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桜吹雪の後に  作者: 片隅シズカ
三章「堅国の花」

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第十八話「花狩り ーはながりー」 (後編) ①

葉月視点です。

 緑の匂いが、風に乗って()(こう)をくすぐる。

 日が高くなり、気温が程よく上がってきた。動き回ってすっかり汗ばんだ全身を、そよ風が気前よく乾かしてくれる。


()(づき)くん、大丈夫?」


 (けい)ちゃんが、僕の顔を覗き込んできた。そわそわと落ち着きがない上に、こっちが心配になるレベルで不安そうな顔をしている。


 少しでも安心してもらいたくて、いつも以上に意識して笑顔を向けた。


「うん。大丈夫だよ」

「本当? 水分足りてる? 足が痛いとか――」

「姫さま。これで十二回目ですよ」


 前を歩く()()さんが、振り向きもせずに主人の言葉をぶった切った。


「さすがに心配しすぎでは?」

「ごめんなさい。葉月くんが倒れたらどうしようって思うと、つい……」


(やっぱ体力のないやつだって認識されてる!)


 日頃の訓練で、蛍ちゃんとの体力差は明白だ。

 だから分かっていたとはいえ、いざ口に出されるときつい。純粋に心配してくれているからこそ、逆に情けなくなる。


「御心配は無用です。この羽虫……葉月さまの御体を配慮して、四半刻ごとに休憩を入れています。それで倒れるようなら、そもそも巫女なんて務まりません」


(今、羽虫って言いましたよね!?)


 僕への暴言は今に始まったことじゃないけど、この場に()(おう)さんがいなくてよかった。生真面目な彼女が、巫女を罵る不敬を見逃すはずがない。


「それとも、わたしの判断は信用に足り得ないということでしょうか?」

「そんなことありません!!」


 蛍ちゃんが、いきなり李々さんの前に回り込んでその手を握った。李々さんが後ずさりしなかったら、互いに頭突きを食らっていただろう。


「李々さんのことは本当に信頼しています! 身だしなみを注意してくれますし、面白い本を教えてくれますし、転びそうになると助けてくれますし」

「ちょ……仕事ですよそんなの」

「それなのに気付かなくて……すみません。李々さんがそんな風に思い詰め――」

「――てません! ただの嫌味です!」


(あ、嫌味って言っちゃったよこの人)


「大丈夫です!! 私、本当は嫌味じゃないって分かってますから!」

「聞けよ人の話ぃ!!」


 顔中真っ赤にした李々さんが、主人の手を払い除けながら本性を露わにした。

 不敬極まりない上に、よりによって蛍ちゃんへの暴言だ。本当に花鶯さんがいなくてよかった。山中で修羅場に巻き込まれるのは御免だ。


(それにしても、李々さんの感情をここまで()き出しにするとは……)


 愛らしい笑顔で毒を振りまく彼女が、今は赤面しながら唇を噛んでいる。(かん)(しゃく)を起こした子供みたいだ。もしかしたら、これが素の彼女なのかもしれない。


「あ――」


 突然、蛍ちゃんが明後日の方向を見始めた。


「どうしたの?」

(さくら)さんの味がする」

「え? あ……」


 蛍ちゃんは、あらゆるものに『味』を感じる。


 本人はさらりと話していたけど、味で人柄や心情を把握したり、空模様の味からその後の天気が分かったりと、なかなかすごい感覚の持ち主だ。




 そんな彼女が、桜さんの味がすると口にした。


 つまり、桜さんが近くにいるのだ。




「姫さま、追えますか?」


 赤面していた李々さんの表情が、一転して真剣なものになる。


 蛍ちゃんが口を動かし始めた。

 さながら、飴玉を口の中で転がすように。


 おそらく蛍ちゃんは今、桜さんの『味』を口に含んでいる。桜さんの居場所を、正確に把握するために。


(……桜さんって、どんな味がするんだろう)


