつは……誰に向かって口を利いてるか、分かってるのか?」

「あぁ!? 分かってるに決まってんだろ! テメーらの言う通りに大人しくしてやってんだ。何やってんのかくらい教えろや!」

「絶対に分かってないだろお前!! 巫女様だぞ!? ため口で話すだけでも無礼極まりないというのに指図など……いくら子供でも極刑に――」

「大丈夫よ三郎。私が許します」


 黄林が、笑顔で三郎の肩に手を置いた。途端に三郎が静かになる。


「しかし、姫様」

「今はお遊びの最中だもの。とことん肩の力を抜いて楽しまなきゃ損よ?」

「……承知しました」


 普段は口うるさくて頑固なくせに、黄林の言葉には文句一つ言わずに従う。


 他のヤツらもそうだけど、コイツは特に飼い慣らされた犬みたいだ。肩の力を抜けっつってんだから、文句があるなら言えばいいのに。


「それに、彩雲君の言い分はもっともだわ」


 黄林に笑顔を向けられ、思わず眉をひそめた。

 この女はいつも笑っているように見えて、ちっとも笑っていない。


 そのくせ笑顔が綺麗すぎて、逆に気味が悪いったらありゃしない。そういう意味では、まだうざいだけの三郎の方が数百倍マシだ。


「簡単に言うとね、猿を対象に力を使っていたの。私の力って、人に伝えるものでしょう? 猿が近くにいれば、伝わったって分かるから」

「それがなんだよ」

「ある程度、猿の居場所が分かるってことよ。そして今、私たちからそう遠くないところにいるわね。三十匹以上はいるんじゃないかしら」


 いまいちピンとこない。

 だけど、一つだけ分かったことがある。


「……要するに、今から猿の縄張りに殴り込みにいくってことか?」

「そういうこと。縄張りに入ったら思う存分、好きに暴れていいわよ」

「――しゃああっ!!」


 ここ最近、訳分かんねぇ場所に閉じ込められたりうざいヤツに囲まれたりと、とにかく散々だ。溜まったストレスが半端ない。


 もう猿でもなんでもいい。

 とにかく、自由に暴れ回りたい!


「暴れるのは勝手だが、戦えるのか?」

「あ?」


 せっかくテンションが上がったのに、三郎のクソ野郎のせいで台無しになった。


「武術の心得などないだろう。相手は猿とはいえ、野生の獣だ。しかも殺傷は禁じられている。くだらんごろつきと喧嘩をするのとは、訳がちが――」

「戦える」


 言い終わる前にぶった切った。そんなの、聞かれるまでもねぇ。

 オレの返答が予想外だったのか、三郎が馬鹿みたいに目を丸めている。


「おい黄林」


 アホ面の三郎は無視して、黄林に目を向けた。


「お前ら、毎年ここで猿とバトってんだよな。この辺りの地形とか詳しいのか?」

「……それなりには」


 黄林が、ゆっくりと微笑んだ。


「じゃあ木が密集していて、地面がぬかるんでて、急な坂があるところに案内しろ。テメーらはそこに、猿どもをまとめて連れてこい」

「いいわよ」


 黄林は即答すると、オレが要求した場所に迷いなく案内した。猿どもは黄林たちに任せて、オレはそこを陣取った。


 一人で待っている間、黄林の顔を思い返す。

 黄林は目を細めて、オレをじっと見つめていた。何を考えているのか分からない、いつもの気味悪い笑顔じゃなかった。




 品定めをする――ゲスの顔だった。




(……アイツ、ちゃんと笑えるじゃねぇか)


 面白くて、口の端が吊り上がった。

 あの顔は、綺麗なだけの人間には絶対にできない。ほんの少しだけ見直した。


「連れてきたわよ」


 黄林が先に戻ってきた。猿をおびき寄せるのは三郎に任せたのだろう。

③に続きます。

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