 多分、それは蛍ちゃんにしか分からない。ちょっと羨ましくなった。


 変態じみたことを考えている内に、蛍ちゃんの口が止まった。

 蛍ちゃんの顔は自信なさげだ。言い辛そうに「すみません」と視線を落とした。


「その、味はするんですけど薄くて……もう遠くに行っちゃったかも……」

「構いません。追えるところまで追ってください。わたしなら必ず、桜ちゃんの痕跡を見つけられます」


 自信ではなく、断言だった。

 その言葉の強さに背を押されたのだろう。蛍ちゃんが顔を上げた。


「……分かりました。こっちです!」


 蛍ちゃんが、駆け足気味に歩き出した。後に続こうとして、李々さんに「葉月さま」と声をかけられる。


「これでも従者です。わたしが殿(しんがり)を務めます」

「あ、ありがとうございます」

「くれぐれも、わたしに後ろから刺されないようご注意くださいませ」

「言ってること矛盾してますよ!?」


 まさかの暴言に、思わず突っ込んでいた。さっそく毒舌に刺されてしまった。



「――ここです」



 程なくして、蛍ちゃんが足を止めた。

 そこに広がっているのは、変わらず緑の木々だ。僕の目では違いが分からない。


「ここにいたみたいなんですけど、どこに向かったかは分からないです。まるで、ここから消えてしまったみたいに味がなくなって……」

「充分です」


 李々さんが体を屈め、地面に手を伸ばす。迷いのない動きで、何かを摘まんだ。


 遠目からでは何も見えない。

 手元を凝視して、ようやく髪の毛だと分かった。


「桜ちゃんの髪の毛ですね」

「え、分かるんですか?」


 李々さんが目を丸めたかと思いきや、なぜかにやりと口角を上げた。


「愛する桜ちゃんを構成するものですよ? 髪の毛だろうが唾液だろうが爪の(あか)だろうが、他の輩に盗られる前に見つけて当然です。むしろ、あんなに桜さん桜さん言っておいて分からないんですかぁ?」

「わ……分からないです」


(愛するとか言ってるよこの人!)


 李々さんが過去一の笑顔で(あざ)(わら)ってくるけど、僕は怖すぎてそれどころじゃない。これを涼しい顔であしらう桜さんはすごい。本当に。


「桜さん、(こう)さんといたのかな?」


 ヤバすぎる人を前に震え上がっていたところで、蛍ちゃんの声が上がった。絶妙なタイミングで割って入ってくれたことに感謝する。


「ここで戦闘でもあったのかな。桜さんの味だけじゃなくて、猿とか、いろんな人の味がするんだけど……香辛料っぽい味が一番濃いんだよね」

「その香辛料っぽい味が、虹さんってこと?」

「うん。甘味と香辛料が混ざり合ってるのにすごく美味しい……実際には食べたことない味だから、何かと言われると分からないんだけど――」




「そりゃ光栄だね」




 頭上から、突然声が降ってきた。

 反射的に顔を上げると、木の上に悠然と立つ虹さんの姿があった。


「「こ、虹さん!?」」

「あんたら、本当に息ぴったりだねー」


 虹さんは面白がっているけど、声を抑えろという方が無理な話だ。足音どころか気配一つなく、いきなり頭上に現れたのだから。


 何より驚いたのは、彼女の腕の中でお姫様だっこされている(さい)(うん)君だった。


「んんんんんんっ!!」


 喋れないというか、口を開けないらしい。(うな)り声を上げまくり、顔だけで怒りを爆発させている。拘束されていないけど、あの彩雲君が暴れていないのだ。なんらかの方法で体の自由を奪われているのだろう。


(うん……これは誘拐犯だ)


 しかも相手は男子中学生。元の世界だったら速攻で通報ものだ。


「虹さま、桜ちゃんと一緒にいましたよね? どこに行ったのか教えてください」

「この状況に眉一つ動かさず、ただ桜の居所のみを聞くか……桜への偏愛も、ここまでいくと清々しいな」


 珍しく、虹さんがまともなことを口にした。虹さんですら、今の状況がカオスだと理解していたらしい。


「あなたがいきなり現れようが餓鬼が拘束されようが、わたしの知ったことではありません。話を逸らさないでください」

「桜の居所を話したところで、私がなんら得をするとは思えないが?」

「しますよ。虹さまは圧倒的強者ゆえに、つまらない遊びがお嫌いでしょう?」

「いかにも」

「葉月さまは今、桜ちゃんとはぐれています。わたしと姫さまがついていないとただの雑魚です。桜ちゃんに至っては、孤立しているのなら他の組にとって格好の的……楽に敵が減るのは、あなたさまにとってつまらない遊びでは?」


 驚いたのか、虹さんが主張の強い目を丸める。

 だけどすぐに口角を吊り上げ、()(はく)の瞳の中に(どう)(もう)な光を宿した。


「確かに、それほどつまらない遊びはない」


 虹さんが、躊躇(ちゅうちょ)なく木の上から飛び降りてきた。人を抱えているのに、なぜか土埃一つ立たない。天女が舞い降りたかのような軽やかさだ。


 腕の中でもがいている彩雲君の存在で、何もかもが台無しだけど。


「桜以外はどうでもいいという割に、人の心を掴むのが上手いじゃないか」

「お褒めに与かり光栄です」


 謙虚な言葉だけど、少しも心がこもっていないどころか、若干の苛立ちが含まれていた。虹さんは、その苛立ちを意にも介さない。


「悪いけど、どこにいるのかは本当に知らないよ。先に私の方から離れたからね。だが……あいつの行動なら、ある程度は予測できる」

「あなたがですかぁ?」


 李々さんの声色に、明らかな不快感が混じった。お前に桜ちゃんの何が分かる、と言わんばかりの詰め寄り方だ。見ていて冷や冷やする。


「桜のことをよく知るのは、何もあんただけじゃないよ。でも、よかったじゃないか。おかげで情報が手に入る。あいつは――」



 虹さんが、早速その情報を口にした。



「――それじゃあ、私はもう行くよ。お互い最後まで楽しもう」


 虹さんは情報を渡すと、特に見返りを求めることなく、唸り声を上げる彩雲君を抱えたまま歩き出した。


「わたしたちも行きましょう」


 李々さんが、迷いのない足取りで歩き出した。虹さんたちの方向とは正反対だ。


 あれだけ苛立っていたのに、虹さんの言葉をあっさりと受け入れている。その迷いのなさが不思議で、李々さんに「あの」と声をかけた。


「虹さんの情報、信じるんですね」

「現時点ではこの情報しかありませんからね。腹立たしいですが、立ち往生するよりはましです。わたしは一刻も早く、桜ちゃんの安否を知りたいんですよ」


 前言撤回。やっぱり李々さんはぶれない。

 そのぶれなさが、この場においては心強い。僕の心配は杞憂に終わりそうだ。


 安心したところで、蛍ちゃんに目を向けた。


(ん?)


 蛍ちゃんの顔が赤い。

 ただ赤いだけじゃない。熱にでも浮かされて、ぼんやりしているような……。


「蛍ちゃん?」

「――――はっ!」


 声をかけると、蛍ちゃんが肩を盛大に震わせた。なぜか僕や李々さんの顔を交互に見て、挙動不審な動きをしている。


「ご、ごめん! 私なんでもないから!」

「え、だ、大丈夫? もしかして、熱とか――」


 不意に、李々さんに肩を掴まれた。

 そのまま乱暴に引き寄せられ、有無を言わさず耳打ちされる。


「葉月さま、気付かなかったんですか?」

「え……何を?」

「姫さま、虹さまに抱かれた彩雲を見て、(よこしま)な想像をしていたんですよ」

「はっ?」

「まぁ、あの人女性にしては背丈がありますからね。分からなくもありません」

「…………」


(ん、んんん?)


「淑女小説にどっぷりはまりましたねぇ。花鶯さまにでも知られたら、私の首はどうなることやら……」



 …………。

 ………………。

 ……………………。



(……ま……マジかぁ!)


 ようやく理解した。

 理解した瞬間、なんとも言えない切なさで放心しそうになった。ショックすぎて言葉が出ない。あぁ……純粋な蛍ちゃんが……。


「さ!! 無駄話はここまでです。ぼさっとしている暇はありませんよ」


 脱力しかけたところで、李々さんが発破をかけるように手を叩いた。


「姫さまも! 今は試合に集中してください」

「は、はい!! すみません!」


 蛍ちゃんが平謝りする。必死に謝る姿は、いつもの可愛い蛍ちゃんだ。密かに安堵しつつ、思考を今やるべきことへと切り替える。


 虹さんが言っていた、桜さんが向かうであろう場所に行くために。

②に続きます。

18話は、ある人物がメインとなります。


ちなみに「淑女小説」とは、物語世界における「BL小説」です(第15話⑤参照)。

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